警察には教頭と瑞江が行った。

なだらかなだらだら坂が続きこのまま永遠に山から出られないのではないかと思うほど、人家がなかった。

(何もこんな山の中に来て事件を起こさなくてもいいのに)

瑞江は、忠正の顔を思い浮かべようとするのになぜか子供の頃の顔ばかりが思い出された。

いったい、忠正は今どんな顔立ちをしていたのだろう。人の目を盗んで、万引きしている姿を思い浮かべることができなかった。

「大関さん、ご家庭で忠正君の変化に何かお気づきになられてましたか?」

煙草臭いと瑞江は思った。

「いいえ、何も」

瑞江は蚊の鳴くような声で答えて首を横に振った。

本当に何も感じていなかっただろうか。

いや、瑞江は誰よりも先にそれを感じ取っていた。

忠正は、忠美が死んでしまってから徐々に小さな暴君のようにふるまうようになった。

それは、瑞江にだけ見せる一面だろうと受け止めていた。

姑にも叔父たちにもそんなそぶりは見せなかったが、瑞江にきつい言葉を浴びせ、時には手を上げたりした。

しかしそれは親に見せる甘えのしぐさであって、暴力ではないと瑞江は信じていた。

猫が甘噛みするように忠正は瑞江にそうしているのだろう。

それは変化と言えるのかどうか瑞江にはわからなかった。

そうこうしているうちに大きな湖が見えてきた。

青々とたっぷりの水をたたえて涼しげな森を映しこんでいた。

こんな嫌な目的じゃなくて、この景色を心行くまで味わうことができたらと瑞江は思って板。

「中学二年頃のお子さんの心はね、荒海を航海しているようなものなんですよ。」

教頭は、小さなため息とともに煙草の煙を吐き出しながらそういった。

「何で、こんな遠くまできたんでしょうね」

教頭はそういった。

「練習試合と…いってましたが」

「いや、練習試合の予定はありません。しかもほかの県でなんて。高校生ならそんなこともあるでしょうが中学生ですからね。」

瑞江は、うかつだったと思った。

忠正に言われるままに夕べ六千円ほど渡していた。

交通費と小遣いだと説明した。

いきなり森が途切れてk市の街並みが見えてきた。

瑞江は、忠正が心細がっているかと気がかりだった。

「さあ、大関さん、忠正君が待ってますよ。」

教頭は気持ちを切り替えでもするかのように大声でそう言った。

署で何ほど絞られたのだろうか。

忠正は、しょんぼりとしょげかえっていた。

さすがに、瑞江の顔を見ると、助けを求めるような気弱なまなざしを瑞江に向けるのだった。

忠正を引き取って、その足で

万引きをしたと言うUFOと言うプラモデル屋さんに謝りにいった。

何度も何度も頭を下げて詫びを言った。

忠正は、始終下を向いたままうなだれているばかりだった。

プラモデル屋の店主はあきれ返ったように瑞江を見ていたが瑞江は何も考えることもせずひたすら謝り続けるのだった。

 教頭は大関の家まで二人を送ってくれた。

夜九時をまわっていた。 

「本当にご迷惑をおかけしました。」

瑞江は米搗きばったのように教頭に頭をさげた。

「大関さん、忠正君もいろいろ混乱していると思いますから、今夜は早めに休ませてあげてください。今夜は叱らずに…改めて学校には来ていただくことになります。」

そう言って教頭はかえって行った。

「忠正、お母さんを騙したの?おばあさんになんていえばいいの?」

「…るせぇ」

小さくはき捨てるように言って忠正は門柱をけった。

瑞江はビクンと震え、心臓の鼓動が早まり顔がカ~ッと熱くなるのを覚えた。

(何が不足だって言うのよ。父さんの分もがんばってきたじゃない。ほしいと言うものは何でも買ってあげたじゃない。あたしの育て方が間違ってたとでも言うの?何が不満なの?)

瑞江は、これらの言葉を発することはなく、忠正の行動はこの後も糺されることはなかった。

その年の夏はあまり気温が上がらず、夏と秋の区別は判然としないままいつの間にか木の葉があまりきれいでない紅葉を見せた。

瑞江は、何度も学校に呼び出しを受けた。

冬休みが始まる頃、忠正は部活をやめたいと言い出した。




今日はここまで 続く


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