はたして日本ボクシング界隈はイメージを悪くするかもしれないことを許容することはできるのだろうか?(答えを先に書いておくとイメージを悪くしたと亀田を排斥したボクシング業界と、その決定を大歓迎したファンが許容することは難しい)それから目は歴史の産物で対置にある人の価値観を変えるのは難しいということも再考してみる。

 

本題に入る前に先ずは日本史のおさらい

日本が倭の時に部族的な刺青文化が存在していたが廃退したのは中国や韓国から律令や儒教などの文明が入ってきたからだと仮定する。

 

一、刺青は五刑にあるような刑罰(墨刑)にも持ち入れられたネガティブなもので孝経の「身体髪膚之を父母に受く、あえて毀傷せざるは孝の始めなり」にあるように儒教に反するもの、また花鈿などの化粧が斬新で好まれ刺青の代替えになる。

 


二、邪馬台国は晋との外交(朝貢)により国力の違いを見せつけられ国体の重要性を知るが国内は狗奴国と交戦しているように小国に分立、映画brotherに寺島進が扮する加藤が白瀬(加藤雅也)に「組んだ方が互いに助かるし、大きくなれるのになぁ」というシーンがありましたが、卑弥呼が没するとますます内紛の傾向は強まった。倭の五王は連合に活路を見出そうとヤマト王権が誕生、その後、国体の邪魔者は始末する大化の改新を決行するが東アジアは険悪で緊張の解けない情勢、まもなくして不安は的中、白村江の戦いに敗北した。敗北によって国体の重要性を再確認、大宝律令を成立させ天皇を中心とした国家が誕生する。統治するということは統制をとるということであり、儒教道徳に不一致した刺青は退廃していくことに、人口が少ないことで流布しやすかったことも要素の一つになったかもしれない。

 

 

黒船来航から明治維新と国家の分水嶺になると似通ったことが再現されているのですが、倭の時は儒教とあたらしい文化とアジア情勢に順応、明治は世界情勢と近代国家としての文明開化、これはちょんまげやお歯黒(鉄漿)も禁止されていることから外見を気にしていたことと同時にキリスト教の道徳に対しての内省もあったのではないのかと推測している。内省とは、江戸時代の文化8年(7年)の町触れと天保13年の彫物取り締まり令で文身禁止令がだされていて以前から刺青は#1風紀を乱す行為として捉えられているが、そもそも享保時、あの白馬(イメージ)の吉宗が大明律からヒントを得た公事方御定書で兎に角、死罪からすると人道的になるのかもしれませんが再犯には入墨刑(初犯は敲き、三犯は死刑)とし人の顔や腕に刺青をいれており、いくら犯罪したとはいえ人の顔や腕に刺青を入れていた経緯を外国人に知られるのを嫌ったのではないのか?明治に入り欧化政策としてキリスト教の解禁やマリアルス号事件に端を発した人道的配慮から芸娼妓解放令(1872年 明治5年)が出されているところを踏まえるとキリスト道徳に対する内省も考えられる。いずれにしても外の人の視線が日本人の規範に多大に影響を与えていたことが窺える。

 

#1

駕籠舁、鳶、火消しを職業にしている方々が刺青を町中で見せながらスギちゃんのワイルドだろ~みたいな感じだろうか?粋だろ~というのもあったようだ。

 

他方、お上から忌み嫌われ禁止されたりもした刺青がどうして生き残るのか、考えられるのは伝来(唐絵)にて大和絵から浮世絵になりゴッホやモネの印象派が浮世絵に影響を受けたように人体をキャンバスにした刺青にも反映されて、また刺青をしている人が浮世絵の画題になるなど芸術性を高めて現代美術としても、その手法も含めて相当なものがあるのではないのか、イギリスのジョージ5世#2などの皇族やロシアのニコライ2世が来日の際に刺青を入れたり、戦後はGHQの人にも好まれ日本の彫師に施術をうける人もいて高い芸術性が評価されている。日本では衣料品で有名なエドハーディ(タトゥーアーチスト)も横須賀の彫秀こと柿本秀雄に影響を受けていて井岡がしているようなネオトライバルタトゥーアーチストのレオズルエタはハーディにアドバイスを受けてタトゥーアーチストになっている。横須賀と言えば(刺青のエンペラー)と呼ばれた彫千代が活躍したのが横須賀で横浜港には駐留米兵や外国船籍が入港していたので需要と供給といったところだろうか、他にもスカジャンの竜と虎のオリエンタルなデザインも好評で芸術的な魅力が生き残った一端と見受けられる。それから倭の卑弥呼は鬼道を用いて邪馬台国を統治していたという説があるが戦が日常にあり命の危機にさらされている環境にいると超常に委ねたくなるのは現代にも通じることで「宗教」や「痛み」による精神性が考えられる。瘢痕文身は痛みに耐えることが成人の証とされているが、この「痛み」には根性やき、リストカット、小説「蛇にピアス」にあるようにピアスなどの人体改造も含まれ人の精神(例えば逃避、克復、象徴、念、アイデンティティなどなど)に影響を与えている。こうした「宗教」や「痛み」は隠れキリスタンが存在していたように精神性ゆえに禁じられても沖縄のハジチのように地下で存在するものである。こういうことから芸術性と精神性が内在することが刺青の魅力であり強さと言えよう。

 

#2

エドワード8世は来日し刺青を彫るのを楽しみにしていたが日本政府に止められてあきらめたという話もある。

 

刺青が日本で退廃と持ち堪えた理由を辿ってみると外国人選手は慣習だから配慮されているというのは焦点の合わない理屈なのは明らかである。華夷の夷ということから日本、東南アジアの島々、オセアニア(サモア、ポリネシア)アフリカ、南米の一部が慣習というなら分るが、欧米に関してはアイスマンの体から刺青は発見されているので歴史的と言えばそうなんでしょうが刺青はオセアニアとかの影響を受けているので慣習と言えるのかは微妙で外国人だからと一律に対象になっているのは理屈に合わない。アメリカの選手に刺青が増えてきたのは二十数年前ぐらいですから慣習への配慮なら日本人こそ優遇されないといけないのですが、これは前回にもお話したように、このルールの目的は日本ボクシングが社会から好印象を持たれようとする為のものだと推測できるので、そもそも外国人は関係なく、単純に外国人はJBCの管轄外で外国人の刺青も禁止していたら興行の機会が減るビジネス上の話と考えるのが一般的になるのでしょう。