「あ、ときたんだー今暇?遊び行かなーい?」
ときたんがお散歩してる時だった。
聞きなれた声気振り返るも誰もいないーーいや、声の主に思い当たったときたんが視線を大分下げると、そこには枕ほどの大きさのスライムが居た。
「スラちゃん!こんばんは?」
「やぁ、おはこんばんにちは!」
こんにちはだか、こんばんはだか、挨拶に困る逢魔が時。
とりあえず見つけたあにぇきを抱きあげれば、人間時の重さがどこに行ったのか、質量保存の法則をガン無視した軽さだった。
「遊びにかー、結構お店閉まっちゃう時間だけど、どうする?」
このあたりのお店はだいたいこの辺から締まり、カラオケ、ネカフェ、飲み屋など、夜の店しか開業しない。
「ご飯とかカラオケとかでもいいけど…今日はちょっと栄えてるとこ行こ!」
夕方以降も栄えてるところと言えば、飲み屋の立ち並ぶ繁華街の中心部とかだろうか?
「うん、いいよー」
特に断る理由もなかったので、一緒に遊びに行くことにした。
「じゃあね、あっち〜!」
そう言って触手が指さす方へと抱き抱えたまま歩いていくと、いつもはスルーするような路地へとたどり着く。
「ここでいいの?」
「うん、合ってるよ。しっかり着いてきてね?」
いつの間にか腕に抱えていたはずのスライムは、ときたんよりは長身の青年になって手を引いていた。
もとよりこの能力について知っていたので驚くことなく――ちょっとだけ、どこから服が出てきたのかは不思議に思いつつ――付いていく。
「わぁ!」
路地を抜けると、そこには沢山の提灯が揺れ、古めかしくも懐かしく、美しい建物をほのかに優しく照らしていた。
「ここ、美味しいお店も沢山あるんだよ!遊び疲れたら戻って休憩がてらカラオケにでも行こう?」
「どんなお店があるの?」
「いろいろ!映えるとこもいっぱいあるけど…写真に映らないところが残念なんだよねぇ」
「そうなんだ?光量が足らないのかなぁ…ライトアップってとると、しょぼくなっちゃうもんね」
「ねー。それが残念。ね、今日はどういう系のご飯がいい?」
「それじゃあ…」
聞かれるがまま、気の向くまま。 気になった不思議な雑貨のお店や、和スイーツ、少しオシャレな軽食のある飲み屋をハシゴする。
普段より何故か沢山食べれてる気がするのは気のせいだろうか?
流石にあちこちで遊びすぎだからと、お代を払おうとした頃にはいつもいつの間にか支払いが終わっていて、その度にイタズラが成功したようにスライムは楽しそうに笑っていた。いつもながら、なかなかにこの付喪神は妹に甘い。
「おや?ときお嬢様と本体じゃないですか。なぜこのような所へ?」
こちらへ気づいて話しかけてきたのは、露天で店を開いてるものの、客の姿の見えない馴染みの占い師だった。
「あそびにきた!」
「それはいいですが…こちらの食事ではお嬢様の腹はふくれないでしょうに…」
「え?そうなの?」
「僕らにはちょうどいいのですが、表の人にはカロリーが足りませんからねぇ…」
「んじゃ、豪遊にピッタリ!」
「…いくら加護が与えられるからって黄泉竈食はいかがなものかと。兄の我儘に付き合わせてしまってすいません、宜しければ迷惑料がてら屋敷の晩餐の招待と、自宅への送迎をかってでたいのですが?」
エスコートをするように、占い師が自然と手を差し出してくる。
「え、でも…」
今日の先約である兄にちらりと目をやるが、不思議そうに見つめ返されてしまった。人外とアイコンタクトをとるのは難しい。
「それとも、遊ぶなら兄との方がよろしいのでしょうか?」
少ししょんぼりとされてそんなことを言われてしまうと、罪悪感からか少し心が揺れてしまう。
「そんなこと、ないけど…るいくんお店は?」
「今日はノルマは終わってますので店じまいしますよ。それに、お嬢様のエスコートができる栄誉をふいにする方が勿体ないですから」
彼がパチンと指を鳴らせば、露天の店は全てトランクケースに納まってしまった。
「そうそう、兄上。お父様が確認事項があるとかで呼んでましたよ」
「あ!ほんと?!頼んでたものできたのかな?!行ってくる!ときたんまたね!」
スライムは楽しそうに手を降って駆け出し、あっという間に人混みに消えていってしまった。
「これで二人っきりですねぇ。」
「え?」
「ふふ、言ってみたかっただけです。それでは行きましょうか。こうした奇抜なとこもたまには楽しいでしょうが、馴染みの店や、我が家の料理も悪くないものですよ?」
差し出された手を握ると、歩調を合わせてくれて路地裏を抜ければ、沢山遊んだ割にはそこは夕方のいつもの街並みだった。 「ああそうそう、あれが連れていった場所のことはご内密に。今のは1種の神隠しですから」
夕日の中で夜色の青年は茶化すようにそう言うと、楽しげにときたんの手を引いて、歩き出す。
「え?えーっと…?」
「深く知らないほうが楽しめることもあるということですよ」
悪戯な笑顔を浮かべる占い師の青年に連れられて、ときたんも夕日の沈む街へと歩き出した。