田中敬一郎さんの活躍 | pomのブログ

pomのブログ

ブログの説明を入力します。

青山でございます


先日の日記でも皆様にご報告させて頂きました通り、田中敬一郎さんのご助力で支援活動における事務処理などで貢献して頂き、今まで以上の高い効率性で支援活動が進んでおります。支援をして日本人としての気概を強めて頂きたい、または日本の方に役立ちたいと願う私と、誠実に真剣に支援を望んでいられる方々にとって、田中敬一郎さんの存在は縁の下の力持ちとして重要な役割を担ってくれていると思ってます。改めて、彼に心から感謝したいです。


私は以前から「どうすれば気概ある誠実で真剣な方への支援が可能になるか?」を考えておりました。まず一つ、日本は裕福過ぎるという欠点があります。例えば戦後の人達であれば、兄弟のお下がりの服を着たり、自転車なんてボロボロになってから次男坊に受け継がれたり、そんな事は当たり前でした。ドーナツなんてお菓子は祝い事じゃないと食べられないとか、日本全体が貧乏だったので節約は当たり前でしたし、贅沢をしない、物を粗末にしない精神は当たり前だったのです。


けれども、昨今の日本は物に溢れ、食べたい時に食べたい物が夜中でもコンビニから提供され、そして言論の自由や表現の自由化が昔以上に普及してますから、自分の気に食わない事があれば「言いたい放題の好き放題」の振る舞いで生きられる事が可能になりました。


親の教育もどんどんずさんになり、近所の子供を隣のおじさん達が怒鳴り叩くなんて光景も見られません。そんな事をしたら「犯罪者扱い」をされてしまう可能性があるからです。日本も日本人も、まるで無菌室に入れられる白血病患者のようにデリケートで過敏な性質になってしまいました。


それらは全て、裕福が齎した精神性の欠落以外の何ものでもないと私は洞察しております。がしかしです、その中でも高い精神性を持って考え、行動ができる人達がまだまだ日本には沢山います。埋もれております。ではどこでどういう風に埋もれてしまってるのか?


例えば、普通の主婦の中に埋もれてる事もあります。無能無力な夫、もしくは傲慢で自分勝手な夫に縛られた結婚生活の中で、本来の気質、良さを失ってしまい、その夫との生活を虐げられてる主婦。子供のため、また両親達の事を考えて離婚をせずに耐える妻など、人間として、母として有能でも、ちょっとした過ちによって結婚生活を誤り、その気概ある可能性を閉じ込められたままの人もいます。


それらと同様に、好奇心旺盛で胆力もあり、行動力もあるが、身体的なハンデなどがあり健常者と同じような行動もできず、差別され気概を活用しきれない人もいるでしょう。または、優秀なサラリーマンなのですが、上司や会社が無能で、その力も発揮できず、独立を試みも、今の社会情勢や「新参者を叩く嫉妬社会」の日本システムを相手に立ち往生してる方、あるいは、今まで一生懸命に真面目に生きてきたのが、ちょっとした不幸から人生のドン底に落ち、それを支えるために頑張るシングルの母、またはシングルの父など。


とかく、世の中には「真面目にやってるのに、やってきたのに、どうしてこうなるのだ・・・」という人智では計れない、想像できないような不幸で状況が一変してしまってる人が沢山います。あまりにも理不尽な仕打ちを受けてる人が年々増えてる気がします。そのうち、日本にはそういった気概ある人達が社会の理不尽なシステムに汚染されて居なくなってしまうのではないか?という恐怖さえ感じます。


逆に、常に狡猾でお金の事や自分の利害ばかり考え生きてる人。または団塊世代などお金のある親の援助なり恩恵を受けて何の苦労もなく飄々と生きてる若者。今まで溜めこんできた財産を自分や身内のためだけにしか使わない富裕層など。同じ人間で同じ日本に生まれたのに、どうしてこうも差があるのか?と思いながら生きてる人も沢山いる事でしょう。


私は思いますに、これは色々な因果ですから、今が苦しい人は確かに何かの原因で今の立場があるのだと思います。けれども、それに対して「気持ちまで腐ってはいけない」と思うのです。精神を腐らせてはいけないのです。嫉妬もいけません。そんな中でも気概を失ってはいけないのです。だから私は、気概を失ってはいけない人達まで、その経済難などで腐敗していってしまう事に歯止めをかけたいのです。


本来、日本国家から恩恵をうけるべき真面目な人達が恩恵を受けられず、狡猾に利害だけを考えて生きるずる賢い人達が上手に恩恵を受けるようなシステムが今の日本にはあります。これは先進国の性です。誰にも逆らえない強大な力なのです。でもそれに屈して大切な精神性や気概ある人間性を「お金のためだけに」失って欲しくないのです。


狡猾で保守的で自己利害しか考えない人間達は放っておいても自滅します。それは私が一番知ってます。実際、私も若い頃にそういった自滅の道に進みそうにもなりました。お金持ちになるという事は、様々な誘惑があるのです。知らず知らずに人間が堕落します。非常に怖いのです。そして身内に関わらず、周りはお金お金となり、色々な人がそのお金を狙って寄ってきます。まるで木の樹液に群がる虫達のように


好きな物は買いたい放題です。飲み食いも自由です。家でも高級車でも何でも買えます。予約の取れないお店でも席でも、普通の人の倍のお金を払えば予約完了です。そして形式的な人脈も増えます。芸能人、財界人、その他の著名人など、いくらでも寄ってきます。そうやって、知らず知らずに自己過信し、気がついたらお金とお金だけの付き合いになり、金の切れ目は縁の切れ目というように、財産が無くなった瞬間に、自分の周りには誰も居ないという社長連中なり、資産家などを私は数えきれない程見てきました。とても空しい人生です。そして、時代が周り何十年経っても、そういう人達は減りません。今も、日本にはそういう者たちが溢れかえってます。何とも愚かです。身を引き締めるという事を知らないのです。



私は再三に渡りブログでも書いておりますが、気概のない方や既に精神の腐敗したような方には支援をお断りしております。「お金が欲しい!」というだけの方には支援はしません。私は支援家などと言っておりますが、別に支援対象は起業精神ある人とか、事業家などである必要もありません。主婦でも、サラリーマンでも、ご老人でも、垣根などありません。この青山に「本来の自分らしさで強くこの先を生きるための支援が欲しい」という気概ある精神であれば、その方の相談内容の優劣も関係ありません。


子供達の笑顔が見れるカレー屋を出したい!そのためには1000万円がどうしても必要なんです!という投資系の話しでも構いません。何故なら、私は投資家じゃなくて支援家だからです。投資家だったら、直ぐに却下されるでしょう。何故なら、投資家はその投資に対しての利害を求めるからです。儲けるかどうかも解らない事業プランに投資などはしません。より具体的で勝率の高い投資話しにしか投資はしません。


私は支援家ですから、支援したお金によって、相手が金銭的な成功をするしないはあまり関係ありません。そして相談内容も関係ありません。何度も言いますが、気概なんです。私が支援した事がきっかけになり、失いかけてた気概を取り戻す、または気概を強化する、もしくは、素晴らしい程の気概ある人生を未来に構築して頂くことが目的です。


お金がその人の人生を幸せにするとは私は思ってません。お金は人の幸せを決定しません。戦後に生まれ、貧乏を体験し、食べ物もなく雑草ばかり食べた幼少期、それから大人になり、普通の人の何百倍も富を得て、高価な物から高価な食べ物まで、これでもかという程に手にしてきました。そんな私が言うのです。


【お金で人生の幸せは決まりません】


私はお金持ちになって貰うために支援をするのではありません。もちろん、私の支援によってお金持ちになって頂いて結構です。お金はないよりあった方がマシですからお金持ちになった方が良いに決まってます。でも、それが私の最終目的ではないという事を支援希望される方はくれぐれも忘れないで下さい。



くどくどと同じ事何度も言って誠に申し訳ありませんが、それだけ青山は気概の意味を伝えたいのです。支援を受けるに辺り、気概そのものがあるかどうか、または強い気概を持ち合わせてる人であるのかどうかなどを青山は大切にしてます。支援に辺り、青山と一緒に行動を起こす人か?青山を信じて行動できる人なのか?そういう面が何よりも大切になってきます。


こんな頑固な私ではありますが、私を信じて支援活動を受ける人達に改めて心から感謝致します。