衆議院選挙が始まってからというもの、高市の攻撃する材料を探り出そうとすることに余念のない極左陣営、それが選挙後はいっそう激しくまた過激になり一言一句、一挙手一投足を逃がさないように監視しているように見受けられる。普段は日本の落ちぶれる話題を心の支えにして、それをネタに高飛車な態度をとるのに、急に円安、財政を嘆いて日本を心配してみせたり、 高市になってから災いが続くと陰謀論まで持ち出す始末、石破さんなら(なぜか野田や斎藤、小川ではない)・・・と待望論を口にするけど、石破なら自民は野党になっていた可能性が大だ。民主主義、戦争、独裁(独裁っていえば何かを指摘している気になったいるようですけど、マスコミごときの口をふさげない独裁ってあるのでしょうか)など強い印象が残る言葉を駆使し尋常ではないを演出し高市は駄目(日本の落ちぶれるとする対象を高市に変えただけ)という印象を付けたいのだろう。気持ちは重々わかる、私も反対の立場で、今のご時世に同性婚、夫婦別姓、女性推進が日本発展のメインストリームだと真顔で推進されたら、中道の消費税ゼロのジャパン・ファンド構想をネタにほらみろ、円安になったと、いちゃもんを付けていることだろう。他にも公約を呆れるほど簡単に翻す、野田は負けたら政治生命をかけると言ったのに辞めない、原発、安保、政治パーティの禁止の政策を提出しながらもう立憲ではないから関係ないと翻し、メディアにネタを仕込んでもらわないと存在感を表せない政党に対して攻撃の材料は尽きない。
しかし、私は菅直人の原発を停止して孫の自然エネルギー協議会の話に乗って40円/kWh(ドイツは20円程度)という高い利潤で全量買い取り制度にしたいつもの悪習は批判しても、かいわれだいこん、薬害のパフォーマンスには関心は湧かなかったけれども、原発対応は、勿論、いら菅の発揮で周囲の意見も聞かずに孤立し問題があったことは把握していているけれども、あの時だけは、真剣に日本の為に戦おうとした姿勢を私は評価していて、原発事故の対応に到らないところがあっても、そのままヘリコプターから落ちて死ねなんて言う気にはならないけれども、極左は高鬱等の病気の揶揄や、肺炎になれ、手足の一本でもなくならないと、逮捕めんどくせぃからいきなり銃〇でもいいなと、ますます過激派となり、この一線を平気で踏み越えて人格に問題がある、自身ら鬱と言っているぐらいだから本当に病気なのかもしれない。安倍さんの時にも散々実施していた、この極左らの活動は、高市自民のイメージを落とし、野党への票へ流し込むのが目的で民主主義、戦争、独裁など強い印象で洗脳することは可能なのかもしれませんが、その先の当てでもあるのでしょうか?私には当てというよりも希望はあって、前にも書きましたが石破で負けて野党連合が与党になって、どのみち前回以上に失態をやらかすのは確実で、前回の経験があるのに日本という国は認知能力に問題がある人が大勢いて、立憲民主党に1000万人近く投票する異常者がいる。この異常者という理由は後で説明しますが、どうやら再度、国民は痛い目に合わないと理解できないようなので、痛い目に合うことで今度こそ破滅的に追い込み二度と浮上しないようにしたい、そのことによって、週刊誌ネタのスキャンダラスで与党を脅かす野党ではなく、本当の意味で政権交代が可能な野党の誕生を我々の世代で実現したい、それは自民を追い込み、結果、政治が強くなるという希望です。どうして日本の為に戦う気もないのに政治家に成ろうとするのか不思議で仕方がない。それを排除するには政治が向上するしかないのです。野田政権時を振り返ればわかりますが、その点を変えていかないと結局は自民党の劣化版みたいになるしかなく、一つの体制というのを変えるには単なる既存の政権交代では成すことはできない。政治を向上させるにはまず国民の向上が必要とするたゆまぬ努力が必要、それを極左は何かと革命的に何か当てがあるわけでもないのに急進に討幕を目指す、革命後に何があるのか想像すら出来ない、だから昔から極左はユートピアに生きていると呼ばれている。
異常者という理由は、野党のやることは所詮は、差別ビジネスの手先みたいなことしかなくて、外国人参政権にしても、とある地域にある思惑を持つ人間を集中させて、日本の中で独立国家のようなことをされる可能性が含まれる危険な法制だから、本来は国民投票が必要なぐらいの議題でもある公約を、問題が起きた時に対応する能力もないのに公約に載せ推進しようとしていて、私から見るとそんな重要な案件にもかかわらず白々しいぐらいマスコミから選挙の論点から外され多くの国民の目に触れないようにしているように見える、危険な公約を前言を呆れるほど簡単に翻す政党が推進しようとしていて恐ろしいことである。それでその後にあるのは平等という旗印を掲げて、特定の人間だけに差別禁止法というのを作り何も言わせないようにする、それで海外は大変な事になっていて先例があるのに、それを戒めにすることもなく日本に平等という名のカースト制を敷こうとする異常者がいるので、そんな自分たちの首を絞めようとする政党を推している時点で控えめに言っても同根の異常者としか言いようがない。なので私は自民の移民推進にも反対している。
こういうのは国民の目に触れないようにということにも原因があるのでしょうけど、政治が向上するには、国民も向上しなければならない、しかし、何も知らないし知ろうともしない人たちの意見を集めて世論調査で問題があると作り出して、さらにそれを見て問題だと思う何も知らない人たちという構造によって、程度の低いマスコミがいつまでも権力の座に居座り続けている。大体、マスコミ自体にも何も知らない人は多いというのは、中には専門家としての能力に疑いのあるというような人物でも、その肩書に頼るせこい手口で誘導させようとすることからもわかりますが、原発報道を振り返ると科学報道能力はなく、政府も知らないことになると、ほとんどのマスコミが機能しなくなったということからも見えてきます。要は行政のレクチャー頼り
例えば、熊本に敵地能力を所有するミサイルを発射できる発射機が搬入されたことを問題視して、住民説明に焦点をあてる程度の低いマスコミは、抑止能力がないことによる責任とをる気もないのに問題があるとはやし立てる。さすがに国民側も親鳥の餌を待つヒナじゃないんですから専守防衛、抑止 反撃能力、この3点の意味ぐらいは自分自身で考えなければならない。
先に私は軍事のことは興味がないので全くの素人です。
説明
88式地対艦誘導弾を発射するための74式特大型トラックをベースにした発射機から、12式地対艦誘導弾の発射機に変えたという話
Q、こんなものがあったら攻撃目標になるだろう。
A、どのみち自衛隊基地なので攻撃対象になります。
Q、危険だろう
A、そうですが、元々陸軍施設が先にあった場所にあとから来た・・・それに、ミサイルがないリスクとあるリスクを考えた場合、ないほうは抑止力0に対して、仮想敵国の高いGDPを生み出している大半は沿岸部、新しいミサイルはそこに届く、日本がやられて困ることは普通の国なら向こうも困る、その意味で、あるリスクを評価する必要があるだろう。
国によっては軍関係の写真を撮ることすら犯罪になる国があるから、軍関係の話が外部に漏れる方にも問題があるという風にも捉えることができる、自分たちの常識は世界の常識ではないのです。例えばイスラエル、イラン、アメリカの戦争の情報に接していると各国の動向も入ってくるのですが、ホルムズ海峡の航行に関して日本の常識が好きそうな国際協調を、何それおいしいのぐらいの態度でトルコ、インドが独自に交渉し、おぬしらも相当の悪じゃのというところを目のあたりにすると、自分たちの常識は世界の常識ではないということを思い知らされる。しかし、こうした事実を述べられても説明責任、安心が守られていないと、戦争についての話なので、その時点で完全たる安心なんてものはないことぐらいはわかるでしょうが、判らない人が日本には大勢いる。要するに国民側にも知らないし知ろうともしない問題があります。
ついでにホルムズ海峡の航行に対する護衛艦のトランプの依頼について、安保法制は戦争中のところには自衛隊は派遣させられないとする非常にあいまいな法制なので、その是非は難しい、例えばホルムズ海峡のようなタンカー警護と他人事ではないけど遠い国で起きたアメリカとイスラエルの戦争に巻き込まれないという観点では、この曖昧さは(個人的に)良点になるでしょうけど、台湾有事は果たして曖昧な法制で対応できるのでしょうか、勿論、法制上は戦争中であれば対応できない。日本国内が直接攻撃されることで、初めて自衛権が発動する。それでは何が曖昧な法制なのかというと、PKO法案にプラス「戦後」「危なくないとこ」は同盟国のお手伝いが出来ますという法案で、集団的自衛権というものが取り沙汰されましたけど、かなり限定的な地域=日本にある米軍基地が攻撃された場合(要するに個別自衛権の発動)にということになる。中身を知ろうとせずにこんなものを戦争法案とはしゃぎたてたのが極左、中身を知らないというところで60年の安保から一つも成長していない。存立危機であれほど騒げたというのも中身を知らないから。
こんな曖昧な法制ですが安倍らが取り組み、いわゆる世論、党内野党、野党に安倍が配慮をしたと推測、そしてほんのわずかだけ前にすすめた。しかしアメリカから見ればそれ何か役に立つのか?馬鹿げたものにしか見えないでしょう。PKOの駆けつけ警護も最小限の武力ということで人命が失われた、知りもしないような野党、党内野党、世論の人たちの目を気にした配慮で起きた。橋下徹のような、知りもしないような人物をさも全能のような扱いで使って、いきっている、と言わせたい、程度の低いメディアに煽られる直感馬鹿という構造がある限り続き、極左の逆襲となるのでしょう。