ICC問題は2004年に起きた自己責任論の焼き直しみたいなもので、2004年のイラク日本人人質事件で激しい自己責任論が巻き起こり、それに対する反発する声も上がった、反発する声は法曹界、NGO、野党政治家が中心と、今、ICC擁護と似たような性質をもつ人たちで、その人たちの錦の御旗になったのは、パウエル国務長官の「日本人は良いことをするために危険を冒した人たちに誇りを持つべきだ」とする発言で、私がその発言から考えたのは、それは報復できる力、交渉できる力を持っている余裕から生まれている言葉であり、現にウサーマ・ビン・ラーディン、アイマン・アル・ザワヒリ、ザルカーウィー、バグダディらアメリカと対立した人たちは大体殺されているので、アメリカと対立するのも自己責任なのでしょうというもの。

 

自己責任論は自衛隊の人道支援活動に対してフセイン体制亡き後、危険な思想を持つ団体が出現し、すぐさま自衛隊を撤退させないと人質を焼き殺すとして、家族等の支援者が自衛隊の撤退を要請、運よく救出されたが、救出された人の態度に反感が湧き、自己責任論が噴出した。

 

少し前、カンボジアで詐欺をする為に誘拐されている日本人がいると聞いた時に、私は、日本から特殊部隊でも構成しカンボジアに送り込み詐欺組織を皆殺しにと一瞬閃いたが、さすがに越権行為(主権侵害)は出来ないので、外交筋からお願いして現地警察にと平凡な考えに落ち着いた、その後、カンボジアがタイと戦争になり随分詐欺の施設も攻撃されたようです。この越権行為を当たり前のようにするのがアメリカで、パキスタンに侵入してビンラディンを暗殺、最近もベネズエラに特殊作戦を仕掛けマドゥロ大統領を逮捕、イランに攻撃を仕掛けて最高指導者ハメネイらを暗殺と、こんな真似は連合赤軍というテロ集団に身代金と刑事犯の釈放、逃走用の飛行機を用意して逃亡先にお送りする日本にできるわけがない。これ国際法的に怪しいと言えばかなり怪しく、この時点で国際法というものは随分と怪しいもので成り立っていると考えなければならない、怪しいって?例えば日本の国内の保安は何で守られているのというものを2つに分けて書くと、道徳心による自己制御、暴力装置の制裁となる、前は積極的で後者は消極的関与によるもので、この2つの柱で日本の安全安心が成り立つているけど犯罪がゼロというわけではない、2つの柱をものともしない人間も存在していて、最終的な解決はやはり暴力装置の制裁に頼らざるを得ないように、道徳心による自己制御だけで安全安心が保たれることなどありえないのである。国連の機能は常任理事国の拒否権によって行使できないものがあって、ロシアは特別軍事作戦という名目でウクライナに侵攻、アメリカがイランに攻撃を仕掛けた名目は自衛権で、拒否権を使われるので限界がある、それでは何で均衡を保っているのかといえば暴力装置であり、国際法はしょせん道徳心による自己制御に他ならないということから、国連の存在価値論が出てくるわけだが、ロシアも赤根ICCに対する制裁は欠席裁判(不逮捕特権の侵害、嘘の理由で貶めたことによる侵害)による法の支配によるもので、アメリカの制裁も警告に留めていて、越権行為(主権侵害)をする人たちにしては、随分と道徳的に接していることが伺え、国連も無いよりはあった方が良いという結論になる。しかしICCの逮捕にしても加盟国の暴力装置で成り立っているのだから、背景に暴力装置のない法の支配は事実上存在することはない、ということがわかりやすいのがアフリカの内戦や南米あたりの麻薬組織の方が国の暴力装置よりも強力で、暴力の支配の方が上位に位置している関係で、そこに手を突っ込むとなるとどうなるのか?というのが今回の最大の争点であり、ロシア、アメリカ、中国とICCに加盟していない超がつく軍事国家&主権国家に別の法の支配が手を突っ込むのは主権侵害に捉えられ戦争行為を仕掛けていると判断さても不思議ではない、ということを前提にしない議論は不毛

 

 

そのことから赤根を支援というか保護というのであれば、赤根にICCから身を引いてもらい、今後日本はICCに一円たりとも支援しないので、赤根の制裁だけは解いてやってくださいとアメリカにお願いするのが日本のできることであり、それはいかがなものかというのなら、関与しないで赤根とICCがまさに自己責任で法の支配を貫くとなれば、ロシアから欠席裁判を掛けられ有罪判決を受けているのだから、それに反駁するか、刑に服するかを選択しないと、法の支配の擁護する者として道理から外れるだろう。

 

 

自己責任論に対する反駁と、ICCを擁護している人たち(言い換えると、自己責任論から一ミリも成長できなかった人たち)から伺えるのは、何をいったいそこまで「こんな真似日本にできるわけがない。」日本政府を信頼できるのかというもので、それに対してイラク日本人人質事件は運よく助かったけど、その後は不運にも犠牲になられた方々がいるので、それは自己責任にしかならないと結論し、私はこんな真似日本にできるわけがないとしているように最初からできることは限られていることは理解していることから防衛力の向上に賛同している、に対して防衛力強化に戦争反対になる政府に信頼を置いている人たちという相反する関係のように、この人たちは日本政府が出来ること以上の信頼という空想の上で生きている、少しは自分たちの置かれている現実の立場を鑑みることをお勧めしたい、何をって?アメリカは間違いなく他の同盟国よりもイスラエルを選ぶ、そして今も北朝鮮にトランプは近づこうとしているように、1972年ニクソン訪中のように日本を取り越して中国と現実主義外交をということは普通にあり得ることであり、薄氷を踏む中にいるということである。国内の空想の上に生きている人の考えに合わせて外交をしているとICCの件も同様に、とんだとばっちりが多くの人に上に降りかかります。空想の人の考えはカンボジアに金儲けがあるとホイホイついていく人と少しも変わらないのだから。

 

 

空想といえばプーチンの択捉島上陸に関する制裁についてにもありまして、弱腰とする主張をするが、ウクライナ侵攻で現在日本が行っている継続中の制裁内容の提示が一つもなく、ただただ弱腰とする言葉を吐いている。ということでどんな制裁が残されているのかと考えてみると、現在も経済制裁(資産の凍結、輸出入の制限)を中心に継続している中、サハリン2の停止はホルムズ海峡の関係から日本にもダメージが大きい、次に菅直人政権時に大使の帰国を断行しているが、全く効果はなく、無視さたことで、すぐに戻したことにを弱腰ととられた。それなら大使の帰国に国交断絶の一歩手前であるペルソナ・ノン・グラータを加えてみると、これはウクライナ侵攻の際に岸田政権(バイデン政権を背景に)が実行、報復応酬となり平和条約交渉等の打ち切り、そして今に至る。ウクライナ支援(その前に武器ならその旨の条約を結ばないといけない)を別に残される強い制裁というのは国交断絶に近い外交官の追放、サハリン2停止、戦争しか残されていない、さらにトランプの流動的な対ロシア、中国に対する姿勢というのも加えると、2面局面どころか3面、4面になりかねない状況下にいるという認識も必要と、こうした認識もなく弱腰とする主張もユートピア平和主義者と同じでカンボジアに金儲けがあるとホイホイついていく人と同じである。