「あぁあ、お小夜ぉ〜!またこんなに怪我を……?!」

 本丸内に、所持刀だけが聞きなれた声が情けない響きをもって響き渡る。

「……落ち着いてよ、これは通常の装束だよ。」

「あ、そ、そっか!よかったぁ……」

「全く、そそっかしいですねぇ……お小夜ももうこの本丸でいちばん強いというのに。」

 しかもこの本丸、ゴリラの世界に足を入れかけてるほうである。

 なのに、未だにここの審神者は結成当初のボロボロになりながら手入れ部屋と出陣を往復する生活がトラウマになっているのか、常に小夜左文字が出撃して顔を合わせる機会が少ないからか……顔を合わせればこの始末だ。

「宗三さん……そう言われても、平成原人には小さい子が戦い通しなのも怪我しまくるのもSAN値に響くでござる……夜は非常……」

「……顕現してからの年月はともかく、貴方より歳上なんだけれど」

「あなたがそんなだからお小夜も言い出しにくそうですけどね?」

「! 兄様っ?!」

 宗三左文字が小夜左文字の短刀を持つ手を上げさせると、そこには確かに切り傷とツバにはヒビが入っていた。

「うわあああっ?!」

 それを見た審神者は絶叫しながら号泣した。

「……装飾の方だから大した怪我にはなってないよ」

 小夜左文字はバツが悪そうにそっぽを向いた。

「こっそり手入れ部屋にいっても、主が起動しなきゃ治らないんですから……速やかに申告なさい」

 ため息混じりに宗三左文字がそっと労わるように手を撫でてからてをはなすと、普段よりいっそう小さな声で小夜左文字が話し出す。

「だって、鍛刀して真っ当な刀を呼べばいいのに、この人すぐ軽傷以下の怪我にも資材をさくから……」

「あなたって子は……」

 他の刀が修行に出る時から垣間見える、自己肯定感の低さ。これが時々悪く作用している、と宗三左文字はまたひとつため息を着く。

「当たり前です!!!怪我が治るなら治すにこしたことないでしょう!」

 戦争もない平和な時代からの審神者には、ちいさな怪我も大事件に分類されてしまう。

 この前も釜にくべる気をへし折ったせいで燭台切光忠の指に刺さった棘をふたりして真剣にとっていたのは記憶に新しい。

「でも、他の方に先に使われたので資材は無いですが」

 出陣帰りの小夜左文字率いる第1部隊は怪我の酷いものからちゃんと申告して手入れ部屋へ行ってきたとこである。

 そこそこ腕のたつ本丸の手入れ部屋に必要とされる資源となれば、一振あたり軽傷でも少なくない。

「ひぇっ……」

「政府からの供給を待ちましょう……大丈夫、軽傷にも入りませんよ。これくらい。」

「……ヒビはいってんのに?」

「ヒビがあると言っても、装飾の方ですから。」

 宗三左文字の言葉に、小夜左文字も頷いたが、一方で審神者はなにやら思案していた。

「……ねぇ、ここって装飾ならとっかえられたりしない?」

「と、いいますと?」

「いやね?ここにひっかけて新たに怪我やほつれうむのもなって……予備ならここにあるし。」

「それは……あなたの……」

「うん、お守り」

 袂からとりだされた鍔は、審神者の一族に伝わっていた守り刀に元々着いていたものだった。

 諸々の都合で先祖の無名の刀を本丸へつれて行く訳には行かないが、せめてもう帰って来れない審神者を守るようにと、審神者に就任した時持たされていたものだ。

「そんなに大事なもの……つかえないよ」

「いや、着けたまま出陣させる気は無いから……かと言って本丸とはいえ自分をどこかに置いとくのも不安でしょ?絆創膏代わりに貸してあげるからさ」

「……断っても聞かないよね」

「資材が溜まるまでのオシャレだと思ってさあ!」

「家宝の扱い、そんなのでいいの……?」

「まぁ、主がいいならいいんじゃありませんか?もちろん、お小夜が嫌でなければ、ですが。」

「嫌では無いけど……」

「んじゃ、ほいなっと。」

 小夜左文字に鍔を預けたまま手入れ部屋に入れて起動すれば、程なくして先程の傷に絆創膏がされた状態の小夜左文字が出てきた。

「こうなるのかー……大丈夫?違和感とか」

「……僕の違和感がそのまま可視化されてるんだと思うよ。」

「なるほど、大丈夫そうだ」

「大丈夫……なんですかねえ?これは」

  小夜左文字の腕にはなんともファンシーなうさぎさんの絆創膏が貼られていた。

「さて、疲れてるでしょう。とりあえず一緒にお団子でも食べにーー」

 審神者が小夜左文字の手を引いて、本丸内の広間へと向かおうとした時だった。


バリン


「ーーへ?」

 本丸を覆う目隠しを兼ねた結界、そこには確かに刀が刺さり、亀裂を産んでいた。

「敵襲!!敵襲ーー!!!」

 へし切長谷部のよく通る大声が響き渡る。

「わ、わ、わ、わああ?!」

 目の前に刺さった禍々しい大太刀が、巨大な鬼の姿を霞のように産んで行く光景を、初めて肉眼で見た審神者は腰を抜かしてしまった。

「危ない!」

 宗三左文字が動くより早く、機動に長けたたんとうたる小夜左文字が一線し、折れた大太刀は瞬く間にまた禍々しい霞となって霧散した。

「……え?」

 小夜左文字は確かな違和感に戸惑っていた。

(今の敵、渡り廊下で屋内判定だとしても僕の力では2撃は入れないと倒せないはずだったのに、何故か脆いところがわかった……そこまでの練度は僕には無いはずなのに、何故……?)

「私がとどめを刺すところだったと思ったのですが……お小夜、此度の出陣で腕を上げましたか?」

「いや、レベルが上がるほどの練度は上がってないよ……兄様、僕もそう思ってたんだけど……?」

 首を傾げる2振りを他所に、審神者の目線は1箇所に釘付けだった。

「鍔、鍔が……新品のように……」

「……え?」

 その言葉と共に手元を見れば、かりた古びた鍔は新品のように煌めいていた。仮につけただけで手入れ部屋で特に磨いた訳でもないのに、だ。

「審神者殿ー!大丈夫でござりますかー?!」

「こんのすけ!こっちはお小夜のおかげで大丈夫!みんなは?!」

「邪魔にならないよう分散して退路を保っています!審神者殿が避難すればそれに続くかと!」

「わかった!」

 渡り廊下を全力で走る審神者に並走しながらこんのすけは話しかけてくる。

「それにしてもよく此度の部隊長を2振りで倒せましたねぇ」

「それがお小夜がワンパンで……」

「え?あの練度で?」

「……低くて悪かったね」

「うちで最強なんだけどなぁ」

「やや?その鍔は小夜左文字の鍔ではありませぬね?!」

「あ、ちょっと資源が足らなくて治してあげられなくて……私物を少し貸したんだけど……」

「なるほど!ほかの付喪神や物の経験を借りていわゆるバフがかけられた訳でございますか!これは有益!時の政府に避難したら進言してみましょう!」

「え?バレてもデコったこと怒られない?」

「それぐらいで叱ってたら、加州清光が要注意刀剣として教科書にのりますよ」

「なるほど……?」

 走り抜け、門を抜ければ政府が用意した避難所へと繋がっているはずだ。

「とはいえ、これからは加州清光が教科書に乗ることになるかもしれませんなぁ……」

「え?」

「無名の鍔でこれだけの力、もっと名のある装飾品をつけた時の変化が計り知れませんから」

「わぁ、運用される前提……」

「伊達に8年も戦ってません、政府もこの膠着状態をどうにかしたいことでしょう。」

「たしかに……」

「ふふ、これでうちのお小夜も有名刄ですかねぇ?」

「普通に秘匿されると思うよ?」

「それに、僕の力じゃない……」

「どうだろね?お小夜が、頑張ってくれてるから、ごせんぞ、さまが、たすけて、くれたの、かも……っ」

「あ、限界そうですね。担ぎます。」

「あばばばぼ、これ、み、みたことある、自衛隊の、えりまきみたいなせおいかたたた」

「黙っていなさい、舌をかみますよ」

「わぷっ?!」

 細い体のどこにそんな力があるのか、常人離れした脚力で跳躍して宗三左文字は門を抜けた。

「では私はこのまま政府に報告を。審神者殿は全刀剣避難完了後にここの封鎖をお願いします」

「はい……」

 こうして、ある本丸の日常も、全本丸の常識も。ある日急にひっくり返ることとなった。