昔、TVでボクシングの試合(タイソン)を見ていたときに隣で見ていた父親が勝利した方の選手を指して彼もいずれは自分のしていたことを相手にされて凋落していくんだよと話していて、その話を思い出す試合でした。以前Being simple is the bestに山中さんの良いところは基本に忠実で一瞬においても精密な正確性の高いパンチを打つという左の最大化にあると書きましたが短期決戦に来ていたように見受けられたネリに先にカウンターを合わされて倒された。相手が打ち込んできたときに正確性の高いカウンターパンチを打つというのは山中さんが最も得意としていた型、それを相手にやられた形だ。言い出すと要因は他にも出てくるんでしょうけど山中さんの一瞬においても精密な正確性の高いパンチというのは度胸と冷静沈着が必要で短期決戦に来ていたのを考えると初防衛戦の打ち気にはやるダルチニアンとは無理に打ちあわずカウンターを決めていたように山中さんは前半は相手を疲弊させることに重点を置いて後半に勝負をかける展開が理想と思うから浜田さんが試合後のインタビューで体重超過があって湧き出た情感が裏目に出てしまったと答えていたけど私的にはこれが一番、的を射た指摘に聞こえた。ただの偶然かもしれないが、当日の試合で、その2つ「度胸と冷静沈着」とも持ち合わせていたのは相手のネリということ。

 

情感でいうと相も変わらず試合後に茶坊主のみんながそう言っている類の感情に訴えかけるものが並んでいて日本凄い!という旨の裏返しのような感じで性質がよく表れていて感慨深いのですが、オリンピック報道を見てもわかるように、こうした選手等の想いの共感は受けやすく競技を最初に知る入門書的なものとしては悪いものではないから不案内の人たちが、こうした内容の情報を期待しているのなら仕方がないと思う一方で技術的なものの説明に必要な蓄積した知識は素通りできるものだからボクシングの記事に多く見られる見せかけのものばかり見てどうするのという気持ちもある。「村田の判定の件も騒動になってあれだけ騒いでジャッジの処分と再戦は手に入れたけど判定に対する根本の解決には寄与しておらずネタとして消費されて終わっている。」今回の件、ドーピングの嫌疑については五里霧中の裁定は受けいれられないと突っぱねる場面で再戦の裁定を受け入れたのは一体誰なんだとということを俎上に載せないで何を解決するつもりなの?というのがあって体重超過も、体重超過はネリの責任ですが、この試合の興行主は日本のジムなんだから試合強行の判断についてはジムの#1責任、ここは分別しないといけない。そしてネリに対するネガティブ報道が目立つが相手もアウェイで試合をしていて公平を語るなら、そのことも併せて思慮しないといけない。あなだらけの問題提起は火あぶりにしかならない。

 

チソラから世界を読む

チソラから世界を読む 2

問題提起というならウォーレンの泥仕合でいろんなものが露わになったように、そこまで究明してほしいものです。

 

私は村田の判定の件村田狂騒曲で「説明責任を果たしてもらいたい 」キリッと書いたものの日本人が得意とする事務的なものを良い言い方をすれば深くこだわらない、悪く言えば大雑把、いい加減なところがある人もいる(あくまで私の想像)中南米の人に強く要求するのはどうなんだろうと少し独善なのではと自省していたのですが、今回のようにそれが彼らの強さの秘密でもあると複雑な気持ちになる。だからそういう民族的な価値観の違いをある程度、統合させているのはルールだからルールの尊重は大事ですねとしているが、IBFの件でルール規定に則った誤謬の訂正に問題と騒ぎルールをおざなりにした人たちが、今回の件で「ルール」「裏切られた」と言っているのをみても何の感慨もなく、IBFの件で当日の+2.4キロも守らなかったソリスに同じような言葉をかける者なんてほとんどいなかったと記憶しているから(ワールドボクシングの元編集長は体重超過の相手にすら勝てなかったという趣旨でコラムを書いていたから山中にも同じセリフを吐いてほしい)はあ?何言っているんだにしかならない。二枚舌が聖人風を吹かせて正義を語るのを見ることほど気持ち悪いことはないから二枚舌が正義なら喜んで悪の立ち位置にいたい。

 

 

#1 私がIBFの件で当初、間違えたのはこの部分で、不利益ということを知りつつも契約したのだから契約に則らないといけないと考えたと実はコミッションが頑なに主張していたのと同じ理由なのですが、契約自体に錯誤があるなら契約は無効であり認定団体側も誤謬を認めていたので一般常識として訂正しました。

 

追記、ネリに処分が下されたようでカタルシスのためには必要だね、はい終わりという既視でドーピングの嫌疑については認定団体、試合を認可したコミッション、試合強行の興行主の責任は追及されない。 処分の効力も団体は4団体(腐敗ということから私は肯定的に捉えている)あって結局は選手が有名で所属しているところが大手で力があればどうにでもなるというもので、本件の処分の深層はわかりませんが推測すればお得意様に対するもので日本のファンが嫌う政治力の話に帰することになると思うけど、これもこっちはいいけどあっちは駄目的な二重規範があるどうしようもない世界ということを前提において考えていかないと何も解決しないでしょう。