直美は、それから一ヶ月間、松葉杖の生活を余儀なくされた。

座るのも立つのも、たいへんだった。

一番困ったのはトイレだった。足はギブスでしっかり固定してあった。曲がらないのだ。

ようやく松葉杖の生活もなれてきた頃、ギブスが外れた。 固定されていた方の足の太さが違う。骨折した方が細くなっていて、直美は驚いた。

筋肉がすっかり落ちていた。

直美はソロソロと松葉杖なしで歩いてみる。

そんなにたくさんの距離を歩かなくても疲れ果ててしまう。

ゆっくりゆっくり直美は日常に戻っていった。足首の痛みは重苦しく残っていたが、三月の初め華子が誕生した。

お産を終えて家へ帰った、直美はガッカリしたものだ。家中足の踏み場もないくらいで、赤子を抱いて直美は途方にくれたものだった。

直美の妹が 直美の留守中掃除をしてやろうかというのを紀夫はいらないと断っていた。

(これじゃぁねぇ…)

断ったわけがわかった。ものすごい散らかりようだった。

食器類はテーブルにそのまま、流しにもゴミと食器が山積みだった。洗濯物も、山ほどあった。

紀夫は、一切家事をやらなかった。いや出来なかった。

直美は、他の誰にも夫の愚痴など言わないが妹のつぐみにだけは話せた。

つぐみは紀夫が何も出来ないのはおねえちゃんが悪いといつも言う。

夫婦というものは初めが肝心なのだそうだ。

今になってみると、つぐみのいうことは最もだと思う。

直美は、子供が三人も生まれてしまっているのに、ここで離婚などしたらこの子たちをどうやって育てていけばいいのかわからなかった。

紀夫には、思いやりに欠ける言動が多く胎に据えかねることもあるが、わが子を不幸にするわけには行かない。

直美は、今までのままで紀夫と接し、機を見て離婚しようと考えていた。

その時期はもうそこまで来ていた。

直美は、それがひたすら楽しみだった。

自分の、紀夫に傅いて生きてきた代償に自由な時間を手にするのだ。

直美は気の利いた趣味のものも扱いつつ、しゃれたお料理を提供できる小ぢんまりした喫茶店を開くのが夢だった。

華子は、勤めている水産会社の、会長の孫と恋仲になりゆくゆくは結婚が決まっていた。華子さえ片付けばそれは直美にとって好機到来というわけだった。

直美は夫の退職金など、特に興味もなかった。

ただ自由が欲しかった。

高畑家では今夜もまた、紀夫の大きな声が直美にあれやこれや命じていた。

「おい、醤油が無いぞ。。。おいご飯もってくれ。。。おい、新聞もってきてくれ。。。熱燗も、おい、おい。。。」

直美の「はい、あなた。。。」と、おっとりとした声が応じる。

いつもの光景。もう何十年も続いているこの紀夫にとっての平和な生活は、あることをキッカケに一変してしまうなんて想像も出来なかった。

もちろん、当の直美にも。。。


今日はここまで 続く

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懺悔


♪すくわれたいならひざまずいて

 胸につけてる“鎧”を

 気付かれないように そっと下ろして

 ほら 勇気を出して すがって


 取り付かれたいなら 息を殺して

 爪に描いてある“呪文”を

 見つからないように そっと印して

 ほら その気になって 横たわって


 ダメになっちゃえ!ぶらさがってりゃいい いい

 癖になったら

 こんなはずじゃなかったと

 言えばいい


 ………………  ♪