紀夫は、点滅するボタンを押してみた。直美のかかりつけの病院だった。

入院の用意を整えて、すぐ病院に来るよう、指示があった。

それからが、たいへんだった。 紀夫は自分のうちなのに何処に何があるのか皆目分からないのだ。

メモを手に、一生懸命家の中を探し回った。

タオル、バスタオル、下着の替え…最低限、これだけはもってきて欲しいと、念をおされていた。

よくわからないが、言われたものを一時間もかかって揃えた。

部屋中のあちこちが探し物で、散らかってしまった。それでも、紀夫は、一生懸命探した。

直美の一大事に違いない。

揃え終わって、病院に電話を入れると、これから、病院に来てくれとのことだった。 

直美、一体直美に何があったのだろうか。

もう真夜中をとうに過ぎているというのに、紀夫はタクシーを頼み、病院の夜間通用口へ回った。

救急の患者が夜間でも、そこから病院内に入れるようになっていた。

紀夫は、何とか、夜間受付に事情を話し、担当の医師を待った。

不安で仕方無かった。

30分も待たされた頃、ようやく担当の医師が現れた。

説明は、素人の紀夫を仰天させるに充分なものだった。

何だって、脳の手術が必要だって?

直美の脳ミソの手術? 紀夫は大人気なく膝が震えた。

「先ず、安全な方法を取りたいと思いますので。はい、出来うる限りのことはさせていただきます。手術は、一刻を争うものです。 こちらの書類を書いてもらうことになります。後、連帯保証人も必要ですので、どなたかに頼んで、明日中に御提出下さい。あ、こちら、看護師の和田です。和田から精しい説明がありますから。」


何でも、直美任せの紀夫の生活は一変した。子供たちは全く、何の手助けにもならなかった。

長男は、紀夫と同じで、料理も家事も全く出来なかった。

次男は相変わらず、一日中うちにいなかった。

華子は、新しい家庭を夢見て、家に寄り付かなくなっていた。

誰もあてにならないのである。

紀夫は、直美がいない今、自分しか頼るものがなくなった。

初めは、何も出来なかった料理も作ってみるとこれが面白い。思うように味付けできた時の満足感…どうして俺は今まで何もやらず、直美に頼りきりだったんだろう。

しかし、家事は、こなしてみると次から次へと仕事があるものだということを、身をもって実感するようになった。

これだけの家事を、子供たちも自分も深く考えることもないまま、全部直美に押し付けていたのだ。

紀夫は、直美がリハビリを終わって、家に帰ってくる前に子供たちに独り立ちを提案しようと思っていた。 

自分同様、直美のありがたさがわかることだろうと思った。

直美が、ストレスで自分を壊してしまわないようにこれから気を配って、家事も出来ることはしようと心に決めていた。

直美はこうして、環境を整えて迎える紀夫の決心を喜んでくれるだろうか。


今日はここまで 続く

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御伽噺

♪旅をしているんだ

  どれくらいたつんだろう

  何ももってないから

  たいへんだったよ

  雨 風しのげりゃ  

  どうにかなるもんさ

  想い出して あたたかな場所を


  ……………    ♪




 今夜、真夜中過ぎに完結します。又お立ち寄り下さい。。。