まだ、父親が生きていた頃、
その当時父親がアルコール依存症の治療を受け(本人は受けさせられていると考えていた)、
入退院を繰り返していた頃、
病院のソーシャルワーカー、父親、私で面談をしていた時に
父親の口から出た言葉がなんとも言えない、絶望的なものだった。
その当時の父親の希望は、
私と一緒に暮らし、私に食事などの世話をしてもらい、
安全が確保された中で、お酒を飲み続けることだった。
そして、父親の兄弟達もそれを望んでいた。
その当時、私の親族で私の味方は一人もいず、
みんなが望んでいたのは、
私が人並みに働いて生活費を稼ぎ、親を入院などさせずに家で世話をすること。
それ以外のことは勝手にしろ。
もとに戻って、そんな状況の時、父親が言い放ったのは、
「わしはもうどうでもええ。
仕事もやった、子供(姉のこと)を嫁に出し、孫もできた。
もう、人生でやることはやった、だからこれからは好きにしたい。
好きなように酒を飲んでなにが悪い。」
ソーシャルワーカーさんがこう問うた。
「では、次女の娘さんは?」
「・・・」
これを思いだすと、
どうしようもない、絶望感に襲われる。
なんのために生まれてきたのか、
私が生まれた時、男の子じゃないと、拒絶した父。
それを平然とそのままに私に伝える母。
子供を二人育てる力が足りなかったからと、
私を里子に出し、そこでイジメにあっていたのを知っていて、
なんの対処もできない、しない両親。
勉強をさせない親。
食事を与えない親。
身の回りの世話をしない親。
叔母(母の姉)に乞食の子、と私が呼ばれても何も感じない母。
今、両親も死に、
姉、親戚とも断絶している。
なぜ、こんな人生なのか。
なんの学もない、
なんの後ろ盾もない、
誰の支えもない、
歯を食いしばって、血の涙を流して一人で生きてきた。
今は、日本の最高峰の研究機関で仕事をしている、
周りは国立大卒の医師、博士ばかりの中、
綱渡りのように仕事している。
今のしんどさなんて、どうとでもなるしんどさ。
親族全員から財産を狙われ、罵倒され、
親に、姉に裏切られた頃に比べたら、天国かもしれない。
でも、あの地獄を過ぎてなお、この孤独にどこまで耐えられるのか。
子の幸せを願わない親の元に生まれる、
というのはこういうことです。