――ああ、こんなことなら、るいくんについてきて貰えば良かったなあ……。

 薄暗い部屋に拘束され、転がされたまま、七ツ河 本好は、ぼんやりとそう思っていた。

『いいですか、お父様。近年はこちらからちょっかい出さなければ無害な探索者(にんげん)以外にも、危険なことはたくさんあるんです。というわけで、僕も荷物持ちとして同席させてください!』

 今日のブランチの後のことだった。親子二人で住むには広すぎる屋敷で、庶民的すぎる生活スペース(ダイニングキッチン)で、今日の予定というか、出先を伝えたところ、息子に駄々をこねられていたのは。

『やだよ、全部買おうとしてきたり、衝動買い始めるからゆっくり見れないんだもん』

 元来、本好はおごられたり尽くされるのは苦手とするタイプであり、どちらかと言えば尽くしすぎる――というよりは無理に相手に合わせてしまう――悪癖があった。

 その性質を継承したのか、奉仕種族としての元来の気質か…玉蟲 涙は気に入った相手に関しては財布のひもを消滅させるタイプであり、コレクター気質も相まって、遊びに行くと心配になるほど散在する。(何故か帳尻は毎度合うらしいが)

 たまには付き合ってもらうのもいいが、毎度財布になられるというのはどうにも、本好的には耐え難い事象である。

『それに、大人になって誘拐なんてこともないだろうし大丈夫だってば』

 行き先が変態国家日本の本屋だからと言って、春ならまだしも、基本的に変態も外では大人しく、表面上は平和な国である。多分。おそらく。きっと。

『……そこに関してはお父様の場合、僕は個人的にとても心配な見目をしていますが』

『もー!十年前までは確かに少年扱いされたりしたけど、流石にもう大丈夫だって!』

 拾いたての頃はいろいろあったが、流石に人間界に紛れて年数がたってる今、そんなにぼろは出ない。

『……何かあれば絶対読んでくださいね?』

 そういいながら、モバイルバッテリーと二つの防犯ブザーを渡してくる息子に複雑な思いをしつつ、買い物に出かけていたのが昼過ぎのこと。

 そこから買い物と喫茶店を満喫し、帰ろうかとした時だ。いつもは気づいてなかっただけなのか、新しくできたにしては古い、言ったことのない個人書店に惹かれたのは。

 なかなか珍しい品ぞろえに夢中になっていたのだが、唐突に限覚えのある甘い香りに違和感を覚えた。

――あ、これ、確かるいくんが好きな……。

 香りの正体に思い当たるか否か、というところで世界が暗転し、気づいたら今の状況であった。

――結局、奪われてもいいように二個も持たされてた防犯ブザーも、スマホで助けを呼べるよう持たされたモバイルバッテリーも、使えなかったけど。それより、せっかく買った本は犯人の人の部屋とかに会ったりしないかなぁ……後、お財布とスマホも中身悪用されるの怖いから回収できないかな……。

 ちなみに買ったものは見える範囲にはなく、あったとしても拘束されて見れなかっただろうが、そこそこ買い込んでたために惜しくなる。

 こんな状況で本の心配をしてしまうのは度を越えた活字中毒者だからか、存外思ったより執着心が強い(ケチな)のか……いや、人外の長い人生経験や感覚からくるものかもしれない。

 なんて、恐怖心を紛らわせるためか、暇なのか。考え事をしていたのを中断せずにはいられないほど、外が騒がしくなってきた。

――なんだろう?だんだん近づいてきてるような……?

 大声と振動、そして、鈴を転がすような音がだんだんと近づいてくる。

 その音は時節、屋敷の遠くで聞く声で。かつてはよく隣で聞いていた音だった。

『見続ければ発狂しないとはいえ、精神的に見ていたいものでもないでしょう?』

 そういっていつしか、あまり見なくなった息子の拾った当初のままの姿の時の声。

『ヒギヤあああ!あは!ああああはは!アアアアアア!ブギァ!?」

 発狂した男の声、笑い声、そして、無様な鳴き声とともに、木製のドアを砕き飛ばしながら見知らぬ男が部屋の中に吹っ飛ばされてきた。

 ぎりぎり、ドアの入り口の同線上にいなかったので当たらずに済んだが、本好のすぐと名売りで吹っ飛んで行ったので、流石に冷や汗が出た。

「……おや?一発殴っただけでこぶしが開かなくなってしまいましたか。攻撃速度は半減しますし、脆いですし…お父様の設計に全く問題はないのに、人間自体がもろくていけませんねぇ。」

ドアの亡くなった出入り口で、聞き手を不思議そうに眺めるのはーー

「 お父様、うっかり勢い余ってこっちに一匹飛ばしちゃいましたけど怪我はありませんか?」

ーー見慣れた息子であった。

「るいくん!?なんでここに!?」

「お父様、僕のこと、考えませんでした?」

「え?あ、うん、ちょっとは思い出してた、ような…」

「それですよ。ショゴスは主人の望む方法でコミュニケーションが取れるんです。ちょっと強引でしたが、テレパシー扱いで受信頑張らせていただきました」

「え、何それ怖い…というか、るいくんの主って相方じゃないの?」

「ちょっと無茶したので……それにあれを主とは認めてませんので。それと、普段はお父様のプライバシーは尊重してますよ。」

「……今日は?」

 いつからアンテナを張ってたんだろうか。聞きたくない気もしたが、確認しないのも正直怖い。

「いつもよりお帰りが遅かったのに連絡がなかった辺りから。暇でしたので。」

「……それ、ほんとにプライバシー守れてる?」

「連絡がい……。……。十分以内につけば辞めますよ」

――今、一分以内って言おうとしたよね!?

 息子の暗黒面を見てしまったが、本好は怖いのでこれ以上追求しないことにした。

 ちなみにその息子は、殴り飛ばしたたぶんまだご臨終してない男の荷物をあさって、見つけた金木製の香りの液体にほくほくしていた。

「……なにやってるの?」

「ああ、だれがどのお父様の荷物を持ってるのかわからなかったので。全員のして、身ぐるみはいでおきました。押収したものがこちらですが……足らないものはありませんか?」

「あちゃー……スマホ割れちゃったかぁ……うん、なんか財布がはちきれそうになってるのは除いて全部そろってる、かな……?」

 買った書籍は放っておかれたのか袋ごとなかったが、身分証明書やかばんなどはとられていたらしく、一式揃っていた。

 妙に膨らんでいた財布の中身は、明らかに増えていた。

「えーっと……るいくん?」

「全然足らないですが、慰謝料ってことで。スマホも治せますし、本も買いなおせるかと」

「えー……」

 いいんだろうか……見るのが怖いくらい諭吉が入ってる気がするのだが。しかし、こいつらに持たせといてもまた悪事に使われそうではある。

 先ほどお駄賃代わりにと言わんばかりに涙が押収した金木製の液体はたぶん睡眠薬だが、涙には効かないか、効いたとしても寝る前のフレグランスとして重宝されるだけだろう。

「そんなことよりお父様。ここまで魔法をフルスロットルで使ってしまいまして……帰りの分の魔力がはっきり言ってありませんので、申し訳ないのですが、通行料を代わりに支払っていただいても?」

 もともとあまり魔力量がない物理特価な割に、無茶をしてきてくれたらしい。

「ここ、家から遠いの?」

「うーん、こいつらの車を盗難すれば帰れそうですが……それで警察に厄介になるのも面倒だ、というような場所ですねぇ。どの道帰ってからここへ繋がる門を壊さないといけませんし。」

「そっか……」

「魔力以外はこちらで負担いたしますので心配なく」

「えっ、ほかに何か持ってかれるの!?」

「……。口が滑りましたねぇ。」

 涙はしまった、という顔をして考え込む。

「るいくん!?」

「大丈夫ですよ、回復手段はあるものなので。」

「しないこともあるってこと!?」

「魔力は一日で回復しますから。」

「他って何!?」

「ははっ」

「ちょっと、笑ってごまかさないでよ!?」

「自分の文明にないオーバーテクノロジーは安易に理解しないほうが身のためですよ、お父様」

 どうにも教えてくれる気はないようだ。多分、知っただけでいろいろ失うものがあるパターンである。

「もう、それなら時間かかってもいいから別の方法で帰ろう!?」

「お父様の貧弱さを考えたらいいホテル道中あるか不安ですが……」

「俺そんな貧弱じゃないって!」

「どうでしょうねぇ、この星の生物もお父様も存外脆いですから。」

「るいくんが頑丈なだけでしょ……」

「遺伝子組み換え生物ですので。歩いていくなら門を壊していきますがよろしいですね?」

「うん、そうして。」

 どのみち危ない人がおうちに入ってきちゃうような通路はよろしくないので、破棄だけは確定事項である。

「帰ったら念のため身分証明書の再発行やカードの停止などもろもろ手配いたしましょう。どこまで何されてるかわかりませんし」

 建物の出入り口で涙が手をかざしながら何かをすれば、豪快に何かが割れる音と供に光の粒子が舞う。

「うぇー、めんどくさい…」

 幻想的な光景の中、本好はこれからの手続きの膨大さにげんなりしていた。

「だから、連れて行ってほしいと申し上げましたのに。個々の奴らは人外にしか流通してないものの、人界にもありそうな本を店において、読める人外をあぶりだして捕まえてたみたいですよ」

 計画書のようなものも押収してたのか、パサリと目の前に紙の束が落ちてきた。古い店を改装して、昔からある書店風に店を作っていたらしい。

「う……それについては、ごめん……。でもあれそんな珍しい本だったかな……?」

「しっぽでも出てたのでは?」

「ないからね!?もともと!」

「どうでしたっけねぇ」

「ちょっとるいくん!?」

「はは。あ、お父様のスマホ壊れてるんでしたね。僕よりはお父様のほうが地図読めますので案内お願いします。」

 そういって、涙は本好に地図アプリを起動したまま、スマホを渡してきた。

「うっわ、遠…駅もバスもないじゃん…」

「とりあえず泊まれるとこまで頑張りましょう!旅行は久しぶりですね。旅費もありますし。」

「偽札じゃないよね……?」

「透かしはありましたけどどうですかねぇ?」

「あ、確認してたんだ」

「素人で判断つくのはそこだけでしたので。後で自動販売機を見つけたら通るか試してみては?」

「そうだね……」

 逢魔が時に陣貝の親子は家へ向かって旅へ出る。これから夜になるが、人外の二人にとっては活動時間はまだまだこれからだ。

 とりあえずの目標を昼前までの寝る場所の確保へ設定して歩き出した。