ラサール石井が立法府を軽視しすぎている(結局、捏造の証拠しか出せなかった中傷動画という程度の極めて低い追及という名の言いがかりを国会の審議に使った中道ら野党はその責任を一つも取らないどころか男性党員が、女性に扮し妙な活動をしていたり、党首が道路交通法違反かつ秘書給料に不自然な疑惑が浮上しれいわ、中道は共に空中分裂、どちらが軽視しているかは子供でも理解できるだろう)それから捏造、歪曲しかしないマスメディアのぶら下がりを拒否することから議論から逃げているというのは、選挙時に党首が何を訴えていたのかという点から見ると、他党の悪口が大半の党首もいれば、高市首相はほとんど政策について話していたというデーターとNHKの日曜何とかという番組に手のリュウマチ治療のための欠席を逃げたと表現する石井というところから見ても、よその党の悪口が大半の虚偽のレッテルを張ろうとしている野党という構図しか見えてこないし、ぶら下がりの件は、民主党の菅が多忙を理由にぶら下がりを拒否、その後の野田もぶら下がりを極力否定するを閣議決定して、正式の記者会見をするようになった。これは事実を歪められることへ対策で、政権奪還後の安倍もそれに倣いぶら下がりを極力拒否していると、ぶら下がりの件は一議員の問題ではなく、報道が事実すら伝える努力もせずに、朝日新聞が慰安婦の件での捏造から角度を付けていると第三者委員会で指摘され、二度としませんと表明したにもかかわらず相変わらず角度を付けることに最大の努力をしている反省の色もないと、どちらに瑕疵があるのかは一目瞭然だが、瑕疵のある取材側が自身らの非を認めることなど報道するはずもなく、ラサールのような人間は、この2つを持って高市の手法はヒトラーと騒いでいるのをマスメディアが取り上げていた。

 

1,ナチスは現在の金額で2000億~4000億規模のものを宣伝誘導検閲の為に使用

映画やオリンピックにもプロパガンダを仕込み、ラジオを大量生産で普及させナチスの声を直接届けた、ナチスに批判的な本は発禁、梵書、ナチスのガイドラインに従っての報道のみ許可された、とAIが教えてくれたのですが、72億でこれをするの?値段に焦点を変えると共産党の調べて2001年から2005年の5年間で自民、民主が使った宣伝事業費は共に100億を超えるそうで、広告は高いという感想しか湧きませんが、それが政府広報と考えると先進国はナチスレベルの金額だから、普段は海外の取るに足らないランキングに異様にこだわり反応する人たちが、中堅国が広報費に使うレベルの値段で騒いでいるというのは恥ずかしくないのでしょうか?と聞きたくなります。

 

言うまでもなく、こうした石井のやり方こそがヒトラーの手法で、政敵に陰謀論めいたレッテルを張り攻撃する、それをマスメディアが利用してという手法をゲッペルスが真似してプロパカンダするというように、このようにヒトラーの名前を使う割にはナチスやヒトラーのことを理解できているようには見えない。他にも日本の極左陣営から「正しい民主主義を取り戻したい」「ナチスも選挙を経た間違った民主主義」だからとする論説もあったが、ウェーバーが職業としての政治に政治家は心情倫理だけではなく強い責任倫理を求めた理由を理解していれば、そんな論説は出てこないだろうと、これもあの時代に何が起きていたのかを理解していないでヒトラーの名前を利用している。そしてこういう人たちの傾向として、「戦争の反省」と、それがいかにも陣営特有の所有物かのように声を大にしている人が多いという不思議な現象に出会えます。

 

 

ということで何を持ってヒトラーになるのかを見てきたい。ウェーバーの①急進平和主義者、②ドイツ革命、③クルトアイスナー等、急進派に対する批判は何を示すのか、①各国が暴力装置を持つ中で自国だけが平和を守るために無抵抗だというのは通らず、自国民を他国の暴力にさらすのは国家の自殺②スパルタクス団ら急進左翼は資本主義を打破という善い目的のためならテロをも許されるとしているといずれ反撃されるぞという視点が足りない、そして実際に報復された。③平和かつ社会主義者のアイスナーの理想も2と同じで机上の空論である甘い社会主義の考えで大衆を煽動「血のカーニバル」するのは無責任であり、その結果、共産主義者がバイエルンレーテ共和国の独立を掲げたことで、ドイツ中央政府らに武力鎮圧され千人ぐらい血を見ることになった。結論として、弱さがより大きな暴力となって帰ってくるという教訓、こうした「ドイツ」もこいつも我田引水という経緯があり、ウェーバーは浮ついた社会を打破するために責任倫理を持つ大統領に権限を与えればとヴァイマル憲法の立案に参加、しかしこの48条がヒットラーに悪用されることになった。私の立ち位置から見ると自民は少し責任を持ったアイスナー的存在であり、というのはアイスナーが暗殺されたように安倍も暗殺され、公人に対する暗殺未遂も起きたが、未だに甘い対応に終始していているように、弱さが社会を混迷させた、その弱さというところが似ているとしているのであり、私がこちらのブログにて自民に投票しているけど、収める能力もないのに余計なことをして結果責任を取れ岸田元首相と自民批判を繰り広げている理由である。この「ドイツ」もこいつも第一次大戦での敗戦から心情倫理の我田引水ばかりで責任倫理を持ち政治をやろうとしないから社会が安定しない、がウェーバーがヴァイマル憲法草案に関与し大統領制を提唱した理由、ロシア革命を研究してあまりにもひどい有様に、混乱した局面は強いリーダーシップでないとまとめることが難しいと考えたのだろう。

 

そこに陰謀論にまみれ、混迷している社会に怒り心頭になっているヒトラーが時代のニーズ(大恐慌)を捉えて台頭してくる。陰謀論とはゲオルクフォンシェーネラーによる、それまでまじめに生きてきた人が近代化社会に翻弄されているのには、何か理由があるはずだ、その原因にされたのが資本主義と、それまでキリストを殺したという理由で迫害されてきたユダヤ人には、この旧リベラル思想(資本主義、自由)というのは闇夜に提灯であったが、穏健派のアウグスティヌスの人間の罪は人間の身体にあるのではなく自由意志にあるから回心すれば問題ないから、血こそが悪に定義を変えて、多くのユダヤ人もまた貧困だったが一部の成功したユダヤ人=資本主義と結びつけられて、それまで以上の反ユダヤとなり社会を混迷させている原因にされたが、シェーネラーはドイツ民族主義、人種至上主義のイデオロギーが強く煽動的だが大衆運動の力(怖さ)を理解しているとは言えなかった、そこを補填したのがオーストリアでヒトラーが実際に経験したカールルエーガーによる資産家やエリートに不満を持つ大衆を煽動する手法(大衆動員)であり、学術的にはロシア革命やイタリアのファシズムを悲観的に見ていたルボンの群衆から群衆は責任倫理を嫌う傾向にあるので基本、自己責任が発生する自由も嫌う、これが服従を好む理由、群衆の単純さはひとたび群衆になると(個人の消滅)があり(断言、反復、感染)の心理テクニックで洗脳ができるということを学んだ。まさに昨今、極左陣営が「#せーので言ってこ戦争反対」から見せられる共感のことを指すのですが、幸いに向こうには威厳(プレスティージュ)を持つ人間がいないので、威厳に頼る群衆心理の一つを高市首相に擦り付けているありさまです。このようにヒトラーは群衆の危険性を警告している、いわば敵の知識でさえ自身の力に加える人物である。

 

 

ウェーバーも国の安定を願ったが、面白いことに、2010年頃にアメリカで流行ったオルタナ右翼の言うのがいて、その創設者とされているリチャード・スペンサーもトランプとヒラリーの選挙ではトランプを熱烈支持していたものの、トランプの第一期目の国内を安定させない態度は危険だとさとり、それ以降は民主党を支援しているらしく、バイデンとハリスに投票したということで、トランプもバイデンもハリスも、あんなのとは一切関係ありませんと拒絶されているのですが、意外にオルタナ右翼の創設者も社会の安定が一番重要だと考えているようです。私が今高市政権が弱るのは困るというのも同じ理由で、社会の安定が一番だが、危険な土壌は既に育っていると個人的に考えていて、あとは、その危険な土壌を使用する野望を持つ人間が揃うと目も当てられない悲劇が待っていると、実は、「#せーので言ってこ戦争反対」みたいなことを言っている人らよりもはるかに危機感はもっている、向こうに威厳(プレスティージュ)を持つ人間が現れたら一気に持っていかれるという。日本の野党勢力を支持して、ペンライトを持って抗議活動している層も、支持を受けている政治家も、それではその結果責任を持ちますかといえばもたないからそんなことをしているわけで、野党政治家はマスメディアが悪事は無いことにしてくれることを期待して行動している、責任倫理を持たない所に安定は存在しない。

 

 

 

2,ナチスドイツが他国に戦争を仕掛けた、その背景にドイツ民族主義、人種至上主義に対する固執があるのですが、そのためのレーベンスラウム(生存圏)ヴェルサイユ体制の打破、反共産主義(マルクスがユダヤ人ということも関係していてユダヤ・ボリシェヴィズムという陰謀論)があり、これら目的がないとヒトラーにはなれません。

 

 

ナチス議席推移

1928年5月選挙 12議席 1930年9月選挙(世界恐慌があり)107議席 1932年7月選挙230議席で第一党になる。1932年11月選挙196議席 ナチス政権成立1933年3月選挙288議席、この後共産党が1933年のベルリン国会議事堂放火事件を理由に議席を抹消されナチスは単独過半数に、そしてベルリン国会議事堂放火事件(ヒトラーを混迷している社会に怒り心頭にさせた情念はこういうところからきているのですが、それでさえ冷徹に利用している)から48条を執行し全権委任法を成立

 

他にも日本の極左陣営から「正しい民主主義を取り戻したい」「ナチスも選挙を経た間違った民主主義」だからとする論説ですが、確かに民主主義と法の手続きを踏んで独裁に到りましたが、それは形式的なもので、もしそれが上手くいかなくても私は独裁に到ったと考えるのは、ヒトラーはムッソリーニのことも学んでいて、第一次世界大戦の勝者ではあったイタリアは考えていたような報酬はなく、国民からは弱腰と政府は批判された、また同時にロシア革命に触発された社会、共産主義運動が最高潮となりビエンニオ・ロッソ(赤い2年間)と呼ばれる時期ですが、労働者が各地で工場を占拠したり、農民は地主から土地を略奪するも、ここでも政府は無策で動かなかった、そこにムッソリーニのファシスト党の連中「黒シャツ隊」が暴力で用心棒を請け負った、その勢いは止まらず、暴力で地方の行政を手中にしていき、ローマ進軍で国王に組閣を命じさせてファシスト政権が誕生することになった。アチェルボ法(25%以上の票を獲得した党が全議席の3分の2獲得できる)とか形式的にしているが、ほとんど暴力で手に入れているというのは、ムッソリーニを非難したマッテオティをファシストの人間が誘拐して殺害した暗殺事件が世間に発覚しファシストに非難が集まったが、ここでも国王は動かず、ムッソリーニはファシスト運動の責任はすべて自分にあると開き直り独裁に走った。要は民主主義とか法は形式なものであり、ここで思い出してもらいたいのが、「弱さがより大きな暴力となって帰ってくるという教訓」ローマ進軍、マッテオティ暗殺いずれもそこで止めようと思えば止められたが弱さだけが出てしまいより大きな暴力となって帰ってきてた。

 

それをそっくり真似たのがヒトラー、ローマ進軍を真似してミュンヘン一揆を起こすも鎮圧され、反省の姿を見せたことで死刑もあり得るのに軽い刑で済まされている。この時、死刑にしていれば後のことはなかったのに、甘い軽い刑で済まされたことで、早々に復帰し、テロではドイツ民族主義を達成できないと悟り、正攻法に変えただけで、親衛隊を作り長いナイフの夜とか起こして、ベルリン国会議事堂放火事件のような契機を見逃すことはなかったと、ムッソリーニのように最後は実力行使に出たと思う。

 

 

青文字の条件を満たさないとヒトラーと同列には語れないが、そういえば常に奴らがいたでしょ、オルティガに大衆と呼ばれ、ルボンからは群衆、チェスタトンからは「狂人とは理性を失った人ではなく、理性だけを残して他のすべてを失った人と呼ばれ、ウェーバーからは心情倫理と呼ばれた人達が、先に革命、社会を変えてやると煽動され社会を混乱させているのは自分たちということに気が付いたほうが・・・ヒトラーもムッソリーニも君らみたいなのを発端に出て来ているの、君らは条件を満たしている。