手術から一ヶ月は過ぎて、直美は、だいぶ体の自由が利くようになっていた。

リハビリも順調だと、言われていた。

紀夫は、今では何でも食べられるようになった直美のために自分の手作りの料理を持って、直美の見舞いにやってくる。

今まで、何でもまかせっきりで悪かったといい、これからは改めると言ってくれる。

心を入れ替えたという紀夫がなんだか小さく見える。

直美は、それでも何十年も心で育て続けたこの目論見を棄てきれずにいた。

すこしずつ水をまいて育ててきてしまった、この胸にある紀夫への恨みを、こんなに巨大になってしまったものを、アッサリ棄てきれるのだろうか。

ある意味、その紀夫の態度を育ててしまったのもまた直美自身なのであった。

それなのに…あの、小さな存在の紀夫を棄てて…

直美は、退院するまでの2週間の間じっくり考えて結論を出さなければならないのだと思っていた。


1ヶ月半ぶりに帰ってきた我が家は、ちゃんと、掃除も行き届いていて、病後の直美が快適に過ごせるように、所どころ改装してあった。すべて、紀夫の心遣いだった。

この家に帰って来ても、直美の心はまだ揺れていた。

しかし、そうは言っても、直美は結局、紀夫を許してしまうだろう自分に気付いていた。

紀夫が心を入れ替えたのと同じように、直美も夫への接し方を変えていかなければならないのだろうと思う。今度は、自分の本当の心を隠しておかない生き方をしようと直美は思った。

こうして何十年もかけて育てた直美の目論見は直美自身の病気によって実現することはなかった。

いつの日か…

しゃれた喫茶店のマスターと、ママに収まって、二人は暮らすんだろう。

へそくりのことを紀夫に話した時の紀夫の驚きを想像して、直美はひとりニヤニヤしてしまうのだった。

              <完>

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♪見て

 手にとって

 自分で確かめて

 そして 

 見破ったなら

 その胸が痛むでしょう


 変わらないでいたいから

 それはもう 虚しいから  

 それなら 黙って

 騙されていようよ


 どうして

 永遠の

 愛だと思うの

 そして

 気がついたなら  

 涙がこぼれるでしょう


 離れないでいたいから

 それはもう 愛しいから 

 それなら 笑って

 このままでいようよ

 

 忘れないでいたいから

 嘘はもう つかないから   

 それなら 黙って

 騙されていようよ

            ♪