トリジローのTHE BEATLES全曲解説 & My Best Ranking -11ページ目

トリジローのTHE BEATLES全曲解説 & My Best Ranking

THE BEATLESファン歴は、約半世紀にて、また、研究し続けて、早40年の、トリジローと申します。

まだ、誰も成し得ていない、全213曲+のランキングと解説を、同時に、そして独自に掲載していきます。

これぞ、究極のTHE BEATLES解説にも挑みます。

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★101位

【Everybody's Got Something To Hide Except Me And My Monkey】

<THE BEATLES(WHITE ALBUM)>1968.11/22=2:24=

 

このアルバムでは、躁鬱両面のあるジョンの曲群だが、何とも過剰過ぎるくらい躁状態で、でも危うさも漂っていて、まるでジェットコースターにい乗っているような曲だ。

パンクの原点。でも、この疾走感は堪らない。

 

ジョンがマハリシの口癖だった「Come on, take it easy」からインスパイアされ作った曲。

当初は「Come on, Come on」というタイトルだった。

ジョンは、“カモンという言葉は手垢にまみれているようなものだから”という理由で見送り、サビの部分で使われている歌詞のフレーズから取ったと語っている。

 

BEATLESの中で、最も長いタイトル。

疾走するジョン作のシンプルなロックンロールで、終始、異様にテンションの高いジョンのVoは凄い。

元祖ハードロック曲が“Helter Skelter”なら、元祖パンク曲であろう当曲は、ラスト近くのリズムギターや、ハードなタッチは、それを頷かせる。

まず、ラスト前のジョンの“Hey!”の後に入るポールのベースの分厚い音と疾走感。それにつられるかのようなジョージのハードギターにはゾクゾクするものがある。

 

当時、周りからジョンとヨーコは、様々な形で批判的な目で見られていた。

この曲を書く前にも、漫画風刺で、ヨーコをジョンの背中にしがみつく「オノ」という名前の猿として描かれたことに腹を立てていたという。

ジョン曰く、“これは僕とヨーコの歌だ。僕ら2人を除いてみんな拘り過ぎていたんだ。彼女はここで何しているんだ。なぜ彼女と一緒にいるんだ、という具合にね」。

“Monkey”とは1940年代、50年代にジャズミュージシャンの間で使われていた「ヘロイン中毒」を意味する隠語でもあったので、ポールは、そのことも歌っていると思うと語っていた。

ポールは、当時のことを、“ジョンはハードなドラッグにのめり込むようになった。“ フィックス” とか“ モンキー” とか、他のメンバーが関わってもいない世界の専門用語を使い始めた。どうやって彼を助けたらいいのか分からなかった。これ以上悪くならないことを願うしかなかったよ” と言っている。

つまり、ジョンらしい、自分の主張に一捻りしてる、ダブルミーイングな意味深な歌でもある。

 

レコーディングは、1968年6月26日から、日を変え4日も費やし、録り直し、ようやく7月23日に完成した。

 

騒々しいサウンドという印象があるこの曲だが、実は、編成的にもシンプルな演奏である。

この曲がうるさ目に感じるのは、ポールが鳴らしている消防用のベルの音によるもの。

(ジョンとジョージのギターのボリュームの大きさに、ベースで絡む気がなくなったポールがリンゴの横で巨大な消防用のベルを鳴らしているのである)

しかし、そのポールの太いタッチのベース、実は要所で良い味を出しているのです。音選びや、オンコードのセンスが光っているのが聴けますね。

リンゴのDrはオーバーダビングだ。

 

コード進行は、Aの3コードが基調で単純なものだけど、G(7bの音)とB(3b)の音が入っていて渋いです。

サイビは、B7一発でカッコいい!

 

とにかく、ジョン節が炸裂していて、後期ジョンの曲では、最もカッコイイ曲の1つと思っている曲であります。

 

ストーンズのBrown Sugarのイントロは、この曲のイントロから絶対に影響を受けてると思うなぁ。

 

 

 

 

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★102位

【I'm Down】

<Single & PAST MASTERS Vol.1>1965.7/23=2:31=

 

ポールの圧倒的なシャウトが聴ける、BEATLES屈指のロックナンバー!

 

BEATLESは、1964年1月~65年7月まで、ラストナンバーとして、リトル・リチャードの“Long Tall Sally”演奏してライブをで締めくくっていたが、このオリジナル曲“I’m Down”が発売されてからは、それに代わる曲として演奏されるようになった。

もちろん、言うまでもなく、かの武道館公演も、この曲がラストナンバーでした。

 

シングル“Help!”のB面曲として収録。

レコーディングは、7テイクでバッキング・トラックを完成させた。

このうちテイク1が、1996年に発売された『ザ・ビートルズ・アンソロジー2』に収録された。このテイクでは、ジョンの弾くオルガンは控えめに入っていて、バッキング・ボーカルが入っていない。

尚、曲の最後にポールによる「Plastic soul, man, plastic soul」という呟きが入っているが、黒人ミュージシャンがミック・ジャガーを揶揄して対して言った言葉で、自分もそうだぜと言わんばかりの自虐とも受け取れる。

後にビートルズが発表したアルバム「RUBBER SOUL」のタイトルの由来となっている。

ちなみに、レコーディングは、“Yesterday”と“夢の人”も、同じ日に録音されていて、この激しいシャウト曲と、バラード、カントリー風の曲と、まるで違う3曲を歌う”声“には驚嘆するが、しかも、順番は、夢の人→I’m Down→Yesterdayで、この曲の後にYesterdayをレコーディングしたポールの喉の強さには呆れるばかりである。

もしジョンだけがリードVoだったら、BEATLESは数年でジョンの声は潰れただろう。やはりポールあってのジョン(逆も然り)なのである。

 

演奏の骨格はしっかりしていて、リズム感も抜群だが、良い意味で演奏がラフでいい加減だ(笑)。

ジョージのギターも音がハズれてる感はともかく、ジョンの弾くオルガンが単純で適当だが、とんでもなく良いノリを出している。

リズムセクションのレコーディングからジョンはギターを弾かずにVOXオルガンを弾いている。

リンゴのオーバーダビングしたボンゴが、効果的にスピード感をつけているのが“A Hard Day’s Night”のサウンドを思い出させる。

 

そして、特筆はコーラス群である。

2部コーラスで、何とレコーディングはジョージとポール。そこにジョンの“Down”が入り、1泊遅れで2部コーラスが入る。

最期の繰り返しでは、“I’m Really Down~”が3部になり、総勢6人のコーラスとなっている。

しかも、2部コーラスの下のパートが7thからの音になっているのだ。

こんな3コードの明快なロックンロールに、これだけ複雑なコーラスを入れてくるBEATLESというのは、この時期からすでに底知れぬ恐ろしさがあると思い知らされる。

 

 

 

 

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★103位

【Rocky Raccoon】

<THE BEATLES(WHITE ALBUM)>1968.11/22=3:32=

 

ポールが書いた、珍しいトーキング・ブルース風の曲。

西部劇風でもある。ポールお得意の物語仕立てである。

しかも、フォーク、ウエスタン、ラグタイムと1曲の中に変化しているのが特徴的で、こんな真似が出来るのは、他のBEATLESのメンバーのみならず、世界中に誰もいないだろう。

 

アメリカ音楽への憧れは、英国ミュージシャンなら誰でも思うが、多分に漏れず、BEATLESの面々も、それで思春期を過ごした。

メンバーの中では、恐らくポールが1番その傾向が強く、また、こうした曲を、オリジナル曲として実現化しようとする。

そして、それがどれも、素晴らしい作品になっているのがポールの凄いところだが、この曲は、本当に見事としか言いようがない。

「WHITE ALBUM」には個性的な曲群が揃っているが、この曲はアルバムの中でも、ひときわ異質な輝きを放っている。

 

タイトルも当初は「Rocky Sassoon」であったが、これを「Raccoon(アライグマ)」に変更して、絶対にあり得ない名前にしたようだ。

ジョンは、このポールの書いた歌詞について“ギデオン聖書なんて、僕があんな凝った歌詞を書くと思うかい?”と、ジョンらしい言い回しで言っているが、実は、作詞にあたってはジョンとドノヴァンも手伝っているのである。

 

レコーディングは、1968年8月15日にEMIスタジオのスタジオ2で行われ、わずか1日で完成した。

しかし、ポールは、レコーディングには苦労したと言い、“~風味なVo”の為、全部1テイク録らなくちゃならなかったから、簡単には編集出来ないんだ。でも楽しかった、後に語っている。

 

リズムトラックのレコーディングでは、ポールはギター(マーティンD-28)の低音弦でベースを弾き、高音弦でストロークをしながら歌っている。ポールなりのアプローチだと思う。

ベースは、ジョンが6弦のフェンダー・ベースVIにVOXアンプのトレモロをかけて弾いている。2本のベースが聴こえているので、ポールがリッケンバッカー4001Sでオーバー・ダビングしていると思われる。

リンゴのドラムはハイハットからスネアと徐々に厚くなっていくのが上手い。

だが、ポールはオーバーダビングでドラムを更に追加。さすがに、これは、ポールの曲への情熱の賜物で悪気はないはずだが、リンゴは気分を害したはずだ。そういうところはポールは気付かないのだ。こういう積み重ねが関係を悪化させていったのだと思う。これが理由とは言わないが、リンゴの一時脱退は、このレコーディングの直後のことなのである。

ジョンはハーモニカをオーバーダビングして披露(久々で嬉しい!)。しかし、BEATLESでのハーモニカ演奏は、この曲で最後になってしまうのである。

特筆なのは、何といっても、ジョージ・マーティンが弾くホンキートンク・ピアノである。これがあることで、随分と曲が引き締まって、味が効いているからだ。

さすがは、名プロデューサーのみならずの、5人目のBEATLESである。

 

コーラスは、ジョンとジョージ。ちなみにジョージは、コーラスでしか参加していない。

女性の声でハーモニーが聴こえる。これにはポールの奥さんのリンダが入っているという説がある。

しかし、リンダはハモリは出来ないので、雰囲気だけの声かも知れない。

 

ちなみに、“Blackbird””Piggies“そして、この“Rocky Raccoon”と動物の名前がタイトルに付いた曲が3連続になってアルバムに収録いるのは偶然ではなく、アルバム編集の段階で明確な意図を持ってなされたことである。

 

 

 

 

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★104位

【Baby's In Black】

<BEATLES FOR SALE>1962.12/4=2:04=

 

“I Want To Hold Your Hand(抱きしめたい)”などと並ぶ、ジョンとポールが互角に作った、正に“レノン・マッカートニー作品”。

 

とにかく、ジョンとポールのダブルVoとハーモニーとが最高だ。素晴らしいバランス。

音階的に離れたりくっついたりしつつ、曲が進むに連れ、どんどん複雑に絡み合う。主旋律はジョンかと思いきや、サビではポールが前面に出る。

やはり、2人が一緒に歌うとマジックが起こるのである。

ジョージを含めた彼等のハーモニーはとてつもなく素晴らしいが、デュエットという点では、この2人の素晴らしさに勝てる者はいないと思う。

 

本作についてポールは、

「僕とジョンは少し影のある、ブルージーな曲を書きたいと思っていた。この曲は完全に共作で、一緒に歌った。僕のハーモニーがジョンの歌う主旋律よりも前に出てしまうこともあった。“どっちが主旋律なのか?”と聞かれることもある。別にどちらが主旋律でも良いだろう。とにかく僕らのお気に入りの曲だった」と後に語っている。

尚、ジョンも亡くなる前の1980年のインタビューで、共作であると言っている。

 

アルバム「BEATLES FOR SALE」の為のセッションで、1番最初にレコーディングされた楽曲で、レコーディングは1964年8月11日にEMIスタジオのスタジオ2で行なわれた。

テイク数は14。

ジョンとポールのVoは、“If I Fell(恋におちたら)”と同じく、1本のマイクを2人で歌い録音された。

最初から最後までハーモニーという曲は実は彼等でも珍しい(唯一の曲)のです。

ラストのハーモニーのみ、実は、ポールの高いパートが出て来て、三声にになっているのが隠し味。

 

彼等には珍しい6/8リズムの曲で、ライブのMCでは“ワルツの曲をやります”と良く言っていた。

 

この曲は、BEATLESのライブの定番であった(もちろん日本公演も)。

ジョンもポールもお気に入りの曲で、恐らく、特にポールが相当に入れ込んでいた曲なんだと推測する。

このジョンとのデュエットに“何か”を感じていたのかも知れない…。

 

演奏は、トレモロアームを使ったジョージのプレイも地味に小技が効いているし、リンゴのドラミングもバストラ8分音符のみを入れたり工夫が感じられる。

 

そして、この曲はまた“黒い服を好んだアストリッド・キルヒャー”の為の挽歌である。

アストリッドはドイツの写真家で、BEATLESがハンブルクにいた頃、彼らの髪を有名なマッシュルームカットにセットした女性である。

彼女は、BEATLESの最初のベーシストのスチュアート・サトクリフの恋人でもあった。

スチュは脳腫瘍のためにドイツで亡くなるが、彼女は彼の死を乗り越えられなかったが、そのことが歌詞の元になっているとの見方もある。

BEATLESのメンバーも彼女が大好きだったのである。

 

 

 

 

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★105位

【Twist And Shout】

<PLEASE PLEASE ME>1963.3/22=2:33=

 

1stアルバム「Please Please Me」(1963年) の最後を締めくくる曲です。

この曲は、1960年代初期に流行したR&Bの名曲のカバーです。

原曲は、1961年にTop Notesというグループが録音したもので、1962年にIsley Brothersがリリースした曲になります。

 

ジョンの圧倒的な歌唱とシャウトが凄いに尽きますね。

全身全霊で歌っている感がとんでもなくて、絶唱とは正に、このジョンのシャウトのことを言うのでしょう。

この曲をレコーディングした当日、ジョンは一日中歌い続け、さらに風邪を引いていたことから声が枯れていましたが、無理を通して録音に挑み、それがかえって見事なシャウトを生み出したという逸話が有名です。

ちなみに、ジョンは、この曲の録音の前に牛乳を飲み、咳止めドロップを服用してレコーディングに臨み、2テイク録音されたうちのテイク1が採用されており、テイク2ではジョンの声が出なくなっていた。

古今東西、このジョンのシャウト以上のものを、他のミュージシャンやバンドから聴いたことがない。

 

イギリスでは1963年7月12日に4曲入りEPとしてカットされNMEで2週連続4位・MMで2位を記録しました。

アメリカでは「抱きしめたい」で“ビートルズ旋風”発生後の1964年3月2日にシングルとしてリリース(B面は「There's A Place」)。

Billboard Hot 100で4週連続2位(年間40位)と悔しい結果に終わっていますが、これは全く同じタイミングで彼らの「Can't Buy Me Love」が5週連続No.1に君臨し続けていたためです。

 

曲自体は、たったの3コードで、1メロディの繰り返しとコーラスのみの単純なものですが、独創的でキャッチーな楽曲です。

ロックンロールの1つの正解がここにあります。間奏のギターのハモりからの、Voのハモり、シャウトがたまらなくカッコ良いのです。

そうそう、間奏の終わりの部分のシャウトはジョンだけでなく、ポールのシャウトもなかなか凄いのである。

 

Please Please Meというファーストアルバム自体、観客のいないライブレコーディングと言って良い作品で、だからこそ、60年の歳月が経っても色褪せない力強さがあるのだと思う。

そして、その中で、特に1番光り輝いているライブパフォーマンス(と呼んでしまおう)と言えるのが、このTwist And Shoutだと思うのです。

BEATLESはライブでも良くこの曲を取り上げていたが、素晴らしいVer.が多い中でも、このアルバムVer.を超えるものがない。

それは、BEATLESがライブが下手だったからではない。要するに、最初に最強のライブレコーディングをしてしまったからなのだ。

 

オリジナルではないのに、もっともBEATLESらしい曲。もはや、オリジナル曲の域。

 

 

 

 

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★106位

【Eight Days a Week】

<BEATLES FOR SALE>1962.12/4=2:42=

 

ポールが中心で作曲した曲で、メインVoがジョンというBEATLESらしい曲。

 

もちろん、楽曲そのものは名曲ですが、この曲は何と言っても、ポピュラー音楽史上、初めての“フェードイン”で始まる曲として、名高いと思います。

そうです、あのイントロの最初の部分がフェードインして始まるのです。

これは、当時としたら有り得ない、余りに斬新な方法で、このサウンドに衝撃を受けた1人として、GENESISのトニー・バンクスがいますが、この曲を聴いてクラシックを止めて、ロックに転向することを決意したと語っています。

このアイデアは、当時のエンジニアだったノーマン・スミスのものだったのです。

 

タイトルの由来は2つある。

1つは、当時多忙を極めていたグループの実情を、リンゴが“週に8日も仕事だなんて…”と嘆いていたのがきっかけだとポールが語っています。

もう1つは、ポールがジョンの家に向かう途中で、お抱え運転手が言った一言をそのままタイトルにしたというもの。

どちらも、ポールの発言なんだけどなぁ…(^^;。両方が加味されているのかもね(?)。

 

“Eight Days a Week”は、1964年12月発売の「BEATLES FOR SALE」の収録曲ですが、英国では、シングルカットはされませんでした。

(このアルバムからのシングルカットはなし)

アメリカでは、このアルバム自体が当時、発売されず、この中の8曲を含むキャピトル編集盤「Beatles 65’」として発売されますが、この“Eight Days a Week”は未収録でした。

そして、翌年2月15日に、シングル盤として発売し、全米1位になります(2週)。

 

それまでのBEATLESは、曲を完成させてからスタジオ入りして録音をしていましたが、この曲で初めて、未完成のままスタジオに入り、完成させた。

ジョンとポールの共作ではあるけれども、ジョンがいうには“僕もかなり手伝ったけど、概ねポールの曲さ”と言っているように曲は概ねポールで、元はポールが持ち寄った曲でした。

それに、部分的なメロディ(恐らく、Hold Me Love Me~の部分では?)と、歌詞でディランの影響がある部分を始め、ジョンも歌詞でかなり貢献しているのではないかと推測出来ます。

 

構成は、リードVoはジョンのダブル・トラッキングではあるが、ジョンとポールが終始デュエットで歌い、所々でジョージがコーラスを入れている。

何と言っても、1:29秒で聴けるジョンの“Aaaanhahan~”で、何て甘くてスウィートな声なのだろう。男でも参ってしまう。しかも、これを1回しかやらないところがまた渋いのである。

しかし、コーラスが本当に心地良くて、彼等が最高のコーラスグループだということが実感出来る。

 

この曲で重要なイントロ部は、リンゴの3連ビートに乗って、フェイドインしてくるジョージのリッケンバッカーの12弦ギターのリフのカッコ良さも印象的で、6 thの音を絡めながら弾いているのがセンス抜群だ。

ジョージはもう1本、ギターを重ねている。ジョンは、ジョージと同じリズム感で、コード弾きをしている。

 

辛口のジョンは、ポールのこの甘ったるい歌詞が嫌いなのかどうか、後に“お粗末な曲”とさえ言っているが、歌詞はともかく、純粋にメロディは圧倒的に素晴らしいと思うのだけれど…。

 

 

 

 

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★107位

【I'm Only Sleeping】

<REVOLVER>1966.8/5=2:58=

 

何とも気だるいサウンドの代表曲。

ジョンは、睡眠や読書、テレビの視聴などに時間を費やしていて、薬物を服用していたこともあったことから、作曲作業を行なう際にはポールが眠っているジョンを起こしていた。

初期のシャウトする激しいジョンから、忙しさと環境の変化に“Help”とそれでも叫んでいたジョンも、遂に、“もうダメよ”と言わんばかりの時に、歌い方も曲調も変化してきたのである。

 

ジョージが演奏したフレーズを逆回転させたギターのパートが特徴となっている。

2本入っているギターのフレーズのうち、一方にはファズを効かせているのが特徴的だ。

逆再生は、まず普通に弾いて、それをジョージ・マーティンが採譜したものを逆再生用に最後の部分を最初に持っていきます。

そして、それをジョージが弾き直し、その音源を更に逆再生をかけて出来たものです。

このオーバーダビングの作業に実に5時間もかかったと言われています。

BEATLESらしい前衛的さが見事です。

但し、アメリカ盤への提供やモノラル・ステレオの違いなどでこの曲には、逆回転ソロの挿入部分がそれぞれ違うテイクが4つ確認されている。

 

テープの回転数を落として、Vo録りはレコーディングされました。

リハーサルのテイクではEmキーで演奏しているけど、レコードでは半音下がってEbmになっている。

こんな凝った構成にも関わらず、コーラスがとにかく美しいのも面白い。

 

レコーディングは、1966年4月27日にEMIスタジオで行なわれ、リズムトラックはアコースティック・ギター2本とベース、ドラムスの編成で11回録音された。

この日の最終テイクとなるテイク11がマスターとして選ばれ、2日後にレノンのリード・ボーカルが追加された。

その後5月5日にジョージによるギターソロ、翌日にジョン、ポール、ジョージの3人のバッキングVoが録音されて完成した。

 

演奏は、逆回転のギターばかりに耳が行きがちだれども、その逆回転の合間をゆったりと穴を埋めるように、不自然にならないようなフレーズを弾くポールのベースが実は活きている。

お得意の和音弾きも聴ける。

 

もしかしたらではあるが、サビの「Keeping an eye on the world~」からのメロディが実にポールらしいメロディを歌っているので、ポールが作曲を手伝っているかも知れない。

 

ジョンの、この流れの脱力感のある曲想は、WHITE ALBUMのI’m So Tiredに引き継がれていく。

 

“Twist And Shout” のジョンはもう、ここにはいない…。

 

 

 

 

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★108位

【Long Tall Sally】

<EP & PAST MASTERS Vol.1>1964.6/19=2:02=

 

ご存知、ポールの最強のシャウトが聴けるナンバーですね。

 

ジョンのシャウトも凄いですが、爆発した時のポールのシャウトはジョンに負けず劣らず、まったく凄い。

しかも、ジョンの出せない高域の、ポールの高音シャウトは格別です。

 

ポールは、もちろんアマチュア時代からのお得意のナンバーで、しかも、人前で演奏した初めての曲であると言われています。

そして、1966年にポールが“I’m Down”を作って歌うまで、必ず当時のラストナンバーでした。

 

“Long Tall Sally”は、ご存知、リトル・リチャードのオリジナルで代表曲。

しかし、BEATLESのカヴァーは、海外でももちろんこと、日本では特に有名ですね。

当時は「のっぽのサリー」というタイトルでお馴染みでした。月刊誌「ミュージックライフ」のラジオCMのBGMでもありましたし。

 

この曲を1テイクでの録音のみで完成。

ピアノにジョージ・マーティンを加えた5人で演奏。

つまり、レコーディングでは、これ以外のテイクは一切存在しないという、我々が聴いているVer.しかないというところが◎。

さすがに、演奏慣れした賜物か、1発でキメたポール&演奏陣は素晴らしいですね。

ジョンが最後に一瞬だけ少し間違うけれども、演奏の正確さ、ノリ、勢いと完璧な演奏に近い。

BEATLESはバンドとして、本当に上手かったんだということが立証出来るような曲でもある。

 

ギターソロが2回出てくるこの曲は、ライブでそう演奏してることからも、1回目がジョン、そして2回目がジョージという定説でしたが、どう聴いても、ギターの音は同じなので、ここはどちらもジョージで間違いなしでしょう。

しかし、ジョージのギターソロも、変化の付け方も見事だし、演奏自体が素晴らしい。

特に、2回目の間奏の2拍3連で上がっていくフレーズも聴きどころだ。

 

ちなみに、ポールのこの曲での地声の最高音はオクターブ上の“C”(ド)で、裏声の部分が更に上の“G”(ソ)と、驚異的な高さです。ハイトーンメタルシンガー並ですね。

しかし、この曲を破る高さのキーの曲がBEATLES後期に現れます。そう、“Oh Darllin”です。

地声がオクターブ上の上の“D”(レ)で、裏声で“A”(ラ)になります。

ポールのハイトーンは、一般的には知名度は高くないけれども、とても高いのです。声が太いので、そう聴こえないだけなのです。

しかも、声が太いままのハイトーンは驚異的で、完全に曲を歌いこなしてさえいるのが、更に凄いのです。

強靭な声の持ち主だからこそ、80になる年齢になっても、ほぼオリジナルキーで歌い続けられるのでしょう。

 

 

 

 

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★109位

【Savoy Truffle】

<THE BEATLES(WHITE ALBUM)>1968.11/22=2:54=

 

「The Beatles」(ホワイト・アルバム)における、ジョージの“隠れた名曲”。

 

ソウルフルな曲調だけど、凝った構成の複雑な曲で、硬いディストーションギター、オルガン、ブラス、コーラス…と、次々に変化していく流れの飽きさせない展開は絶品。

要所に入るブレイクもカッコいい。

 

盟友のエリック・クラプトンが、虫歯であるにも関わらずチョコレートを大量に食べていたというエピソードがモチーフとなっていて、彼のアドヴァイス的な歌詞の内容である。

歌詞の中に、まるでジョンが良くやるような、ポールの曲のタイトル“Ob-La-Di, Ob-La-Da”を歌詞の中に入れて(揶揄)している。

ビートルズの広報担当であったデレク・テイラーも作詞を手伝っている。

 

ジョージは、外部ミュージシャンを多用し、ポールはバッキングVoとベース、リンゴはドラムとタンバリン、ジョンは参加すらしていない。

ブラスの音色に対応したジョージの細く尖った固めのディストーションの音作りは見事。

終始、ブレイク以外は休むことなく動き回るポールのベースも非常にポイントが高い。

 

キーは、基本的にEmであるが、Eメジャーに何度も転調を繰り返し、Gで一時的に終止する。

 

ちなみに、ジョージはこのブラスの録音が終わった後、ディストーションを掛けて音を歪ませる事を提案。

参加した6人のミュージシャンが自分たちの録音を聴きにコントロール・ルームに来た時に、音源を聴かせる前に、ジョージは、

“せっかくのプレイをこんな音に加工してしまって申し訳ない。でもこれが僕の欲しい音なのです“と謝った。

 

リンゴのスネアから始まるこの曲のイントロは、クリス・トーマスが弾くオルガン(ホーナー・ピアネット)から歌い出しまでが変拍子が入る。

この辺りは、変拍子大好きのジョンの影響が見られる。

が、上記で書いた通り、ジョンはこの曲に参加していない。

イントロが、4分の4拍子→4分の4拍子→ときて、8分の7拍子となってAメロに入る。しかも、一旦、休符が入るので、完全に音が取れなくなり、歌に入れない。

これは、なかなか凝っている。これは2コーラス目前にも繰り返されて、聴く側を少し緊張させる(そこが狙いだろうけれど)。

 

BEATLESの楽曲の中でも、音楽評論家達の間では、絶賛の声と、駄作の声が極端にある、特に評価の分かれる曲となっている。

しかし、個人的には、ジョンやポールには書けないタイプのジョージの傑作の1つだと思う。

“Somethingや“While My Guitar Gently Weeps”は純粋に名曲だが、ここに聴けるサウンドの凄さは、ジョージの才能の開花を、これでもかと感じさせるからだ。

 

 

 

 

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★110位

【The Word(愛のことば)】

<RUBBER SOUL>1965.12/3=2:42=

 

歌っているのはジョンだが、歌詞はジョン主体で、曲はポール寄りで作られた、ジョン&ポールの共作曲。

この曲から始まった「愛」という感情や概念を歌った歌。

ジョンは、“この曲はもっとも初期のBEATLESのメッセージソングだった”と言っている。

若者のリ代弁者から、次第に文化的なリーダーになっていった時期の彼等の変化でもある。

 

ビートルズの英国での6枚目にあたるオリジナルアルバム、「RUBBER SOUL」の6曲目に収録されたナンバー。

ジョンがリードVoをとり、ポールとジョージがコーラスを付けている。

 

1965年も「1年に2枚のアルバム」のノルマをこなすべく、10月半ばから「RUBBER SOUL」のセッションは開始された。

実質このアルバムは1ヶ月足らずでレコーディングから完成までに至っている。

しかも、レコーディングのセッション開始の時点では、録音できる曲のストックがなかったようで、それで、この名曲群のラッシュというのだから驚く他ない。

アルバムのクオリティは尋常ではないし、彼等のこの時期の創作意欲と才能には目を見張るものがある。

音楽の進化と可能性を自ら肌で感じたこと(特にジョンとポール)は、大きく関与していると思う。

 

この曲は1965年11月10日、アビイ・ロード第2スタジオにて録音された。

同じ日には「君はいずこへ」のリメイクが行われている。

3テイク録音された後に、オーバーダブを重ねて完成させている。

 

ポールはこのアルバムのセッションより、リッケンバッカー4001を使用し始めている。

そのベースプレイも、後期のサウンドを予感させ、フレーズもまた然りである。

ピアノもポールで、下降するフレーズが見事だ。

イントロのピアノもポールだが、たった3音で、ソウルフルな曲調をイメージ付けている。

 

メロディが単調な分、アレンジに力を入れていて変化を付けているのを感じますね。

バッキングのギターもベースと良い絡みでノリがカッコイイ。

コーラスも独特だ。

 

ポールは、本作について「ジョンと僕は“Long Tall Sally”みたい記憶に残る曲が作りたかったんだ。たった1つの音で良い曲を書くのは難しいんだ。それがやりたかった。“The Word”ではそれに近づけたんじゃないかな」と語っている。

 

“愛のことば”は、やがて“愛こそはすべて”になっていくのだ。

 

 

 

 

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