この件でマックスウェーバーを引用した理由は、戦火の中に生き、学問の責任を背負い、良い意志であれば結果がどうなろうが許される定言命法が跋扈する社会に警告を発していた人物だからです。ロシア革命の調査、分析から、社会混乱に乗じデマゴークにそそのかされた夢と希望の前途が最悪の社会システムと知り、ドイツ革命、スパルタクス団、バイエルン人民国家をデマゴークと批判していた。第一次世界大戦が終戦して復員した一人の男がワイマール共和制に吸収されたバイエルンに身を寄せていた。その男はドイツ労働者党に入党し着々と力をつけていく、ウェーバーは1920年56歳の若さで永眠、同年ドイツ労働党は国民社会主義ドイツ労働者党に名前を改称した。

 

この人たちが守りたいのは、被害者ポジションから糾弾しながら高福祉を受けたい、マスメディアはプラス国からの厚遇

 

このシリーズでは愚かな人、愚かな物事を書いてきました、その中でも一番愚かなことは、活動家の心情のままの人間がいるマスメディアが後援し、活動家の心情のままの政治家がごろごろいて、活動家の心情のままの司法も教育界もと、十分すぎるほど、愚かな人たちのイデオロギーに沿った社会主義国であるのに、故安倍や高市が総理大臣(安倍も逃れることはなかったし、高市も本邦リベラルから免れることはできない)になっただけで、この世の終わりのように泣け叫んでいることです、自分たちが「イデオロギーに沿った社会主義国」の中でも極端な政治趣向を持っているとも知らずに。日本は俗にいう十分にリベラルな社会です。それは同時に日本を80年代に縛り付けている、何が原因かということも判然とさせていることでしょう。ここでいうところの十分にリベラルな社会とは自由な社会というものではありません、第三の道と戦後レジュームに固着した社会のことを指します。戦後レジュームの核心は「戦争の反省」になります、夏になると黙とうをささげ、同じ過ちを繰り返さない反戦と言い続ける、それ自体は特段の政治趣向ではなく単なる先祖崇拝の一つに過ぎないが、ここに無条件降伏の状態に留まるることが至上命題の人たちがいて、なぜなら、この加害者ポジションに乗じて被害者ポジションから糾弾する側に回ることが何よりも痛快に感じる人たちがいるからで、単なる活動家の心情を持つ人たちなのですが、何故か?それもリベラルと自称するようになった。そういうことで被害者ポジションから糾弾する立ち位置を崩そうとする安倍や高市は敵であることから攻撃されたのです。しかし、その安倍も高市もリベラル社会からは逃れられません。

 

今回のホルムズ海峡での有事、活動家の心情を持つ被害者ポジションの方々が躍起になって、この無能がさっさとイランと交渉(金を渡すなりして)しタンカーを通して貰えと糾弾していて、中には国民を殺すためにわざと交渉していないという言説まであります。ウクライナに軍事侵攻して1万5千人(子供も含む)の民間人を殺傷していることなど気にせずに、ロシアから秘密裏にロシア産の原油を購入して、ほかのアジアに高く売りさばいたり、ご指摘通りに共同声明なんてさっさと裏切り狡猾に地球儀を俯瞰し立ち回ることができるのなら、日本の産業のネック、エネルギー資源も転換するでしょう。それはニュー日本ということであり加害者ポジションからの脱却ということになる、ということは狡猾になれない理由は加害者ポジションを与党は堅持しているからですと、高市が~と言っている人たちの主張とは随分現実は開きがあるようです。私は現実に沿って狡猾な面も持った方がという立場ですから武器の輸出は、それで助かる国もあると考えますが、かなり限定的な武器の輸出を糾弾しながら、狡猾に地球儀を俯瞰し立ち回ることは是認する、被害者ポジションのお気持ちは都合よく転々とします。

 

それが80年代に縛り付けている第三の道、第三の道というのは、ワイマール共和制の経済の反省からオルド自由主義の理念が生まれ、それを参考にしたのが社会的市場経済、ワイマール憲法下の福祉政策が残り、経済は自由と秩序を取り入れた、まさに日本の政策そのものです。海外のように20%を超える消費税(日本はその代わりに給料天引きの社会保障費で徴取)はないのに2025年度社会保障費38兆の中、およそ22兆円の特例公債が計上されている高福祉国家である。80年代というのは1978年に高度成長期は終了しましたが、その余韻も含め社会的市場経済の最盛期で、成功した社会的市場経済によって高福祉が提供されたが、その高福祉だけが当然の権利として約束されていると錯覚を抱いていて、もちろん厚労省もあの手この手を使い値上げや縮小はしているものの、(アメリカの医療財政は世界一の水準だけど、医療費が高いことで経済成長に寄与して、そのことから従事者の所得にも反映している、日本の国民皆保険制度は誰一人取りこぼさない、また平等にと言うことから逆の意味で従事者の所得と経済成長に反映している)政治家が怖がることから残存してしまった。何を恐れているのか?簡単な話、選挙に勝てなくなるからで、被害者ポジションから糾弾する立ち位置というのは何も反戦だけではありません。高福祉についても人権を盾に被害者ポジションから糾弾、要は反政府としての立ち位置と言ってよいでしょう、それは逆に高福祉の為に積極財政を口にすると、円安、金利、財政危機を使い糾弾していることから見えてきます。その代表がマスメディア

 

 

 

深刻な事実として全知全能であると社会をかき回すしかない意見の筆頭がわが国ではマスメディアであるということ

 

このシリーズでその筆頭がマスメディアであると看破しているように、新聞は消費税の軽減税率を特別に受ける立場でいながら、消費税の減税は財政規律を乱すと平気で記事にできる性質の持ち主、これを見て妙な特徴がこの人たちにはあることをお気づきになられた方もおられるかもしれませんが、そうです、これも前に指摘しましたが、この人たちは二律背反が平気、それでいて一切の責任を取らないとする性分を持っており、財政規律を厳しく正しながら、政府が高福祉の削減に手を付ける、もしくは負担増をお願いすると、平然として人権を盾に高福祉維持を展開して攻撃してくる、普通の一般人が持っているだろう誠実でありたいとする最低限の信念すらなく、信念というものを「被害者ポジションから糾弾」歪んだ方向に使う人たちなのです。思い出してみてください、支持率落としてやるの、時事通信社のカメラマンの顔と見られる写真がネット上で確認できましたが、あの程度の人間たちに煽動されるって、麻原に洗脳されたオウム信者のことを笑えません。顔はともかく、マスメディア全体の信用を喪失させておいて厳重注意だけで済ますような機関で、大勢の同業者を巻き込みながら辞職すらしない人間の説教にどんな価値があるのでしょうか、無価値な言説でしかないが、こんな人間の言葉を真に受ける人がいる限り、政府は恐れ続けるしかない。良い意志であれば結果がどうなろうが許される定言命法のデマゴークを再現しているのが慢性的に結果責任を取らないマスメディアである。