往転雑感#2 ある男の同じ夜のはなし | ・・・・・・・KAKUTAの桑原裕子さんのデエトブログがいずれは引っ越しするお部屋です。

往転雑感#2 ある男の同じ夜のはなし

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稽古も終盤。毎日それこそ横に縦に転がるように稽古が進んでいきました。

行く、戻る、また行く、三歩歩いて、二歩下がる、時々五歩分ジャンプする、往転マーチ。

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そんな日々のなかでキャストが執筆時のイメージを超えていく瞬間はほんとうに面白いなあ、と思います。入江さんのなんともいえないおかしみと哀愁とまた哀愁を飛び越えるおかしみに笑い、峯村さんの表情にああ、私、私もそんな顔してる、などと勝手に自分を重ね、米村君と聖ちゃんに夏のにおいにひっそりと涙し、岡さんのひたむきな優しさに救われ、長村君の一瞬の声にハッとします。

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KAKUTA劇団員たちも焦ったり惑ったりしながら、けれど確実にそんな瞬間を獲得してきています。多田の声に気持ちが震えたり、森崎健康の顔にぐっとくる瞬間まであってうれしい。思いっきし外したりすることもあるけどさ。

一人ずつ書くとやらしいから今はまだ書かないけれど、ほんとに全員、日々その役の肉が厚くなり、骨が太くなり、血が通っていく感じがしています。

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「往転」は、本来出会うはずもなかった、そしてある意味では出会わないまま終わる、偶然同じバスに乗り合わせた人たちのお話です。

そしてネタバレというほどのことではないですが、この舞台にはほんの一瞬しか出てこない登場人物もいます。誰も気にとめない、いわゆるモブ、エキストラ、といえばそれまでですが、本当はそんな人この世に一人もいないのだよなあ、そこにいる人の数だけドラマがあるんだよなあ、なんつうつまらないキャッチコピーのような言葉を、この作品と向き合っていると改めて何度も思い浮かべます。

だから本当に、本当に身勝手な話だとわかって書きますが、演者にはそんな一瞬の登場人物のことも愛してほしいと思ったりします。や、自分だったらできるかと言われたら、難しいですけどもね。

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なので、そんなことを思いながらパンフレット用に書いて途中でボツにした原稿を載せてみます。

これは「往転」にほんの一瞬、たった一瞬だけ通り過ぎる登場人物の、同じ夜の小さなお話です。

 

 

*****往転・・・ある男の同じ夜

 

 その男は、深夜業務の清掃アルバイトをしている。東北自動車道の小さなパーンキングエリアを端から端まで掃除するのが彼の勤めだ。

朝方にかけて台風が訪れると予報されていたその夜。長距離移動者たちがせわしなく残していった吸い殻を集めながら、彼は昨日母親としたささやかな口論について考えていた。そろそろ実家を出ると申しでた彼に母が「急がなくても良いじゃないの」といったのだ。

32歳で独身。ちっとも急いでなかったから定職もないまま実家にいるのだが。厳密には数年前まで恋人と同棲していたのだけど、いろいろと急がなかったからまた出戻って実家にいるのだが。特別な計画があって言ったことじゃないし、急がなくても良いのかな…。昨日はそれなりに固い決意で言ったつもりが、もうあやふやになってきた。

ぼやぼや考えながら回収した灰皿を片手に歩いていたら、黒い塊にぶつかった。ぶつかった拍子にコーンと空の缶ビールが落ちる。黒い塊は喪服を着た女だった。缶ビールを一本もって、じっとしていた。もう一本がコロコロとこちらへ転がってくる。

すいません。男が小さく謝って缶を拾うと、女はぎくしゃくした動きで動き出した。こちらを見ずに頭を下げ、小走りに大型車の停車場のほうへ去って行った。

残していった空き缶をくずかごに捨て、ちょうど休憩時間になったので同じ缶ビールを買った。レストランの裏にある外付けの粗末な休憩所でベンチに座り、冷たい泡が喉を通っていくのを感じながら、塊になっていた女のことを思った。

がっかりよ。

そういってるような背中。男は以前自分が塊にしてしまった女のことを思った。

がっかりよ。いつになったらちゃんとしてくれるのよ。彼女は体全部でそう言って固まって、自分はその重苦しい塊から逃げたのだった。

首筋のうしろがひやっとして頭を上げると雨が降っていた。今夜は台風になるらしい。

唐突に、このまま仕事着を脱いで帰りたくなった。

「急がなくても良いじゃないの」

でも、本当に帰りたいのはどこだろう。

休憩を終えて掃除に戻ると、ツーリング途中のバイク集団がたむろしていた。

盗んだバイクで走り出すう~、好きでもない歌を頭に流して、男は雨粒で濡れた灰皿を交換する。