相談内容に差別はございません | pomのブログ

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先日、新潟である女の子に会ってきました。新潟のかぐらスキー場です


女の子は来月から入院が決まってます。小脳の病気で彼女は詳細を全く知りません。どんどん小脳の命令が出来なくなり、筋力などが無くなる病気です。ソリ滑りが大好きという事で、もしかしたら一生、ソリ滑りが出来ないかもしれないという親の思いもあり、その姿を私にも見て欲しいという事で新潟に寄りました


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さて、今日は皆さんに大事なお話があります


私は日頃から「気概」に関してお話をしてますが


気概と相談内容のスケールは同じではありません。確かにこの女の子のような病気を抱えてるなどを考えると相談するのに気が引けるかもしれません。でもそれは違います。


「私のようなちっぽけな悩みなんて相談するも図々しいですよね?」というようなニュアンスのメッセージを頂く事がありますが、日頃から私のブログを見ている読者の多くが勘違いされてるのでは?と思い、今日は記事を書かせて頂きます


今、私は日本に居ます。各政令指定都市を中心にまわってますので、実際に今の期間内に日本でお会いする事が可能な状況です。そういう状況下で、遠慮するというのは本当に勿体ない事だと思ってます


「今、動けない人がどこでどう変わるというのですか?」と私は思います。相談内容の大小に遠慮などしてる場合ですか?人の価値観や悩みの優劣というのはそれぞれ差があります。もちろん小さな悩みにくよくよしない自分を形成できるに越したことはありません。でもそれが出来ないから人間は完璧じゃないし、もしかすると、私との縁や支援をきっかけに、一つの経験となり、勇気となり、その先の人生観が変わるなんて事だって考えられます


病人、老人、あるいは小さな子供などの支援を優先的に活動してるのは事実です。でも私の根底になる想いとしては、相談者は全員平等です。ただ、勘違いしないで頂きたいと私は何回も強調するのは


【気概ある方への支援をしたい】と言ってるのです。悩みの大小や立場の優劣によって、この青山にメッセージを躊躇したり遠慮するのは勿体ないですよと言ってます。逆を言えばこうです


【悩みのスケールが大きく、そして我が子の難病を治したいという母親の一心な気持ちがあったとしても、そこには気概もなく、礼儀もなく、自分勝手で傲慢な人間からの相談であれば、私は支援をしない】という意味にもなります


私も人間です。神様ではありません。感情があります


相談内容がどんなに濃厚で同情の余地があっても、その相談者に気概なく、礼儀なく、傲慢で自分勝手だったら、支援したいと思いますか?皆さんならどうですか?支援したいと思いますか?


それならば、悩みのスケールや状況が小さくても、それを改善したいという思いや気概、礼儀、そして行動力ある方を支援する方が支援活動として内容が深いと私は思ってます


相談内容や状況が深刻な人を支援する方が重要なのではなくて、人として救うべき人を救う事が支援活動として重要な事であると私は思ってます


どうでしょうか?皆さんに伝わりましたでしょうか?


もし伝わったのなら、今直ぐ、躊躇などしてないでこの青山が日本滞在してる内に連絡を下さい。例え会えなくてもいいじゃないですか?同じ日本という土地の土を踏んで、同じ空を見て、同じ風を感じ空気を吸い、そこで共有できるではないですか?そしてあなたと私の個人的な連絡が繋がれば、その先はどうにでも支援は可能になります


その事を忘れないで下さい。あなたが行動して私と繋がらない事には、この青山にもどうにもする事ができないのです。どうぞ、よろしくお願いします。失礼します