2020年4月22日の幽界訪問から。

 

 高さは200〜300メートルはあろうか?下を見ると豆粒のように街が見える。山の上にある大学の施設である。ここは実験棟である。一晩一人で泊まってみた。夜間に強烈な蚊の大群に襲われた。手が隙間なく刺され何とか布団をかぶり難を逃れた。連れて行った犬は大丈夫だった。やがて朝になると二人の先輩が下界から現れた。夜中の報告をしていると蚊の大軍の件は平然と受け止めていた。ここではよくあることのようだ。今、私は下界へ降りて、彼らにここを任せている。ここは低級界(波動が低い界)が逆になった世界かもしれない。生活するのは大変なところだ。徐々に修理し住めるようにして拡大していく計画のようだ。私も含め皆20代くらいの若者に見えた。

 

 幽界には地上以上に膨大な世界がある。幽界下層においても程度の差があり、必ずしも下方ほど(地上に近いほど)波動が低いとは限らない。低級な世界が混在しているのかもしれない。確かに色々な世界を訪問して幽界地図を作ってみるのも面白いだろう。モンロー研の創始者ロバートモンローが死後、幽界にて幽界地図を作成しているという話を思い出した。

2020年4月13日の幽界訪問から

 

 崖に落ちそうになる。数十メートルはある崖。下は川と岩場だ。たまたまそこを通りがかったわけだ。崖の淵に手を掛け何とか体を支えられた。助けを呼ぶが、近くに人がいない。

 

 地上では絶体絶命なところだが、地上的思考に囚われているとそのまま落ちてしまい致命傷になるだろう。(実際はここでは肉体が無いのでならないのだが)ここは幽界である。地上の物理法則が成り立たない意識の世界である。手を離せば空を飛ぶこともできる。葉っぱのようにひらりと落ちてスッと立ち崖を見上げる自分がそこにあるかもしれない。地上的恐怖心を捨ててそういったことを意識すれば良いのである。

 

2020年4月8日の幽界訪問から。

 

 街に歩いて出かけた。途中で川があり、トランクが流れてきた。中身が気になったが、荷物になると思いながら、拾って開けてみた。すると手紙や資料が入っていた。中をよく見てみたら震災で失ったと思った私の懐かしい手紙であった。最も古いのは小学生の時の文通の手紙であった。苦しい時悲しい時心ときめく時の青春時代の思い出が詰まっている。そんな感慨に耽っていたら通学中の女子学生さんたちが興味深そうにこちらを見ている。なんだか恥ずかしくなって中を見るのをやめてトランクを持ち帰ることにした。

 

 幽界に行けば何でも現れる。地上で過去に失った物も記憶に残っていれば全て現れるようだ。再現されると言っても良い。もちろん他人に見られることもあるので注意を要するが、失ったものは幽界で必ず出会える。もちろん出会いたいと思えばであるが、このことは死後の世界の楽しみにしておこう。

2020年4月6日の幽界訪問から。

 

 義母が布団で寝ていた。隣には娘が寝ていた。長女か?そこに犬が入ってきて義母の頭の上に載っていた。犬は笑っていた。よく見ると隣に白と黒の模様のある猫も寝ていた。私もなんだか眠くなり隣にしばらく寝ることにした。

 

 この話には説明がいる。同居していた義母はすでに亡くなって12年ほど経つ。その前の年に我が家の愛犬Hも亡くなっていた。義母と義母も可愛がっていたHは幽界で一緒に暮らしていると思われる。死後生活習慣はそのまま残る。本来は肉体が無いので眠る必要性はない。そこに地上生活をしている長女が幽体離脱してしばしばここを訪れているのであろう。長女は特にHを可愛がっていた。Hも居心地が良さそうで個性を持って生活していた。霊界通信では犬は亡くなると犬の集合意識に戻ると言われているが、人に飼われている犬はしばらく個性を持って飼い主に仕えるようである。この猫は野良猫か?私も知らない猫であるが、よく畑を荒らすので義母が追い回していた野良猫かもしれない。こうして幽体離脱した私も居心地が良くて眠くなり、しばらくここにいたわけである。

 

2020年4月1日幽界訪問から。

 

 かって勤め人の生活をしていた。経理の業務を行なっていた。自分なりに効率的にやっていた。場を与えられ、適当にこなしていた。経理は嫌いではない。むしろ自分の性格としては合っている仕事の一つだ。経営者は外めはあまり綺麗ではない女性だったが、従業員としては合わせやすい性格の人だった。4〜5人のスタッフがいた。一緒に朝ごはんを食べたり共同生活をしていた。見知らぬ都市の見知らぬ街での生活である。私はバスで通勤していた。

 

 幽界でのある自分の過去世を見せられたようだ。霊界通信では地上人生を終えて幽界に行くと全てを思い出すという。この過去世は類魂(魂の兄弟)が体験したものと思われるが、現在の私も個性を共有するので性格として残っているようにも思う。そして、私としては几帳面で目立たないが努力型の地味な性格がなんとなく気に入っている。

2020年4月4日の幽界訪問から。

 

 大きな温泉付きのホテルにいた。地上で言えば常磐ハワイアンセンターのような施設である。大きなプールがあり、中のお店に服を置いて着替えて入ることになっている。着替え室に入るが、着替えの場所がよくわからない。脱いだ自分の衣類が消えたり出たりする。とりあえずプールの周りを歩いてみる。たくさんの人が楽しんでいた。もらったパンフをバスローブのようなガウンの袖の中に丸めて入れた。ちょうど場内の係りの女の子が見つけてゴミの回収に来た。右の袖、左の袖と中をすぐ見てくれ、ゴミが無いか探してくれる。もちろんパンフはそのままである。ずいぶん要領の良いサービスだと思った。

 

 巨大なプールや温泉付きのホテルでの出来事。その係員のテキパキとした要領の良さに驚いたわけだ。彼らは霊視するので隠れたゴミもすぐわかる。私のような幽体離脱した地上人や幽界に来てきてまもない死者は地上的意識が強いので地上的に振る舞う。本来、人の衣類が出たり消えたりするというのは幽界ならではの現象である。意識の世界なのでこういうことが起こる。本来は着替えも意識すれば、一瞬でできるはずである。

2020年3月26日の幽界訪問から。

 

  群馬に来ている。一緒に来ていたHさんと帰路に着く。途中でバイクの集団が来た。坂道で下を向いて歩くことにした。彼らはそのまま行った。盗賊のような人相の悪い連中で坂の上にある家の前で休んでいた。その家が気になるようだった。若い娘等が住んでいてお金がありそうに見えたからか?私たちはそのまま帰りを急いだ。彼らは死の自覚が無いのか地上的思考のままのようだった。私たちには関心が無いようなのでほっとしたが、娘たちが気になった。

 

 幽界にも地上のように色々な人達(霊人)がいる。地上のような様々なトラブルが起きることもある。ただし、肉体が無いので波動の違いがより明確になる世界である。相手にとって波動が低ければ対象を認識できるが、波動が高ければ認識できない。バイクの集団は我々を認識できなかったようだった。類は友を呼ぶ世界なので波動が近ければ認識できるわけである。

2020年3月23日幽界訪問から。

 

 大学院に入学する。若返ったk先生もいた。前の席にいて私に気がつき、ニヤリと笑った。若い学生にまじり、私は今の年格好だったが、新たな課題に挑戦する気分だった。我々は選抜され、年齢も含め、優秀な学生たちだということで学部長は、挨拶されていた。

 

 憧れと後悔と交錯する青春時代に戻った感じだった。一歩振り返り一歩立ち止まり前に進もう。まだ今生で生きているのであるから。今日読んだ本はあの世でも続きを読める。いや、あの世への移行は意外とスムーズに行くと言われる。それも本人も気付かぬうちに。

2020年3月22日幽界訪問から。

 

 岩沼市の会館にて講演会があり、集まる。私と家内とで出かけた。多くの人が集まったが、もちろんマスクはしていない。中年の行政の女性が人数を数えている。会場はポツポツと空きがあるので、仕方がない。椅子は変則的なもので、補助椅子も付いている。体はそのまま入らず、横向きになりながら入る。家内は後ろにいた。

 

 幽界の講演会でもコロナの影響が出ている。幽界はシミュレーションの場なので、今後の地上での動向を示していたのだろうと今思う。

2020年3月18日の幽界訪問から。

 

 群馬県の伊勢崎にいる。帰宅の時間になる。すでに夜の10時過ぎ。学生時代のような話だ。渋川に行こうと思うが、電車があるか?仙台に戻ろうとする自分と混乱する。時空を超えて、わからなくなる。

 

 

 冷静に考えれば仙台へ行ける時間では無く、前橋に帰って親戚に泊めてもらおうという発想に地上ならなるが、古い伊勢崎そして幽界に存在する伊勢崎である。ただ、幽界ではよく行くところだ。幽界で帰宅に迷ってしまった。意識の混乱はもちろん幽界でも起こる。