朝は眩い日の光につつまれていた。
しかし、昨日と一昨日の嵐の影響か、海鳴りが聞こえていた。用事があって、隣町に行った帰り道。私は海岸を通って戻ろうと思った。大きうねる波や、岩にぶつかり飛び散る飛沫などが見たかったから。波が押し寄せてさっきつけた足跡を消し去る。

…あぁ、ここにあなたがいたなら…

今日はクリスマスイブではないか。
あなたがいつかのイブに私の作った鰤抜きのブリ大根をたべたのを思い出した。

魚の顔が苦手だというからわざわざ除いておいたのに、そしてそれは暮れにたべればよかったのに。

「おいしいけど、イブにはにあわないね」

なんてニコニコしていたあなたは、今私のとなりにはいない。
気がつくと、僅かにフワフワと細かい雪が落ちてきた。
浜辺に、薪を割って積んでいる人をみた。こんな時間にフラフラと歩く私はどう映っているのだろうと思うと急に現実に引き戻されてしまった。私も、あの薪を割る人もたいして華やかなイブには関係なさそうだ。
私は海岸の続きの森へ続く細い道にはいった。
その道を、あまり通る人もないだろうと勝手に思っていた。誰かに情けない寂しげな表情は見せたくはなかった。
ゆっくり歩いていると、何か気配がして振り向くと背後に白い大型犬がいる。

私は動物に嫌われる方ではないから、やり過ごそうと藪の方に寄った。しかし、大型犬は私のにおいを嗅いだり、たちあだり肩に前足を載せようとするのだ。
やや後方に、飼い主と思われる女性が見えた。
「ダメよ」とかいいながらもあまり慌てる様子もない。
犬と目が合った。
真剣な目だ。
(ヲィ!ワタシハメスイヌデハナイ)
目でそう訴えたが、犬はますます興奮気味だ。
何度も前足をかけようとする。
(飼い主さん、早く捕まえてよ)
犬は捕まえようとする飼い主の手をすり抜けて、また私にタッチしようとする。何度も何度も。
きっと、家族のなかでこの女性は犬にとって格が同等かそれ以下に位置付けられているのだろう。
(だったら離すなよ)

五分くらいだったのかもしれないがとても長く感じられた。ようやく首輪を捕まえた飼い主に、
「血がついていますよ」
と私の防寒着に着いた血を見せると、私の衣服のことはかまわず、飼い犬の傷口はどこか探そうとする仕草。
(ちょっとちょっと!なんか違ってやしませんか)
と憮然とはしたが、

「私を通して下さい。犬をそっちに連れ戻して下さい。」
と、元来た方角を指差した。

私が行きたい方向に先に進むくらいの横暴は許されるはずだ。
 

 降ってわいたような災いから解放されて、もう犬の姿も見えなくなった頃、あの犬の必死な目つきを思い出した。
まるで、あのときのあなたの眼差しのように切ない眼の色だった。
(イヤダヨ…モシアナタガイヌニスガタヲカエテワタシヲサソッテモ ワタシハモウココロハ ヤラナイヨ アナタガ サイショニイッタトオリ アワナイノガ タガイノシアワセノタメナンダカラ…)

牙を剥いた訳じゃない大型犬の悲しげな眼の色は、いつまでも鮮明に思い出される。

焦がれるように迫られても犬じゃね‥
苦笑する私にいきなりどこからか湧いたようなたくさんの雪が吹き付けてきた。

気がつくと辺りは薄暗く、一面真っ白に雪が積もり始めた。
あなたと過ごしていたあのイブの日以来のホワイトクリスマスだ。
私は、何も特別なことはしようと思っていなかったのに今夜はケーキが必要なことに気がついた。
今夜はちっちゃなケーキを買って帰ろう。

     


                              〈完〉




1話完結なのですが携帯からだと字数に限りがありますか?
しかたなく、二つに別れてしまいました。あとであそこにいって編集します。全体が見渡せないので、不備があるかと思います。携帯でかくのは難しいですね‥