岸田総理が差別について語り是非を呼んでいるとネットにありましたが、どうせルソー著書「告白」にあるような「百姓どもには食べるパンがございませんと言われて、ではブリオッシュを食べるがよいと答えたという、さる王女の苦し紛れの文句を思い出した。」の類だろうと勝手に想像して動画は確認していない。なぜそう想像したのかは岸田総理の経歴「親が官僚&政治家で東京と外国生活」にそうした被差別の対象になっている人たちとの接点があまり見当たらないからだ。あって陳情に来た人たちとの接点だろうと想定すると、その人たちは多くの被差別の対象になっている人たちの代表だろうかという疑問が出てくる。恐らくアメリカのアファーマティブ・アクションというシステムも知らないのだろうし、統一教会、裏金の件ですら整合性のある対応をしておらず、任命責任の責任と一緒でどうもこの人の言葉(関係記事の見出しから)は浅く軽く感じてしまう。しかし、総理大臣という権力者、閣議決定と思うがままに方向性を変えることができてしまう。だからいくら浅く軽くても岸田総理の言葉にギゾーの「選挙権が欲しければお金持ちになりたまえ」を重ねてしまう。それ自体は事実だが、ルイ16世の「暴動か?」リアンクール侯爵「これは暴動ではありません革命です」ルイ16世「今日は何もなし」の日記。図太いのも考えものである。

 

 

 

コロナ騒動で飲食業の使用制限をしたり給付金では国を挙げて賤業だと平然と職業差別を実行するというのは優生保護法にハンセン病患者の隔離と今も昔も何も変わらず、政府は差別の中心によくいて、それを法律で決定づける人たち。