8月に書き始めて途中で放置していたものですが想うことがありましたので仕上げて置いておきます。

 

「女性でも殴り合い、好きな人がいるんだね。見ててどうするのかな。嫁入り前のお嬢ちゃんが顔を殴り合ってね。こんな競技、好きな人がいるんだ。それにしても金だから、あっぱれあげてください」

 

「喝の」張本さんが金メダリストの入江さんへの発言でまたもや火だるまになっていたようですが、私は張本さんの意見にきまりが悪くなった。きまりが悪いのはボクシングの実態が関係していて選手が試合で打ち合わなければブーイングが鳴り響き、客といえばそんな打撃戦のない試合よりも客同士の乱闘に目が向くしまつ、スポーツ系の媒体にはつまらない試合と酷評され、こうした人たちがボクシングに何を求めているかは明瞭である、殴り合いである。表現の仕方が悪い?確かに単なる殴り合いではない。レバーブローで相手の肝臓にダメージを与えて呼吸をできなくする、あるいは脳震盪をあたえ気絶を「緻密」(ちみつ)に狙う競技でより残酷性の高いものを期待していると書いた方が正確だろう。その結果、パンチドランカーになり言語障害などを病む元選手を生み出したりもしている。張本さんの年齢を考えると明らかにダメージを負っている選手にもっとやれると試合が続行されていた昭和ボクシングを見て記憶に残っていれば「嫁入りまえのおじょうちゃんが」「こんな競技」と表現するのは普通の感覚で脳震盪させて気絶を狙うは日常的ではありません。無論、こうした物言いに対して、それはプロボクシングの世界でアマチュアとプロは競技に対するルールや姿勢も違いアマチュアは相手を倒すよりもポイントを取ることを重視していて競技性が違うというものがあるだろう。それは一理あって、気絶を求めている人が背後にいるのといないのでは違いはあるのは間違いないけど、アマチュアの採点基準も有効打で実際の試合もプロのリングと遜色ないところを踏まえると競技性の違いは程度の差ということになる。アマチュアの採点基準が有効打ではなく兎に角、グローブが(タッチ)触れた数で争われているなら(これこそがもっとも主観を取り除ける採点方法)随分と様が変わるでしょうからまるで違う競技ということも頷けますが脳にダメージを与える競技(なので私は子供のスパーリングは肯定的ではない)ということは変わらないのだから医学界などから廃止論が求められているように常識を問うとボクシングは競技として存在したらいけないという考えが脳裏に浮かんでしまう。そして私が考えるボクシングの魅力は、この非常識そのものにあるのだから、こんな競技と後ろ指をさされても「そう思う人がいてもおかしくない」という感想になるから、非常識ではあるけれども営業の自由等で活動の許しを得ているから「こんな競技」でも構わないから細かいところはお目こぼしいただけたら幸いという感じです。そして非常識を理解して「背後」にいるのだから、背後の一人としては、生涯、ボクシング競技によってお亡くなりになったり言語障害などの障害を背負っている元選手がいるということは記憶に留めていきます。

 

 

ところで私の高校野球部の一部印象といえは朝日新聞などのメディアが作り出した甲子園にあるようなさわやかなものではなく「数が多いチンピラの集まり」と内心に抱いたからといって映画ビーバップハイスクールみたいに衣料店でハンガーをもって襲わないでくださいねという冗談が言いたくなるもので、清原さんの件や最近では中田翔さんの件を聞いても驚きはありません。それは浪商(ドカベンの年代)を思い浮かべても変わりませんが、これはそういう面もあるということで野球全体に当てはめようとするのは雑過ぎる考察となりますが、雑すぎる考察を口にしてしまったら私も張本さんのように有罪(法的にということではなく)になるのでしょうか?野球ファンなら素行不良の人もいるぐらいは理解しているでしょうから、公然の一部事実を何の影響力を持たないどこの馬の骨かわからない匿名がどや顔で述べたところで「だからどうした」で暇な人じゃなければ黙認しませんか?そうであるならこれは何を言ったかより誰が言ったのかの逆効果、有名有罪というものなのでしょう。そこで問題視されるのが影響力で、多くの人に影響を与えるということが責任を大きくさせているのでしょう。多くの人に影響を与えるところがクオリティに問題があるというのは確かに問題ですが子供ならともかくいい年した大人が「都合の良い代弁者(意見)」のクオリティを気にするのもおかしな話で、こうした有名有罪で憂慮するのは有名有罪から制度が出来て制限ができる。当然、それは無名にも影響があるので、床屋談義が影響力を持って、態々、規範等のハードルを自ら上げていくことなんかないのにと考えてしまう。

 


こういう時に出てくるリスペクトが足りない的な話、金メダルを嚙んだ名古屋市長の河村さんの時にも出てきて批判を集め謝罪に追い込まれるといったつまらない結末でした。私の希望は後日、例えば神取忍さんを仕込んで神取さんの大事なものを噛み「コラ、何噛んでんだよ」と胸ぐらをつかまれるドッキリをニヤニヤして見たかったというものです。それは表現の不自由展のことで分かるように権力者である人がわざわざ金メダルをかんで俗世間に降りてきたんだから、それを利用しない手はない。市長に失礼だろ(リスペクトが足りない)が金メダルをかんだことで無効化されるという落ち度、知事リコールでの無効票のことでもわかりますように政治家として度し難いわきの甘さだとは思いますが清廉潔白の皮をかぶり俗世間に災いしかもたらさない制度を作る人よりは、こういう脇の甘い人のほうが人間としては安心できる。ボクシングとリスペクトで言えば私は根に持っていることがありまして、それは薬師寺×辰吉の興行権入札のことです。辰吉応援側の私からすれば「(青色の学ランを着て)日本ボクシング界の千両役者が花道、飾りたがっているんだから素直に飾らせろや」という気分でしたが入札の結果は3億4千万で(松田ジム+CBC)が落札、当時としても高額でしたが、この結果に「なめてんのか、コラ」というのが率直な感想でした。地方のジムと放送局が3億出すというのは大変でしょうから、それに文句があるわけではありません。これは表面上はジム同士の興行権の争いですが放送権が関係しているのですから放送局が関係ないわけがない。日本テレビ(読売)はそれまで辰吉の試合でそれなりの視聴率を獲得してきたのですから「話題の試合で視聴率を期待できる試合」には、それ相応の金額を提示するwinwinのビジネスとはそういうものでしょう。視聴率は約40%です、#1金額に0が一桁足りないというものでキー局が地方局に負けてどうする。いくらスポーツやボクシングにリスペクトを持っていると口にしても大金を出すという深い思考を働かせるときに本音が見え隠れするものです。だからリスペクトというなら出し渋らずにそれ相応のものは出しなさいといいたい。それには特定の放送局の惰性ではなく話題の試合で視聴率が期待できる試合には、それに価値を感じる局が、それ相応の金額を出して放送権を獲得する。当たり前のような話なのですが、どうも見ていると5社協定のように触れちゃいけないものがあるようにみえてなりません。日本のエンターテインメントがもうひとつな理由はここら辺にあると思います。ということですからJABFは所属選手を守るのも団体の役割の一つでしょうから理解できますが張本さんやTBSが例の件で批判が集まり謝罪したことで苦情を入れて何かを果たしたと思っているボクシングファンがもしいたとするならば、謝罪させてボクシングに何か得することでもあるのかということを考えると文句を言うところが間違っていて「使えない」という言葉を贈りたい。

 

#1

AmazonやNetflixが進出してきてオリジナル番組の制作費が公開されると、日本の制作費の安さは一体何だろうと、どこの犠牲でそんなに安くできるのか考えさせるものがある。

 

上記のものは結果をベースにして書いたもので具体的には視聴率と話題の試合という部分なのですが、薬師寺戦に日本テレビ側やドン・キングが高い価値を見出さなかったのは薬師寺さんの夕方の世界戦放送枠を考えると理解できます。たられば話をすると日本テレビ制作で放送していれば視聴率は30%も届かなかったと推測しています。それは松田ジムが落札したことで帝拳側はプロモート活動を協力しないと表明、険悪だなっと思っていたところマックトレーナーが攻撃的なことを言い出して、辰吉は自分のことならともかく大久保トレーナーのことも言われたので舌戦がヒートアップした。この煽り合戦を連日放送した結果が、あの40%だというのが私の推測で、正直、連日なのでしつこいという感想を持ちましたがTBSは最大限それを利用して海老で鯛を釣り漁夫の利をかっさらっていった。帝拳側が落札していたらこうにはならなかっただろうし日本テレビ制作はリスペクトのかけらもない(大した金は払わないけど業の部分は最大限利用する))ノウハウは持っていないだろうという私の推測が正解だとすると、視聴率と話題の試合という結果は偶然が重なることで生み出されたもので、その中には皮肉なことですがリスペクトの欠如も内在していたということになる。

 

このような結果が出ているうちはボクシングは#2芋かもしれんが旅の風下に立ったことはいっぺんもないんでという啖呵(不服も言えるが)も切れますが一部を除いては随分前から風下に立たされぱなしに見えるので悲しいかな貝になる。そんな中、年末の日本で行われる世界戦の2興行が地上波でのライブ放送がないという、これは出し渋りなのか?それとも「それに価値を感じる局が、それ相応の金額を出して放送権を獲得する。当たり前のような話」になったのか?実情はわかりませんが、この先はHAERETICUのネタなのでそちらに書きたい。

 

#2

田舎者かもしれないけどよそ者(他者)に遅れをとったことは一度もない。

 


 

余談を2つ、薬師寺×辰吉の時

解説の具志堅さんの辰吉くんの目が心配でねぇ~との連呼に「うるーせーんだよ、このちょび髭が」(リスペクトが足りないし、ちょび髭でもない)本当に心配なのは松田ジム会長の心体なんだよ、なんか顔色がわるくない、勝ったのに笑顔も少ないよね、やっぱ3億は厳しいよね、やばいんじゃないのと敵陣の長を心配していたやつがいたということを打ち明けておきます。あと、どうして今回はビーバップハイスクール与太郎哀歌なのかについては、ドラマ半沢直樹の最終回視聴率が30%を獲得したことについて俳優の菅田将暉さんの反応が興味を引いて。私から見れば半沢はビーバップ与太郎哀歌の換骨奪胎でしょと思っていて、与太郎哀歌を地方の映画館で夜に観たせいか観客のほとんどが不良でしかも知り合いのようだという、あらゆるものに品が無かったけれども私も含め私の周囲には敵役設定の城東高校生徒役の物まねをする奴がたくさん現れる不思議な現象があって何かしらの魅力を持っていた。半沢はどうか知りませんがテレビの凋落、ドラマ不況など言われる昨今、確かにインターネットが多種な趣向を生み凋落というのは事実なのでしょうけど30%の結果を出して一矢報いた形だ。それはドラマだけではなくて2019年に行われたラクビーのワールドカップも高い視聴率を獲得して今でも取れるところは取る中で菅田さんの悔しさが滲み出ているコメント

 

 

は10%いけば今では高いんですみたいなことを言って擁護してもらっている方々よりは頼もしさを感じました。ということで特に理由はないということでよろしくお願いします。