スティード・ボネット少佐は、スペイン領バルバドス島の名士で、裕福で立派な教育を受けていまし

た。


 彼が「海賊」になった理由は、妻との結婚生活が上手くいかず、うるさい妻から逃れる為だったとか、

言われています。少なくとも、ボネット少佐には、「海賊」でお金を稼ぐ必要は無かったようです。



 スティード・ボネット少佐の悲劇の人生は、ちょっとした思いつきで、「海賊」を始めた時に始まりま

した。ボネット少佐は、船については全くの無知で、「海賊」をやりながら、奪った船には、代わりの品

物まで置いていくような、信じられない程丁重な「海賊」をやってました。



 ところが、ボネット少佐は、有名な悪名高い「黒髭ティーチ」に捕まってしまいます。ティーチは、ボ

ネット少佐をいつもバカにして、「俺の所で働いたほうがいい。」と船も取り上げられてしましました。


 何とか黒髭から逃れ、「恩赦」まで受けて、もとの生活にもどったのですが、本当にそれで辞めとけば

良かった訳です。どうせ半分道楽みたいなものだったのに。



 何を考えたか、余程「黒髭」にバカにされたのが、悔しかったのか、ボネット少佐は、しょうこりもな

く、「海賊」を始めてしまいます。今度は少しは気合を入れて、なんてやってたようですが、やはり奪っ

た船には代わりの品を置いていくなど、生やさし~い海賊行為をやっておりました。



 ところが、ボネット少佐は英国軍の「おたずね者」になり、6時間もの戦いの末捕まったしまします。

ボネット船長も「しばり首」に恐怖を感じたようで、必死の戦いに出たようですが、これで18人もの兵

隊が死亡する事になり、重い罪に問われました。そうの上、「絞首刑」に怯える彼は、脱走までやってし

まい、ついに裁判で「絞首刑」が確定してしまうのです。



 多くの彼を知る者が、そんな悪い人間じゃないと、執り成しをしましたが、殺人と脱走の罪は重く、彼

はロンドンで絞首刑に処せられました。



 あまりに紳士的な海賊だったので、「海賊紳士」などとも呼ばれたようですが、ほんのお遊びの気持ち

が、大変な悲劇を招いてしまったわけで、素人はバカな事はするなという事でしょうか?


 このように、当時は思いつきでも軽く「海賊」をはじめられちゃう状況だったようです。

 スティード・ボネット少佐の海賊旗ですが、何となく「可愛い」旗ではありませんか