諦めることが人生を開く | 「チンパンのブログ」

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「チンパン」 ブリージングメソッドを分かりやすく伝えるため、日々猿知恵を絞っている。



「杏子(あんこ)」 長年にわたってチンパンの問答相手をつとめる。もはや腐れ縁と諦めているようである。



「虎徹(こてつ)」 ブリージングスタッフ・ふぐじろう先生のペット・柴犬オス。

記事を知的でキュートなコメントで締めてくれる。

 

 

 

「出世コースから外れた40代サラリーマンです。嫁さんも彼女も居ません。

 

 副業や自己啓発、習い事なども、色々かじってみましたが、全部モノになりませんでした。

 

 もう人生を半分諦めていますが、まだ一花咲かせたい未練も胸にくすぶっています。

 何かアドバイスをください。

 

                                     負け犬の唄が聴こえる」

 

 

「40歳を過ぎると、出世競争も明暗がハッキリ分かれて来るもんね。

 でも、完全に自分に見極めをつけるには、まだ若すぎる歳でもある。

 

 だから中年期・壮年期は『迷いの季節』なんだよね」

 

「しかし、相談者さんのような迷いを持つ人への答えはシンプルである。

 

 『まず自分が何を目指しているのか、どうなりたいのか を明確にしよう』

 

 これに尽きる。

 

 

 数学界のノーベル賞とも呼ばれるフィールズ賞を、日本人で初めて受賞した広中平祐(ひろなか へいすけ)は、『ニーズとウォント』と言う、上手い喩えを使っている」

 

「どういうこと?」

 

「英語で『必要』を意味する単語は2つある。

 

 ひとつはニーズ。これは現状を分析することで明らかになる必要性のこと。

 つまり外部から与えられる欲望、大脳的な欲望。

 

 もちろん、ニーズはニーズで必要。

 

 しかし、ニーズはあくまで過去のデータを基にはじき出されたもの。

 

 

 いっぽう、ウォントは外的要因とは無関係に、自分の内部から湧き上がって来る、欲望・必要性のこと。

 つまり、過去ではなく『未来』につながる願いがウォント。

 

 学問の世界で本当に創造的・独創的な仕事をするためには、ウォントに支えられないと、長い先の見えない研究生活に耐えられない。

 

 ニーズだけで研究する者は、小手先の小さな仕事だけして一生を終える」

 

「子供が親や学校から植えつけられる欲望・必要性は、ニーズばっかりだもんね。

 『いい学校を出て、いい会社に入りなさい』=生涯貰える収入が高いから。

 

 大人になっても、他人から刷り込まれた欲望を自分の夢だと勘違いしたまま生きている人はたくさん居るよ。

 

 無意識はそれを知っているから、なかなかエネルギーが出て来ない。

 

 運よくニーズが叶ったとしても、無意識がウソだと知っているから、なかなかしあわせになれない。

 出世の代償に、健康を害したり、家庭が不幸になったりとか。

 

 

 でも、自分のウォントをつかむには、具体的に何をすればいいの?」

「鍵はリラックス。ニーズは大脳の産物だが、ウォントは間脳から湧き上がって来る。

 

 具体的にはスワイショウをやるのが一番手軽。

 

 繰り返しの腕振り運動によって、緊張しっぱなしの大脳が緩む。

 普段のさばっていた大脳が後退すると、隠れていた間脳が表面に出て来る。

 

 相談者さんは自分のウォントが明確になるまで、スワイショウをやってほしい」

「スワイショウは軸を振る技でもあるもんね。

 

 腕の前後の振りに合わせて、背骨も小さく前後に揺れちゃう。実はこの時その人の『軸』も一緒に揺れている。

 

 軸はイメージだから、直接目には見えないけれど、スワイショウをずっとやっていると、だんだん感じられるようになってくる」

 

 

「軸が出来ると自分のやりたいことが明確になる。

 

 軸が不明確な人は、拠り所がないからリラックスできない。緊張しっぱなしになるか、ただ緩みっぱなしになるだけである。

 

 リラックスとは締まるべきところが締まっているから、他の部分が安心して緩めている状態。

 

 つまりスワイショウは軸もリラックスも体現してくれる。

 言葉で分けると、軸とリラックスは別物のように思えるが、同じ心身の状態を異なる角度から見た表現に過ぎない」

 

「スワイショウで軸を振り続ければ、軸に不要な情報は自然に捨てられ、必要な情報だけが引っ掛かっちゃう。

 だから人に聞かなくても、何をすればいいか分かるようになるもんね。

 

 スケールの大きな言い方をすれば、『必要なことは天地が教えてくれる』ってこと。

 自分から情報を追いかけなくても済むようになる」

 

 

「スワイショウと合わせて、昔話の『ウサギとカメ』の意味を良く考えてほしい。

 スワイショウをやり込むほどに、解釈が深まり、広まって行く」

 

「ウサギは『カメに勝つ』って近視眼的な視点だけで競争したんだよね。ウサギはカメのことしか頭にない。

 

 いっぽう、カメはウサギが先を行こうが、昼寝していようが関係ない。遠くのゴールだけをひたすら見つめて歩いて行った。

 ウサギと競争しているんだって、意識さえなかったかも?

 

 ウサギは勝ち負け=相対的勝負のつもりだったけど、カメは絶対的勝負だったから、最初から世界が違うってこと。

 

 カメには自分がゴールからどこに居るのか?って言う『大局観』があったんだよね。

 

 大局観を養うには、最初に決めた遠くの一点を見つめながら、スワイショウをやり続けるのが一番。

 氣をつけるのは額を開くこと。額が閉じると、視点も近視眼的になっちゃう」

 

「剣聖・宮本武蔵も『見(けん)の目は弱く、観の目は強く持て』と言っている。

 

 見の目とは大脳優先の表面的・近視眼的な見方である。ウサギの目そのもの。

 

 観の目は間脳優先の本質的・長期的・大局的な観方。これがカメの視点。

 

 

 スワイショウにその人の本質が全部出る と言われているが、視線・視点も例外ではない。

 だんだん視線が下がっていく人は、人生もだんだん低空飛行になりやすい。

 

 最初に決めた一点から、視点が無意識のうちに移っている人は、ゴールから外れて行きやすい。

 もっと言えば、『色(いろ)』に弱い。

 

 失礼ながら相談者さんには両方当てはまると思われる」

 

「仕事以外にも色々手を出したって言ってるもんね。つまり氣が多いタイプ。

 先が見えたっていいながらも、まだまだ成功や異性への未練もあるみたいだし」

 

 

「80年代に『キン肉マン』と言うマンガが大ヒットした。作者の『ゆでたまご』は、ストーリー担当の嶋田隆司と、絵担当の中井義則のペンネーム。

 

 嶋田の方はマンガ家だけでなく、俳優やコメディアンになりたいという夢も持っていた。

 プロのマンガ家になってからも、担当編集者に内緒で俳優養成学校に通っていたと言う。

 

 しかし、『キン肉マン』の人氣が出るにつれて、マンガの仕事が加速度的に忙しくなっていった。

 俳優やコメディアンへの未練は、捨てざるを得なかった。そもそも時間の余裕も無くなった。

 

 10代後半から20代後半までの10年間は、ひたすら『キン肉マン』を描くことで消えてしまった。

 通常の若者なら、一番遊びたい盛り、色々やってみたい時期にである。

 

 

 けれども、嶋田がいったん捨てた夢・未練は、後で次々とかなっていった。

 『キン肉マン』がアニメ化されると、ゲストで声優に出演させてもらえた」

 

「ひとつ夢がかなったわけだね」

「『キン肉マン』が大ブームになると、バラエティー番組にも招かれるようになった。

 

 憧れのコメディアンたちと共演でき、プライベートでも付き合えるほど仲良くなれた。

 

 大ファンだった『必殺仕事人』と言うドラマにもゲスト出演がかなった。

 

 すべて『あのキン肉マンの作者』と言うネームバリューがなせる業。

 

 

 ひとつのことでずば抜けた成果を出せば、中途で諦めた筈の夢が『ごほうび』のような形でかなうこともある」

 

「古久澤先生に、『いい男性との出会いがない』って相談をする女性が時々居るそうだよ。

 

 先生は、『あなたが今やっている仕事に精一杯打ち込みなさい』って答えるのが定番の回答。

 

 普通に考えたら、『いやいや先生、仕事の話じゃなくて、恋愛相談なんですけど』って話になるんだけど(笑)。

 

 でも、エネルギー的に言えば、その回答が正しいんだよね。

 

 何かに夢中になっている人間は、周りにプラスのオーラ・氣を発し始める。

 氣は『空(くう)』だから目に見えないけど、他人には何となく分かっちゃう。

 

 そのエネルギーにふさわしい出会いを引き寄せるって順番。

 もちろん、仕事で目に見える成果=色 も出せれば、もっといいんだろうけど」

 

「打ち込むものは、仕事でなくてもいい。趣味でも夢中になれるならOK。

 

 当面、打ち込めるモノが何もなければ氣功=スワイショウをやろう(笑)。

 

 

 スワイショウは自分の中の邪氣=マイナスエネルギーを捨てる技。

 しかし、マイナスを捨てた後は、プラスのエネルギーも高めてくれる。

 

 出世や収入、異性、世間の賞賛などの『色』は、自分の『空』=エネルギーに対して与えられるオマケ・ごほうびに過ぎない」

 

「オイシイごほうびが、まだ来ないんだったら、自分のエネルギーはその程度なんだって自覚して、修行するのみだね」

 

「オマケやごほうびは、同時に『お試し』でもある。

 

 タレントやお笑い芸人で、少し売れると、副業にお店を出したりする人がいるが、大抵失敗する。本業にまで悪影響を与える場合もある。

 

 寄って来た異性に夢中になって、仕事や修行が疎かになり、ダメになっていく人も多い。

 

 みんな『お試し』に失敗したのである。魔が入ったと言ってもいい。

 

 オマケやごほうび=色 ばかり追いかけるのは、本末転倒である」

 

 

「ゆでたまご=嶋田さん は『お試し』に失敗しなかったの?」

「『必殺仕事人』へのゲスト出演がかなった時は、『マンガ家になって本当に良かったと思った』と嶋田は語る。

 

 しかし、実際に出演してみて、自分には俳優の世界で通用する才能がないことも痛感したそうである。

 すごい才能を持った俳優たちが、なお努力を重ねて鎬を削り合う世界。

 

 とてもマンガ家の片手間に出来ることではない。

 

 自分は得意の本業であるマンガに一層専念しよう。

 お誘いがかかった時だけ、脇道に寄って楽しめばいい と言うスタンスをずっと貫いた」

 

「自分のゴールを見つめるカメの視線があればこその賢明さ、冷静さだね。

 

 

 ところで、相談者さんは年齢的なことも氣にしているみたいだけど、それもウサギとカメでOKなの?」

「ウサギとカメは広く深い。

 

 歳を取ることで失われて行くモノもあれば、得られるモノもある。

 

 たとえば、女優の大竹しのぶ。若手時代は可憐な美少女だったが、いまや前期高齢者。

 生理的な意味での容色は、年齢を重ねた分、確実に変化した」

 

「でも大竹しのぶの演技力は桁違いだもんね。

 

 旬の若手女優も、大竹しのぶと一緒に演技すると、氣の毒なくらい『格』の違いが出ちゃう。

 下手をすると、孫とおばあちゃんくらいの年齢差があるのに、観客の目は大竹しのぶに持って行かれるもんね。

 

 単なる容色=色で比べたら、若手女優の方が圧倒的に人目を引く筈なのに。

 

 これが芸の力=空 ってことか。

 若い頃から大竹しのぶの演技力は高かったけど、歳を重ねるごとに、ますます磨きがかかっていったわけだね」

 

 

「能の大家・世阿弥(ぜあみ)は、伝書『風姿花伝(ふうしかでん)』において、『時分(じぶん)の花と真(まこと)の花』について説いている。

 

 時分の花とは、若さゆえの見た目の美しさ、勢いのこと。この花の輝きはどんなベテランでも真似することは出来ない」

「いまが旬のアイドルみたいなものか。

 

 でも、若さも勢い=色 は必ず失われて行くものだよね。アイドルは歳を取ったら、次世代に追い落とされちゃう」

「そのとおり。時分の花は必ず散ってしまう。

 

 けれども、最後まで失われない真の花がある。それが長年の修行を経て培った芸の力。

 能や歌舞伎は60代以降が本番。

 

 

 身体運動の指導においても、世阿弥の教えは当てはまる。

 フィットネスクラブだったら、若手の指導者の方が有利」

 

「体力もあるし、身体も柔らかいから、見栄えのいいお手本が見せられるもんね。

 

 生徒もそれほど深いモノなんか求めていないし。カッコイイ身体をお手軽に作れる方法の方が喜ばれる。

 

 つまり、お客さんも先生もウサギ型ってわけ」

 

「しかし、健康教室の生徒は年齢層が高い。

 人生経験も積んでいるので、指導の内容にも精神的な深さを求める傾向がある」

 

「でも20代・30代の指導者が、自分の親くらいの歳の生徒さんに向かって、『人生とは』とか心の話ばかりしたって、どれだけ響くかってことだよね(笑)」

 

「その点、年輩の指導者は有利である。たとえどんな人生だったとしても、50年以上生きて来た人間が、人生について語ったら、それなりの説得力を持つ。

 

 少なくとも、『話を聞いてみようか』という氣にくらいはなってくれる。これも色ではなく、空の力。

 

 色=体操の見本には、若くて身体が柔らかい生徒さんをモデルに使えば済む。

 

 

 若手指導者は、誰よりも率先して身体を動かすことが、何よりも雄弁な説得力を持つ。

 これは年輩の指導者になるほど難しくなる。若手と同じペースで運動していたら身体を壊す。

 

 指導者にも年代相応の教え方と言うものがある。

 『どんなにお金を積んでも、若返ることは出来ない』とはよく言われる。

 

 確かに50歳の人間は20歳には戻れない。

 しかし20代の人間が、いきなり30年分歳を取ることもまた不可能なのである」

 

「ウサギとカメは、『自分の土俵で勝負しろ』って教訓とも読み取れるもんね。

 

 ウサギがどんなに油断したって、駆けっこでカメがウサギに勝つことは、現実的には厳しい。

 でも泳ぎで競争すれば、カメが圧勝するもんね。

 

 この教えは、年齢の問題にも当てはまるわけか。

 

 相談者さんも、人生経験を積んだ分、若い頃には無かった強みが備わっているんじゃないの? 

 自分で氣づいてないだけで」

 

 

「ウサギとカメの応用範囲は、まだまだ広い。

 

 丁宗鐡(てい むねてつ)と言う、お医者さんが居る。

 西洋医学を修めたが、漢方医学も深く勉強している先生。

 

 色々ユニークな説を唱えている先生だが、『糖尿病は勝ち組がなる』と言う主張もそのひとつ」

「どういうこと?」

 

「いまの日本社会は、糖尿病の素因がある人の方が出世競争に有利な社会構造になっている。

 若い頃から血中に糖分が多いと、脳の神経細胞にどんどんエネルギーが供給される。

 

 大学受験などにはこのタイプは圧倒的に有利。いい大学に入れば、収入面では『勝ち組』への切符を手に入れたも同然。

 社会に出てからも、締め切りがある仕事には、糖尿傾向型は有利。瞬発力のあるウサギ型だからである。

 

 漢方的には実証(じっしょう)=陽性過多。

 

 こうして勝ち組になったはいいが、身体が衰えて来る中年期以降になると、糖尿病患者が増えて来る。

 車で言えばオーバーヒートでエンジンが焼き切れた状態。もういくら糖分というガソリンを供給しても走らなくなる。

 

 それに加えて三食は食べ過ぎ。いまは身体を動かさなくなったから二食が適当である。

 冷蔵庫の普及で冷たいモノが年中飲めるようになったから、冷えで消化器官がダメージを受ける。

 

 このように、現代日本は糖尿病傾向がある人を、どこに出しても恥ずかしくない糖尿病患者に仕立て上げる社会。

 糖尿病になるとガンのリスクも最高で4倍まで高まると言われている」

 

「ブリージングストレッチの三点セット=運動・16時間酵素断食・半身浴による冷えの改善 の正しさを支持してくれる説だね」

 

 

「日本がこんな社会になったのは、アメリカナイズされたことが根本的な原因と丁先生は見立てている」

「確かにアメリカンドリームのゴールは、ハッピーリタイアメントだもんね。

 

 大金を稼いで30そこそこで引退して、あとは遊び暮らしてリッチな余生を楽しむ。

 競争に早々と勝利して、昼寝を楽しみたいウサギのようなもの。

 

 でも、そのゴールが糖尿病からガンに続くコースじゃ、人生を楽しむどころじゃないでしょ。

 精神的にも、生き甲斐が無くなって病む人も多いみたいだし」

 

「いまの日本では、若くして成功しないと、成功者として扱われない。

 スポーツやミュージシャンなどの世界が典型。

 

 しかし、若い時代の栄光を一生維持することは難しい。

 アスリートの身体は老化するし、ミュージシャンの人氣も永続するものではない。

 

 ある西洋の哲学者は、『名声と青春が同時に訪れたら、それは人間にとって多すぎる』と言っている」

「だったら稼げるだけ稼いだら、サッサと引退しましょう  ってアメリカンドリームにも、合理性があるかもね。

 

 いわゆる『勝ち逃げ』狙い」

 

 

「丁宗鐡の分析は更に続く。

 

 ニートや引きこもりが社会問題になっているが、彼等は昔の日本社会だったら、『遅咲き』として尊重されるタイプが多いのではないか と言う説。

 

 漢方で言うと虚証(きょしょう)=陰性過多。

 

 残念ながら、いまの日本で遅咲きタイプが評価されるのは、『人間国宝』くらいしかいない。

 人間国宝は瞬発力ではなく、持続力が勝負。

 

 実際に人間国宝には、ほとんど糖尿の人は居ないそうである。

 

 このように、糖尿病素因がある勝ち組を、糖尿病=ガン予備軍 にしないで食い止めるか、遅咲き型をいかに評価していくかが、これからの日本の課題になると、丁先生は主張している」

 

「人間国宝はカメだったのか。本当にウサギとカメは広くて深いね。社会問題まで語れちゃうんだ。

 

 『ウサギとカメ』だけをテーマに1日セミナーが出来るくらいだね」

 

 

「まだまだ『ウサギとカメ』の話は尽きないが、ここまでの記事をヒントに、相談者さんもスワイショウを実践しながら、自分の問題に引き付けて考えてみてほしい。

 

 スワイショウをやれば、相談者さんのウォント=本音の夢がだんだん分かって来るかも知れない

 その夢は、他人からしてみれば、よく分からないものかも知れないが、氣にする必要はない」

 

「そもそも夢は陰性だから、淡いモノだもんね。金銭欲や出世欲はギラギラしすぎ。

 

 夢は曖昧な分、キラキラしている」

 

「だから夢を追う物語には、『巨人の星』『あしたのジョー』『坂の上の雲』などの漠然としたタイトルがついている。

 

 主人公が一体具体的に何を目指しているのかハッキリしないが、読者は引き付けられる。

 

 星もあしたも雲も、カメが見据える遠くのゴールのようなモノ。

 

 歌人・春日井健(かすがいけん)は、

 『太陽がほしくて父を怒らせし 日より虚しきものばかり恋(こ)う』

 

 と言う短歌を詠んでいる。

 

 夢は未来に属するものだから、現在の目で見ると虚しくも見える。

 しかし、それがあるからこそ人は生きて行けるのである」

 

 

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(虎徹のワン!ポイントコメント)

 ブリージングスタッフ・ふぐじろう先生のペットの虎徹です~。

 写真は、ツブラな瞳で遠くを眺め、未来を想うボクです。

 普通、『諦め』と言うと消極的に感じますが、諦めと我慢は違います。

 

 嫌なのに無理してやりたくないことをやっているのが我慢です。

 力関係や利害関係だけで押さえつけられている状態と言ってもいいでしょう。

 

 我慢は基準が『現在』しかないんです。先の見通しが全然ないまま、自分を押し殺し続けるので、当然呼吸浅くなります。

 実際に我慢している人は、いつも苦しそうな顔をしています。

 

 ガンは呼吸が浅い人がなりやすい=我慢強い人はガンになりやすいんです。

 

 

 諦めは先の見通しのもとに、現在の困難を耐えている状態です。

 『明日はきっと良くなるから、今日を耐えよう』と言う想いを表情にすると『微笑み』になります。

 

 我慢している人は微笑めませんが、諦めている人は静かな微笑みを浮かべることが出来ます。

 諦めは未来軸なんです。

 

 ニーズとウォントにも似ていますね。基準軸が現在だけか、未来なのかと言う意味では、ウサギとカメにも通じます。

 

 

 だからこそ、遠くを観る『観の目』が大事なんです。

 カメの視線を持たない人は、諦めることが出来ません。我慢して生きていくか、人生を投げ出すだけです。

 

 究極の投げ出しが、犯罪などの反社会的行為や自殺です。

 そこまで行かなくても、人生を投げ出した人は、周りに依存して生きていくことになります。

 

 I'm a loser.          私は負け犬だ。

 

 と認めてしまえば、free-rider=タダ乗りする人 の人生が始まります。

 

 夢がかなわなかった事を誰かのせいにし、自分を憐れみ、言い訳しながら、人にたかることだけが上手になります。

 飲み屋に行くと、こういう人にたくさん会えます(笑)。

 

 本人は楽チンでしょうが、ハッキリ言って社会悪です。

 

 

 正しく諦めることが人生を開くのです。諦めれば、自分も周りもしあわせになれますよ~。

 

 

                                  つづく

                                  次回更新は7月7日予定です。