愛子さまが皇太子になるべき100の理由No.14
皇后雅子さまが、1993年(平成3年)ごろ、当時は小和田雅子さんとして、メディアに流れ始めた頃、中学生だった私は、どえらいきれいで頭の良い人が世の中にはいるもんだなー、と腰を抜かしそうになったんでした。
そして、めでたく皇太子妃となられ、日本中が幸せな気持ちになれたことは今でも覚えています。
外務省のエリートで、スーパーキャリアウーマンだった雅子さま。
皇太子さま(当時)にプロポーズされた時も、外交官としての活躍の道を閉ざされることに躊躇されたようですが、
「外交官として仕事をするのも、皇族として仕事をするのも、国のためというのは同じ」
という、殿下のお言葉に励まされ、
「僕が一生全力でお守りしますから」
という言葉でご結婚を決断されました。
陛下の誠実さがとてもよく伝わるエピソードで、多くの国民から敬愛される理由の一つだと思います。
がしかし、皆さんご存じのように、1993年のご成婚後、2001年の愛子さまご誕生まで、なかなかおめでたのニュースが流れず、大変なプレッシャーが雅子さまを襲いました。
悲しいことに、加熱した報道が、本来ならそっとしておくべき妊娠の初期段階において、その兆候をすっぱ抜いて報道し、何と流産されてしまう、というご経験もされていらっしゃいます。
そして、あろうことか、愛子さまご誕生後も、当時の宮内庁をはじめ、心ないマスコミや、保守を名乗る国民から、
「男子を産め」
という、人を人とも思わない、卑劣なプレッシャーが数多く投げつけられました。
当の雅子さまは、
皇室にとってのお世継ぎの重要性については、何よりも深く自覚されていましたし、『何人でも産みたい』というご覚悟だったようです。
!!!
当時の世相は、私も覚えていますが、明治→大正→昭和→平成、と男性の天皇陛下が続き、当たり前のように男子で続いていくもの、という雰囲気でした。
気持ちがあれば男子が生まれる、あるいは、生まれるまでは、二人目三人目、と続いていくだろう、と安易に考えてしまっていたと思います。
しかし、現実は全くそんなことはない。
いくら本人が、「何人でも産みたい」とモチベーション高く保っていたとしても、授からないものは授からない。
この厳然たる事実を前に、雅子さまの落胆はいかほどだったことでしょう。
相応の努力もされていたことでしょう。
くやしくて、やるせなくて、悲しかったことでしょう。
私は、この「何人でも産みたい」とがんばろうとしていた雅子さまのお気持ちを想像し、不覚にも涙してしまいました。
14.皇室に対する男子を産めプレッシャーからの解放を
現在の皇室典範は、はっきり言って野蛮です。
第一条 皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。
第六条 嫡出の皇子及び嫡男系嫡出の皇孫は、男を親王、女を内親王とし、三世以下の嫡男系嫡出の子孫は、男を王、女を女王とする。
第九条 天皇及び皇族は、養子をすることができない。
男を産まないと続かないルール、です。
もちろん側室も廃止されているため、正妻たる妃(后)が必ず男子を産まなければいけない。もちろん養子も禁止、とされています。
こんな理不尽な法律、ありますか?
運まかせ、風まかせ、ケセラセラ の法律。
こんな野蛮な法律が、現代社会にまだ残っていること自体、とてもおかしいと思いませんか?
今すぐ、男系男子のしばりをとき、「男系の男子」、ではなく、「子孫」が継承できるとするよう、文言を変えるべきです。
たったこれだけで、万事解決、となります。
多額の予算確保や、人員増強は全く必要ありません。
憲法ではなく法律ですので、国会で変えられます。
さらに、将来の悠仁さまのお妃さまにも、雅子さまが味わったような塗炭(とたん)の苦しみを味あわせたくはありません。
そんなことを望む国民は、男系固執派以外はいないのです。
愛子さまが皇太子になるべき理由 その14
男系男子の縛りを解放することで、皇統の安定度は指数関数的に向上する。
雅子さまが味わった苦しみの原因である、野蛮で非科学的な皇室典範を、現代の常識に沿ってアップデートし、愛子さまの立太子を実現することこそが、日本の進むべき道ではないだろうか。