ノニト・ドナイレ選手がマゼブラ選手との一戦を終えてインタビューを受けている
その後方に何故かJCチャべス氏が映っていた。そのチャべス氏の横顔がモニターに何度か
映し出されて目に付いたのは、ボクサーだと一目でわかる潰れた鼻で
115戦という壮大なキャリアの証明書を見て、彼のキャリアに裏付けされた確かな技術と
その攻防が脳裏に蘇ってきた。了知されているようにドナイレ選手は長身のマゼブラ選手を
相手にダウンを奪い判定勝敗で勝利はしたものの、強引な攻めに終始するだけの空回りと
上手く戦えているようには見えなかった。勿論、対戦相手は世界チャンピオンなので
簡単な相手ではない事は重々承知していて、カウンターなどはさすがに感心するものも
あり、悪戦苦闘の中でも勝利する彼のポテンシャルの高さも疑いようの無い事実ではあるが
如何せん攻め方がグリーンボーイの様に単調なものであったのは感心の出来るものではなく
これが一過性のものなのか、それともただ彼のキャパシティがこれまでなのかは、
まだ判らないけれど、今以上に研究される事を考えれば不安要素であるのは間違いない。
そんな彼(30戦のキャリア)にJCチャベス氏の様な経験があったならば
試合にどんな影響を与えていただろうか?マルチネス×チャベス・ジュニアを
併せて考察してみたい。
メドリック・テーラー戦での大逆転、
カマチョ氏とのライバル対決など一時代を築く活躍で
タイソン無きボクシング界を牽引したJC・スーパースターこと
フリオ・セサール・チャべス氏が引退して早いもので7年の歳月が過ぎたが
再びチャべス家のDNAがリング上で旋風を巻き起こそうとしている。
率直な所、チャベスの名を再度、ボクシング界で耳にするとは夢にも思っていなかった、
それはベニテス スピンクス メイウェザー家など例外もあるけれど
著名チャンピオンのご子息が大成するのは希有なことであるからだ。
現在活躍中のフリオ・サセール・チャべス・ジュニア選手は26歳
WBCミドル級チャンピオンで3度防衛中、戦績は46勝32KO
言わずもがなスーパースター候補である。
そして、ついに現在ミドル級の帝王として君臨するセルヒオ・マルチネス選手と
9月15日(日本16日) ラスベガス トーマス&マックセンターで対峙する
つまり名目上のミドル級チャンピオンが実質上の帝王に挑み
一気にTOPへの階段を駆け上がろうとしているのである。
しかし、ここまでの道のりは遠く険しかった、2003年9月のプロボクシングデビューから
9年目の歳月が経過していて、途中、あまりにも慎重なマッチメイキングに
過保護という声もちらほら洩れてきたけれども
そんな諫言もどこ吹く風、道筋を踏み外すことなくキャリアを築いていった。
慎重なのは非合理なことなのか?その答えのヒントはここにあると思う。
もしも、マルチネス選手との一戦を昨年6月のズビク戦前後に
聞いていれば、誰もが悲惨な予想をしたことでしょう、それが今はどうでしょうか
厳しい戦いになると思われた2度目の防衛戦、当時1位のルビオ選手を相手に
12回判定で勝利、続く3度目の防衛戦は元アテネオリンピックミドル級アイルランド代表で
同級3位のアンディ・リー選手が相手であったが、この試合も難なくリー選手を
7回TKOで粉砕したことによって、チャベス・ジュニア選手に抱いていた
懐疑が一年前よりも確実に軽減され、少なくともマルチネス戦に期待を抱かせるまでに
成長している。つまり結果として慎重だと見受けられた、あの長丁場のプロセスも
徒労ではなかったという事になり(私個人はこれが能力の限界であるなら仕方がないけど
チャべス・ジュニア選手の試合ぶりを見ていると、まだ経験が足りないとさえ思っている。)
興行の為にもなっているのなら、それは最適なことではないのか。
思い返すとグランカンペオンと呼ばれた父のボクシングもパーフェクトな攻防から一見
アクロバティックなものと認識されているけれど、電光石火のスピードを持つテーラー氏や
ヒッティングのポイントをことごとく外すパーネル・ウイテカ氏らオリンピックゴールドメダル組
に比べれば平凡とは言わないけれども、けして器用な選手ではなく
巧みなボディーワークに左ボディブロー、右ストレートを武器とする
堅実なボクシング・スタイルで対戦相手と対峙してきた。
確かに生まれもって強靭な顎を持っていたのだろうけど
絶妙な距離感で相手にプレッシャーを与える卓越した技術
それでいて肘や頭を使い対戦相手の動きをコントロールするという
ルール上、グレーな技も使う、これら老練な技術は豊富なキャリアを通じて
体得したものである。そんなチャべス氏にチャンスが回ってきたのはマッチョ・カマチョ氏が
返上したWBCスーパーフェザー級タイトル決定戦、何の因果か
同じくマルチネスという姓を持つマリオ・マルチネス氏(Mario Martínez)との一戦でした。
チャべス氏はこの時22歳でしたが、プロデビューから5年、
すでに43戦(当時のテレビのテロップには41勝37KO)の経験を持っていて
世界初挑戦にしては実に落ち着いた試合運びをしている。
一方のマルチネス氏も33勝1敗2分20KO(テロップには28勝中26KO)の
戦績を持つスラッガーで前戦には元同級王者だったローランド・ナバレッテ氏を5回TKOで
下している。元王者を倒して勢いのあるマリオ・マルチネス氏は
前半からそのスラッガーぶりを見せてチャべス氏にアタックを仕掛けるも
落ち着いているチャべス氏はマリオ氏のパンチを外してはカウンターを打ち込んでいく練達した
技術でペースを取らせない、次第に疲れを見せたマリオ氏に対して、今度はチャべス氏が
攻勢をかけて8回TKOで同王座を獲得した。
同王座は84年から87年までに9度防衛するのだが、この間に12試合を行い
そのうち4試合はノンタイトルを戦っている。
こうした豊富な実戦で得た経験知が効力を発揮するのは階級を上げて
ロサリオ氏の持つWBAライト級タイトルに挑戦したときである。
天才パンチャーのロサリオ氏も距離を確保できなければ
平凡なパンチャーに過ぎない、チャべス氏はそれを見透かしているように
肘と頭を巧みにブロックとして使いロープ際からロサリオ氏を逃さず
ロサリオ氏のパンチが最も効力を発揮する距離を作らせない。
そして約450発のパンチを叩き込みロサリオ氏を11回TKOに下した。
その後、何度も同じようなシーンをチャべス氏の試合で目撃する事になるのだが、
出色だったのは1993年に行われたWBCライトウエルター級タイトルマッチで
対戦したグレッグ・ホーゲン氏は 試合前の挑発でチャべス氏 の無敗記録84連勝の
対戦相手はメキシコのタクシードライバーだと揶揄したが13万人が見つめる
アステカ・スタジアムでホーゲン氏は打ちのめされて85番目のタクシードライバーになっている。
長身の選手を攻略するのも上手くアンヘル・ヘルナンデス戦での
コーナに追い込んでの上下の打ち分けは芸術的でさえあった。
この様に特質するのはスピードスターにハードパンチャー 、それから変則タイプと
様々なスタイルの選手を相手に戦ってもベースを乱さずに相手を攻略するところで
ノニト・ドナイレ選手もキャリア12年目で年数での経験値では劣る事はありませんが
対戦相手に対する順応性で言えばドナイレ選手のここ数戦の試合を見るに限り
チャべス氏には遠く及ばない様に思う。それは矢張り、実戦での場数であり
様々なスタイルの選手との対戦経験の不十分から来るものだと思う。
だからきっと、ノニト・ドナイレ選手がこうしたキャリアを持っていたならば
長身の選手相手にヘッドハントには固執せずに
相手のジャブを回避しながら顔面とボディを巧妙に打ち分けていたのではないだろうかと
チャべス氏の戦歴を振り返りながら感慨に浸った。
功をあせらさないチャべス・ジュニア選手への育成方針は
こうしたチャべス家の習わしなのだろう。
昨今は経験を蓄積していく、また適正化の為の調整試合について
軽率にもアイロニカル交じりの批判があるけれども
実はこうした機会を失っていることで熟成していないワインを飲まされていることに
気が付いていない。30戦もすれば引退というのも珍しくなくなってきているが
一昔前なら20~30戦といったらようやく世界戦という戦歴である。
ディラン 28戦 ブギャナン
アルゲリョ 34戦 エルネスト・マルセル
シュガーレイレナード 25戦 ベニテス
ハグラー 49戦 ビト
ハーンズ 28勝 クエバス
ベニテス 25戦 セルバンテス
タイソン 27戦
フォアマン37戦 2期 25戦
(最近でもサリド 33戦 ファンマルケス
マイキー・ガルシア選手の28勝24KOというものもある。)
そして、当然、健康面等注意が必要でもあるが
精力的にノンタイトル戦もこなしていたから
100戦近いというのも、それほど珍しくなかった。
戦歴をつめば誰でも強くなれるというわけでもないけれど
経験から得られる狡さとか怖さとかが足りなくなっているような気もする。
現在の選手の言い分をいえば、昔のように会場がメインの時代とは異なり
1952年ごろに急速に普及したカラーテレビの影響もあって
テレビコンテンツとしてのボクシングというものが発生した。
ここで重要になるのは世界タイトルマッチという注目を浴びる見出しであり
その時流に乗り変化していったので仕方がないという面もある
しかし、そのことで職人芸が失われているならば、それは憂慮するべきことです。
さて、マルチネス×チャベス・ジュニアの一戦
キングであるマルチネス選手もケリー・パブリック戦に勝利する前には
誰もマルチネス選手の事なんて相手にしていなかった。
結局、1997年にプロデビューしたマルチネス選手が注目されるようになったのは
13年後の2010年になっての事であり、彼も遅咲きなのである。
それだけに、今のポストの重要性も十分に理解しているから
この試合に賭ける意気込みは並々ならぬものがあるでしょう。
心配されるのは、矢張り12年前に喫したマルガリート戦での敗戦であり
体力があり突貫する選手に対しての適応性、それに対してチャベス・ジュニア選手としては
これまでで最も高品質なカウンターを持つ選手との対戦となるので
対応できるか、これは不明瞭、ただ、戦略としては、それを恐れていればチャベス・ジュニア選手
に勝算はない。だから自分を信じて接近戦での打ち合いに持ち込みたいところだろう。
(親父さんのロープ際に追い込み逃がさない練達な技術があるならばもっと期待するのだが)
プロデビューまもないころ親父さんとコラレス×カスティーリョの激戦をリングサイドで観戦していて
その試合内容に猛り立っていた彼を思い出す。
もうひとつのチャベス家の習わし、それは戦闘マシーンであること。
素晴らしい試合を期待する。