歩き遍路19日目 続き
階段を上り、堤防沿いの道へ出ると、そこには四万十川の大パノラマが広がっていました。
まさに、“四万十ブルー”という言葉がぴったりな透明感。昨日の雨が嘘のような青空の下、その景色は一段と美しく映ります。
前方には、これから渡る「四万十大橋」の姿。
全長687m、幅員7.75m。
数字を見ただけでも、そのスケールの大きさが伝わってきます。
「あそこを歩いて渡るのか…」
そう思うだけで、自然と気分が高まってきました。
――これから、“風”との本気の戦いが待っているとも知らずに――
橋の袂までやって来ます。
美しい四万十川の景色を眺めながら、いざ橋へ。
「よーし、写真いっぱい撮るぞ〜」
そんなことを思いながらスマホを取り出そうとしたのですが――
取り出せない。
というより、それどころではありませんでした。
とにかく風が凄まじいのです。
左手で菅笠を押さえ、身体ごと持っていかれないよう踏ん張るので精一杯。
振り向けば、すぐ横を車がビュンビュン通り過ぎていく車道。
もしここで風に煽られたら…と思うと、かなり怖かったです。
「これは撮影どころじゃないかも…」
そう半ば諦めかけていた時、橋の途中に小さな休憩スペースがあるのを発見。
ベンチが設置されていたので、
「ここを背にすれば、もし煽られても飛ばされないだろう」
そんな作戦を立てて、ようやくスマホを取り出しました。
結果、この作戦は大成功(笑)
無事に、青く煌めく四万十川の景色を写真に収めることができました。
↑橋の途中にある休憩スペースから
とはいえ、撮影中も内心はかなりビビっていて、手が少し震えていたのを覚えています(笑)
さらにもう一ヶ所、同じような休憩スペースがあり、そこでも再びパシャリ。
↑結局似たような絵しか撮れず(笑)
枚数こそ多くは撮れませんでしたが、それでも、この日の四万十ブルーをしっかり記録に残せたことが嬉しかったです。
四万十川を渡り切ると、今度は徒歩用の階段が現れます。
階段を降りれば、長く続いた四万十大橋ともお別れ。
そこからは、四万十川沿いを南へと進んでいきます。
ここから先は、国道321号をひたすら歩くルート。
しばらくは、四万十川の雄大な景観を横目に見ながらの気持ちいい道のりです。
道中の案内標識にも、「足摺岬」の文字が現れ始めました。
このまま足摺岬まで歩いて行きたい――
そんな気持ちにもなりましたが、今回は区切り打ち。どこかで終わりを決めなければなりません。
さらに進むと、道脇に鳥居を発見。
調べてみると、「天満宮」という神社のようです。
いや、名前がザックリ過ぎやろ(笑)
相変わらず風は強いですが、四万十大橋を渡った時ほどではなく、左手に四万十川の景観を横目に、めちゃくちゃ気持ちのいい歩きでした。
↑こんな景色のいいところ、ずっと歩いていたかった
しかし、四万十大橋から2km過ぎたあたりで、そんな景観ともお別れ。
国道は右へ大きくカーブを描き、遍路道は「間崎」の集落へと入っていきます。
すると、1軒のうどん屋さんが現れました。
その名も「田子作」
歩き遍路さんにもよく知られたお店のようで、実際、お店の前では一人の歩き遍路さんが荷物整理をされていました。
お互いに軽く挨拶を交わし、先へ進みます。
さらに歩くと、「四万十川野鳥自然公園」の休憩小屋を通過。
この頃、強風との戦いでかなり体力を消耗していたのか、珍しく自販機に吸い寄せられました(笑)
ここでオロナミンCを購入。
立ち止まって飲んでいる間に、先ほど田子作で見かけた歩き遍路さんに抜かれていきました(笑)
そして、さらに進んだ先で、前々から気になっていた“あの山”が姿を現します。
山肌に大きく刻まれた「大」の文字。
京都の「大文字山」を連想しますが、どうやら実際に深い関わりがあるようです。
案内板によると、約500年前、京都からこの地へ下向した一条教房公が、京の文化をこの地にも伝えたことが始まりなのだそう。
その後、京都を偲ぶ思いと先祖供養の意味を込めて、「大文字の送り火」が行われるようになり、現在でも地域の人々によって受け継がれているとのことでした。
まさか、こんな形で京都との繋がりを知ることになるとは。
本当はもっと近くまで行ってみたかったのですが、強風による疲労と時間の都合もあり、今回は断念。
遠くからしっかり写真に収め、再び歩き始めます。
今回のお遍路旅も、いよいよ終盤へと差し掛かってきました。
大文字山を後にして、さらに500mほど進むと、遍路道は「津蔵渕(つくらぶち)」の集落へ。
その手前で、遍路シールは右方向を指していました。
↑ここを右に入る
国道321号から一本北側へ入る、細い生活道のようなルートです。
この道は、津蔵淵川沿いを進む静かな遍路道。
山々に囲まれた集落の風景はとてものどかで、流れる川も思いのほか透明感がありました。
せせらぎの音が耳に心地よく、思わず足を止めて写真撮影。
今回の旅の終盤に、こんな隠れた絶景と出会えるとは思っておらず、まるでご褒美をもらったような気分でした(笑)
やがて国道321号へ再び合流。
途中、道端で座り込んで休憩していた、2人の外国人女性のお遍路さんを追い抜きます。
ここまで来れば、ゴールまではあとわずかです。
すると前方に、大きなお遍路休憩所が現れました。
大型トラックのコンテナを再利用したような外観で、かなりのインパクト。
大きく書かれた文字や、お遍路さんのシルエットも印象的で、「お遍路さんを応援したい」という気持ちがストレートに伝わってくる休憩所でした。
ここを過ぎれば、残りは約700m。
「あぁ、今回の旅も終わってしまうんだな…」
そんな少し寂しい気持ちを抱きながら歩き続け、12時06分、「伊豆田北坂」バス停に到着。
こうして、5回目の区切り打ちが無事終了しました。
あんなに時間を気にしていたのに、終わってみれば思いのほか早い時間でのゴールとなりました。
本当は、中村駅に着いてから着替えるつもりだったのですが、ここで特にやることもなく、暇だったのでバス停で着替えてしまうことに(笑)
しかも、ベンチすらない場所。
強風が吹きつける中で、よく着替えたものです(笑)
無事、一般人スタイルへ戻った私は、そのまま立ってバスを待つことに。
すると、バスより先に、先ほど追い抜いた外国人女性のお遍路さん2人組、さらに別の歩き遍路さん2名が通過。
皆さん、「えっ、ここで終わりなんですか?」とでも言いたげな表情でこちらを見ながら通り過ぎていきました(笑)
私はというと、
「まだ先へ進めるの、いいなぁ…」
そんな少し羨ましい気持ちを抱きながら、それぞれに挨拶。
そして心の中で、
「この先も、皆さんにとって良いお遍路になりますように」
そう願うのでした。
今回の区切り打ちでは、歩き遍路さんたくさん見かけたような気がします。
前回はあまり出会えず、少し寂しさを感じていたのですが、こうして同じように挑戦している人たちが各地にいると思うと、なんだか嬉しくなります。
そして、12時36分。
予定より3分遅れてバスが到着。
知らない土地で乗るローカルバスは、ほんの数分の遅れでも少し不安になりますが、無事に来てくれてひと安心でした。
このバスは「高知西南交通」の路線バス。
ざっくり言えば、宿毛方面と足摺岬方面を結ぶ路線のようです。
私はこのバスで中村駅へ向かいます。
ルートは国道321号経由。
つまり、再び四万十川沿いを走るコースです。
歩いてきたあの景色と、車窓越しにもう一度再会できたのは嬉しかったですね。
↑車窓から見た四万十川
そして、12時55分、中村駅に到着。
3分遅れで来たはずなのに、到着時にはしっかり定刻通り。
「どおりで運転がワイルドだったわけだ(笑)」
なんて思いつつも、無事に着いて何よりです。
今後も安全運転でお願いします(笑)
ちなみに、中村駅は15年ほど前に一度訪れたことのある場所。
当時はレンタカーで高知西部を観光の際にこの駅の近くのホテルに宿泊。
周辺の居酒屋で飲んで、そのあと静まり返った夜に散歩で訪れたので、こうして日中に再訪問できたことを嬉しく思いました。
中村駅からは、13時15分発の特急「あしずり」で高知駅へ向かいます。
その前に、車内で食べる昼食を買おうと駅周辺を見回したのですが、それらしいお店が見当たりません。
地図を確認すると、どうやら160m先のコンビニまで行かないと無さそう。
時間も迫っていたため、急ぎ足で大通りを渡り、ローソンへ。
なんとか無事に昼食を確保し、急いで駅へ戻ります。
切符を購入し、列車へ乗り込み、ようやく出発。
これで一安心――
そう思ったのも束の間でした。
このあと、耳を疑うような車内アナウンス。
そして、この先――
1番札所から歩き続けてきた私のお遍路旅の中でも、
最大級のドタバタ劇
が待っていたのです。
外の景色を眺めながら、買ってきたコンビニ飯を食べていると――
突然、車内アナウンスが流れました。
「瀬戸大橋が強風の影響で通行不可となっているため、多度津〜岡山間で運休が発生しております――」
それを聞いた瞬間でした。
「えっ……俺、帰れないじゃん」
頭の中が、一気にざわつきます。
さっきまで、高知駅までのんびり車窓を楽しむはずだった特急旅。
それが突然、“ハラハラドキドキの緊急輸送ミッション”へと変わってしまいました(笑)
「いやいや、こんなはずじゃなかったのに」
とにかく最新情報を確認しなければ。
私は慌ててスマホを取り出し、揺れる車内で必死にサイトへアクセス。
指先にも、どこか焦りが出ていた気がします。
すると、表示された情報には、
「運休対象:特急南風22号まで」
とあり、私が乗車予定の「南風24号」については、まだ運休表示は出ていませんでした。
……とはいえ、その時の私は半分パニック状態。
「いや、どうせ後から変わるんじゃないの?」
「今はまだ発表されてないだけでは?」
そんな不安ばかりが頭をよぎります。
結局、完全には安心できないまま、高知駅へ。
15時05分、高知駅到着。
降りた瞬間、真っ先に改札を抜け、駅の窓口へ一直線(笑)
事情を説明して確認すると、駅員さんからは、
「24号は、現在のところ通常運行予定です」
との返答。
しかし、まだ疑い深い私(笑)
「えっ……途中で予定変わったりしないですよね?」
と、念押しでさらに確認。
すると駅員さんは、
「100%とは言えませんが、よっぽど大丈夫だと思いますよ」
と苦笑い気味に回答してくださいました。
その言葉を聞いて、ようやく少しだけ緊張が解けます。
実は車内で、「帰れないかもしれない」と、すでに妻へLINEしていた私(笑)
慌てて今度は、「どうやら帰れそう!」と改めて連絡を入れるのでした。
高知での“サウナ難民危機”をなんとか回避した私(笑)
岡山行きの特急南風24号は、17時13分発。
まだ時間にはかなり余裕があります。
本来なら、中村駅周辺をゆっくり観光し、15時台の特急あしずりで高知へ向かう予定でした。
ただ、そうすると高知駅での乗り換え時間はわずか9分。
これまでのお遍路旅で、四国の特急は数分遅れることが割とあると学習していたので、「もし今回も遅れたら…」と思うと、かなりリスキーに感じたのです。
結果的に一本早い便へ変更したわけですが、もし15時台の特急に乗っていたら、もっと心のゆとりが持てなかったのではと思います。
そう考えたら、今回は正しい判断だったのではないでしょうか。
というわけで、高知駅周辺の散策をすることに。
まず向かったのは、高知駅近くの観光案内所「とさてらす」
入口には、アンパンマンキャラクターたちの可愛らしいベンチが並んでいました。
館内へ入り、ここで金剛杖と、さんや袋・菅笠を入れたボストンバッグを預かっていただくことにしました。
本来なら1点500円のところを、「2点で500円で大丈夫ですよ」と、とても親切に対応してくださいました。
こういう旅先での温かい対応って、本当に心に残ります。
荷物を軽くしたあとは、館内の展示を見学。
まずは、「土佐名所立体図会(とさめいしょりったいずえ)」
高知の観光名所が一目でわかる飛び出す観光マップ。
立体的なペーパークラフトの人形たちが可愛くて見応え抜群。
一番お気に入りの展示でした。
「坂本龍馬の3Dトリックアートパネル」
高知を代表する名所である桂浜の美しい風景。
手前には、桂浜に堂々と立つあの有名な「坂本龍馬像」が、まるで本物の立体的な銅像であるかのようにリアルに描かれていました。
壁から床面にかけてL字型に設置された平面の絵なのですが、特定の角度からカメラを構えると、龍馬さんが手前に立体的に飛び出して見える不思議な仕組みなのだそう。
そんなこと知らずに私は漠然と撮影(笑)
「観光スポット一覧パネル」
壁一面に広がる大きな案内パネル。
高知県内の観光名所やご地グルメが、写真と解説付きで1つずつ番号順にズラリと紹介されていましたが、その情報量の多さにちょっと驚きました(笑)
私は旅行地理検定国内2級を所持しているので、地理には詳しいと自負していましたが、知らない名所が結構ありました。
今回で高知は5回目の訪問になりますが、行ったことのない場所の方が断然多かったです。
とさてらすを後にし、さらに駅周辺をぶらぶら散策。
落ち着きなく歩き回る50代のおっさん(笑)
あれだけ歩いてきたはずなのに、旅モードになると、まだまだ動けてしまうから不思議です。
残りの時間は駅構内でお土産探し。
今回、妻から託されていた重要ミッション――
「芋けんぴを買ってくること」
最近スーパーで買った芋けんぴにハマったらしく、「本場のやつ食べてみたい」と言っていたのです。
そして、それに釣られるように、私もすっかりハマってしまいました(笑)
これはもう、今後高知へ来たら毎回買う流れになりそうです。
さらに、こちらも駅構内にあるパン屋さんに入店。
↑お店の外から撮影
ここで夕食を調達。
そこで、特に気になったパンがありました。
それが、コチラ。
「帽子パン」
実は、先ほどの「とさてらす」の展示にあった、「観光スポット一覧パネル」の中に、このパンの紹介がありました。
どうやら、高知の御当地パンのようです。
中心部分は丸いパンで、ツバの部分はカステラ生地をかぶせたもの。サクサクと甘みがあって美味しかったです。
すべて買い物を終え、預かっていた荷物を引取り、気づけば乗車時間。
お土産袋をボストンバッグに入れ、ホームへ向かいます。
その先で待っていたのは、思いもよらない光景でした。
ホームへ上がると、そこにはすでに大勢の乗客たち。
そんな中、やがて特急南風24号が入線してきました。
ここまでは、まだ“いつもの光景”だったのですが・・・
列車へ乗り込み、席に着いた直後、車内アナウンスが流れました。
「本日、指定席は満席となっております――」
その瞬間でした。
まるで堰を切ったように、どどーっと大量の乗客が車内へ流れ込んできたのです。
前々回、前回のお遍路でも同じ南風24号に乗車しましたが、明らかに空気が違いました。
私は事前に指定席を確保していたので座ることはできましたが、自由席はもちろん、デッキにまで人が溢れかえっている状態。
「これはもう、瀬戸大橋を渡れなくなった人たちが一気に集中してるんだな」
そう察するのに、時間はかかりませんでした。
車内は全体的にどこか落ち着かず、ざわついていて、こちらまで妙な緊張感に包まれていきます。
本来なら今回も、窓際の席から大歩危小歩危の景観をゆっくり楽しむつもりだったものの、何となくそれに集中できない自分がいました。
さらに追い打ちをかけるように、列車は阿波池田あたりから遅延が発生。
約9分遅れ。
前回は途中で徐々に回復していきましたが、今回はなかなか縮まりません。
そして、そのまま多度津駅へ到着。
すると今度は、予讃線から乗り換えしてきた大量の乗客の姿。
おそらく、この方たちも“瀬戸大橋を渡れなかった組”だったのでしょう。
乗客はさらに流れ込み、とうとう指定席車両の通路にまで人がぎっしり。
私の感覚では、乗車率300%近くあったんじゃないかと思います。
まさか、指定席の特急列車で、ここまでカオスな状況を味わうとは夢にも思いませんでした。
当然、くつろぐどころではありません。
そんな極限状態の中――
さらに、追い討ちをかけるような出来事が起こったのです。
ダイヤは乱れているものの、宇多津駅を過ぎ、ついに瀬戸大橋へ。
「よし、ここまで来れば何とか帰れそうだ」
そんな安堵感も束の間でした。
強風対策のため、橋の上では超徐行運転。
体感的には、在来線の普通列車の半分くらいのスピードだったと思います。
ゆっくり、本当にゆっくりと進む南風24号。
当然、そのぶん遅れもどんどん拡大していきます。
気づけば、定刻ならもう岡山駅へ到着している時間にも関わらず、まだ児島駅にも着いていないという状況。
私が予約していた新幹線は20時01分発。
――これは、もう無理だ。
そう悟りました。
ただ、GWだし、指定席なんてどうせ埋まっているだろう。
そう思いながらも、ダメ元でスマートEXを開いてみると――
まさかの空席だらけ。
「あれ!?普通に取れるやん!」
拍子抜けするくらい、あっさり次の便を確保できてしまいました。
少しホッとした私は、そのまま元々予約していた新幹線をキャンセル。
手数料は掛かってしまいましたが、「まあ、帰れるならいいか」と、この時はまだ前向きでした。
……しかし、悲劇はまだ終わっていなかったのです。
南風24号は、想像以上に遅れていました。
岡山駅到着は20時06分。
つまり、変更した20時13分発の新幹線まで、わずか7分。
「これは急げば間に合う!」
そう判断した私は、列車を降りるや否や、新幹線ホームへ向かって歩き出しました。
ところが――
前に進めない。
ホームが、人、人、人。
完全に大渋滞状態だったのです。
あの、大阪・関西万博の東ゲートから夢洲駅へ向かう時の“牛歩地獄”が、頭の中に蘇りました(笑)
人波に阻まれ、思うように進めないまま、無情にも時刻は20時13分を通過。
間に合いませんでした。
慌ててスマートEXを開き、キャンセルを試みます。
……が、すでに発車後。
どうやらシステム上、出発後のキャンセル操作はできないようでした。
その瞬間、どっと疲れが押し寄せます。
あまりのショックに、私は改札前の椅子へ座り込み、しばらく放心状態。
「何やってんだ俺……」
そんな思いを抱えながら、深呼吸。
とにかく一度落ち着こう。
呼吸を整え、気持ちを立て直してから、今度は余裕を持った時間の便を改めて予約。
そして、20時28分発ののぞみに乗り込み、ようやく岡山駅を後にすることができました。
今振り返れば、反省点はいくつもあります。
そもそもスマートEXは、一旦キャンセルせずとも、時間変更の操作をすれば手数料は掛からなかった。
さらに、一本後ではなく、もっと余裕を持って30分後くらいの便を選んでいれば、乗り遅れによる損失も防げたはずでした。
でも、その時の私は完全に冷静さを失っていたのだと思います。
「高知駅で南風24号に乗れなかったら帰れない」
その不安ばかりが頭にあり、岡山へさえ着いてしまえば、その後はいくらでも新幹線があるという発想にまで、思考が回っていませんでした。
さらに、
「繁忙期だから指定席は空いていないはず」
そんな先入観まで重なり、どんどん視野が狭くなっていたのだと思います。
結果として、かなりドタバタな帰路になってしまいました(笑)
でも、この経験はきっと、今後の旅で活きてくるはず。
イレギュラーな状況でも、もっと落ち着いて判断できるようになる。
そう思えば、これもまた、お遍路が与えてくれた経験値だったのかなと思います。
名古屋駅へ到着した私は、最後の望みを託すように駅員さんのもとへ向かいました。
今回の遅延による払い戻しは可能なのか――。
事情を説明して尋ねてみると、
「25分程度の遅れでは、救済はありませんね」
と、きっぱり、そして実にあっさり(笑)
まあ、ルールなので仕方ありません。
ただ、完全に損失ゼロにはならなかったのが救いでした。
スマートEXの仕組みにより、乗り遅れた新幹線分も一定額は払い戻され、結果的には約半額ほどの負担で済むことに。
あの時はかなり落ち込んでいたので、それだけでも少し救われた気持ちになりました。
そして、23時07分。
ようやく最寄りの高浜港駅へ到着。
予定より30分遅れにはなってしまいましたが、こうして家族のもとへ無事に帰って来られて、それが何よりでした。
今回は、ハードな峠越え、雨、強風、そして最後のドタバタ劇――。
本当にいろいろなことがありました。
そんな数々の思い出を、次回「第5回区切り打ち 振り返り」というテーマで記事にしていこうと思います。
ひとまず、今回の区切り打ち歩き遍路記は、これにて終わり。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
<19日目 まとめ>
歩数
38323歩
(iPhoneのアプリでの計測結果)
歩行距離
22.8km
(スマホアプリのGPSロガーの軌跡より算出)
お寺の滞在時間
参拝なし
使用金額(おおよそ)
・ドリンク 600円
(4本・お茶2、ジュース1、栄養剤1)
・食費 1,600円
(パン4・おにぎり1・カロリーメイト1)
・スイーツ 200円(アイスクリーム)
・交通費 29,000円
・お土産 3,700円
・荷物預かり 500円
<第5回区切り打ち まとめ>
歩行距離
1日目 24.4km
2日目 34.7km
3日目 22.8km
総合 81.9km
※お寺内、コンビニなどの歩行距離は含まない
GPSによる歩行の軌跡
これまでの軌跡
※第3回より、GPSロガーのトラブルにより機器を変更したため、地図がひとまとめにすることができません。悪しからず。











































