「やぁ、兄さん」


 換気のために開けていた窓辺には、どことなく見覚えのあるような顔をした女性のようなモノがいた。


 この顔の既視感はどこだ?という疑問には、更新のための再起動で消えていたモニターに写った顔が答えを示していたーー何処と無く、自分に似ているのだ。

「……俺に妹は居ないんだが」

 その筈だ、と、記憶に確信が持てないながらもソレに問いかける。

「嗚呼、そうだろうねぇ。正式な妹では無いよぉ?」

 にっこりと笑うソレは、背後に半透明な羽にしては細い何かを生やして揺らしていた。

「君は……?」

「うーん、そぉだなぁ……人に紛れるモノで、特に個体名があるわけじゃないんだ。」

 自分に名がないのは不便だろうか、と小首を傾げる彼女?は、見かけは人なのだが、何かそれを否定したくなる存在だと感じる。

 とはいえ、それが何かと言われれば出せる答えなんて非科学的な考えしか過ぎらない為、単語として浮かべる前に脳が否定した。

「まぁ、気軽にスライムさんとでも呼んでくれたらいいよ。君は……」

 スライムと、おおよそ人名にならない名称を名乗った彼女?は、不躾に部屋に視線をさ迷わせ、機材に目を止める。

「そうだなぁ、箱が沢山ある。箱のお兄さんで箱さんで!」

 

 えらく人のことをずさんに名付けてきた。

「ねぇ、僕、人間に捕縛されたくないんだよねぇ。ちょっと協力してくんない?いい感じにたまたま造形も似通ってる気もするしさー?」

 得体の知れない存在だが、どうにも害意は感じない。

 と、いうより、多分断れば彼女?はあっさりと消えて二度と訪れないだろうという確信すらあった。

 ならば簡単だ、断ればいい。こんなワケの解らないモノと付き合うギリなどないのだから。

「ーーー」

 しかし気づけば俺は、何故か彼女?の提案を了承していた。

 警戒心を抱け無いのも、特に断る理由がないと思ってしまうのも、もしやコレの能力かなにかだろうか?なんて、名前に引っ張られてか、普段なら否定する非科学的思考に陥った。

「良かったー、なら、あとは兄さんの暇な時に」

 そう言うと彼女?は、混乱する俺を他所に、なんの未練も無さげで窓から外へ飛びとりて、あっさりと居なくなってしまった。

 何だったんだろうか……?

 しかし、何故か彼女?を俺は、なんだか前から知っていて、遊んだことさえある気もしていた。

 これも存在しない記憶の断片なのか、それとも……いつかどこかであった事だったのか?

 何も分からないまま、爽やかに吹き抜ける風がカーテンを揺らす様を、ぼんやりと暫く眺めていた。