旅行記も1週間以上前のことなので、思い出しながら書かなくてはなりませぬ。

 

11日の日曜日に大阪空港から飛び立ち、予約で苦労して手に入れた窓側の座席でしたが、往復とも天気が悪くて下界はまったく見えない雲の上。

ほとんどこの状態で北海道まで飛びました。

 

 

時々見える雲の上の丸い虹と、その中に映る飛行機の機影。

15年ほど前、仙台まで飛ぶ時に初めて見たこの現象は、丸い虹と飛行機の影がはっきりと見えて感動したものでした。

 

 

座席の上にあるモニターに現在地と残りの飛行時間などが表示され、一度日本海に抜けて直進する様子がわかります。

 

 

千歳空港に着いて、レンタカーの営業所まで迎えのバスに乗り、弟夫婦と私と娘の車は別々。

最初、全員が乗れるワゴン車を借りようとしたら、追加料金が3万円ほどかかるので、普通車に替えたら追加料金は無しです。

 

これは函館で撮った写真ですが、とにかくこの車に乗って札幌を目指しました。

高速道路を走っている最中に、携帯電話に災害の警告通知が届き、何事かと思ったらつい先ほど出たばかりの千歳、苫小牧辺りで震度5弱の地震があったというのです。

でも、私たちは走行中だったので揺れには全く気が付きませんでした。滝汗

千歳から札幌まで1時間くらいということでしたが、初めての車と高速道路を、弟の前を走るのでちゃんと付いて来ているかどうか、ブンブン走りながらもチラチラとバックミラーも見なくちゃならないし、大きな大きな夕日が手が届きそうなところに落ちていくし、自分が今北海道を走っているのも不思議な感じ。

 

孫息子が仕事の都合で昨年から北海道に住んでいるので、彼に会うのも旅行目的の一つでした。

その日の夕食は一緒に食べることになっていて、孫息子がよく行くという高級焼き肉の店を予約してくれていましたが、19時半の予定に間に合わなくなり、途中で連絡をして20時に変更。

 

なにも北海道に来てまで焼き肉店に行かなくても・・・と思ったのですが、孫息子の「東京で食べたら一人5万円はする」という一言で「はい、決定」

サシの多い牛肉を焼いてくれましたが、すき焼き用のような薄くて広い牛肉は焼いたら一口ほど小さくなりにけれ。

これはホルモンだな~、煙をすごい勢いで吸引するので炎もこんな調子。

 

 

孫息子とはここで別れて、私たちはホテルへ。

この日は「よさこいソーラン」の最終日で、ホテルまでの通りにはよさこいの衣装を着た若者たちを大勢見かけました。

これは翌日に見たテレビの画像です。

ホテルは札幌駅から車で20分くらいの場所にあり、ここから時計台や大通り公園などは徒歩5分くらい。

 

ツァー料金に追加1500円の割にはとてもいいホテルでした。

その翌日、弟たちとは別行動で、私たちはバスツァーを予約していたので札幌駅までタクシーで行き、弟たちはレンタカーで富良野や青い池などの観光に出かけましたが、どちらも晴天でなければダメなコース。

 

札幌駅から観光バスに乗って8時に出発し、約1時間くらいで余市に到着。

余市は朝ドラの「まっさん」で有名になりましたが、宇宙飛行士の毛利衛さんの出身地でもあります。

 

余市の道の駅に記念館がありましたが、当日は休館日だったので中を見ることはできませんでした。

 

 

道の駅に隣接して、ニッカウヰスキーの工場があります。

ところで、このウヰスキーの「イ」の文字が「ヰ」になっているのは、いい水が湧くところなので井戸の「井」を使いたかったのが認められなくて「ヰ」になったのだそうです。

 

ワインは飲まないので、娘が買ってくれたのはぶどうジュース。

小さな瓶ですが400円ほどしたそうな。

ナイアガラという品種のブドウは、房が長くて甘い香りのワイン用の青葡萄で、ずいぶん昔仙台で一箱500円くらいで買ったことがありましたが、九州ではほとんど手に入りません。

 

北海道ではお馴染みのポプラ並木がいたるところにあり、今の時期その綿毛がフワフワとまるで雪のように舞っているのが車窓からも見えていて、見慣れない我々には幻想的でさえあります。

 

 

ポプラの花が4,5月に咲き、その実が熟成して中から綿毛を飛ばすのだそう。

 

 

地面にも雪のように積もっています。

地元の人には、洗濯ものに着くとか、髪の毛についてうっとうしいとかあるかもしれませんけどね。

余市から積丹に向かう山には、まだ雪が残っていました。

 

うに丼を食べる前に、島武意海岸を見物。

漁をするために海岸までの山道に手掘りで掘ったというトンネルを通ります。

 

 

天井は低く、中は真っ暗。

この近辺には海までの険しい海岸沿いに手で掘ったという(昔は重機がないものね~)トンネルがいくつもありました。

 

日本の渚百選の風光明媚を誇る「島武意海岸」で、この左手に下まで降りる細い道があり何人もの人たちが降りていましたが、左に写っているご夫婦が「昔は孫たちを連れてキャンプに来たりしたけど、下まで降りるのは大変ですよ」と言うのでやめました。

 

いやいや、勧められても降りませんでしたけどね。

この後、うに丼を食べる店の前で、このご夫婦の奥さまが「大分市出身」ということがわかり、お互いにびっくりしたものです。

積丹ブルーに負けないくらいの美しい海で、この渚まで行くことができるのです。

 

さてこの後、このバスツァーの一番のハイライトのうに丼。

これだけを目的にツァーに参加している人もいたくらいで、ミョウバンを使わない生ウニの甘さと柔らかさは、それはそれはおいしゅうございました。

 

昔々、もうかれこれ30年以上ほど前まで、カボスの実家や義兄がウニ漁をしていたので、行った時は手伝いでウニの殻を割ったり、ウニの身を洗ったりしたことがありました。

出荷する前のミョウバンを使わない生ウニを並べた折りを10枚ほどもらって帰り、ウニオンリーの軍艦巻きを作ったりしたものです。

 

今回充分に食べたので、もうこれから先こんな贅沢なものは食べられなくてもこれで満足しました。

 

☆☆☆

 

食後は続いて神威岬(かむいみさき)に向かいます。

 

入り口のゲートは、昔は女人禁制だったそうで、今はそれが解かれたという謂れが書かれてありました。

 

 

行く先が見えないのも不安ですが、こうして見渡せるのもその道のりを考えると引き返したくなりますね~

狭いところでは柵にピタッと寄りかかり、すれ違う相手が通り過ぎるのを待たなくてはなりません。

 

 

この日は暑くて、海風は少しばかり気持ちいいけど汗をかきました。

さすがに海の水は冷たいでしょうけどね。

 

海底が白いので、水がきれいなブルーに見えて、これが積丹ブルー。

 

岬には灯台があり、昔は灯台守りが住んでいたそうですが、

 

1912年に灯台守婦人と3歳の子供が、天皇誕生日のお祝いのため余市へ買い物に出かける途中海に落ちて溺死したため、トンネルを作ったのだとか。

 

 

岬の先端にある神威岩。

途中で何度もくじけそうになりながらたどり着いた岬の先端ですが、また同じ道を登ったり降りたりしながら帰らなくてはなりませんでした。えーんあせるあせるあせる

 

バスツァーの最後は小樽の散策。

小樽は以前来たことがあるので、ガラス館などは駆け足で回り、かまぼこの店で揚げたてのパンロール(食パンにすり身を伸ばして巻いたもの)などを食べて、

 

田中酒蔵で買い物。

札幌駅に着いたのが18時頃なので、約10時間のバス旅行でした。

 

この日の夕食は弟たちはまだ札幌に帰っていなかったので、私たちは駅のデパ地下でおにぎりなどを買って帰りました。

小樽で食べたパンロールが消化しきれず、ちっともおなかが空かなかったのです。

 

10時間の旅で、ずいぶん長文の日記になりましたが、最後まで読んでいただいてありがとうございます。

旅行記は後三日分ありますのでよろしくお付き合いくださいませ。

 

 

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