トリジローのTHE BEATLES全曲解説 & My Best Ranking -10ページ目

トリジローのTHE BEATLES全曲解説 & My Best Ranking

THE BEATLESファン歴は、約半世紀にて、また、研究し続けて、早40年の、トリジローと申します。

まだ、誰も成し得ていない、全213曲+のランキングと解説を、同時に、そして独自に掲載していきます。

これぞ、究極のTHE BEATLES解説にも挑みます。

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★91位

【She's A Woman】

<Single & PAST MASTERS Vol.1>1964.11/27=3:02=

 

武道館の日本公演でもお馴染みの、ポールの書いたR& Bスタイルの傑作。

 

初期の、普遍的なR&RやPOPSなどから進化して、アーシーなロックを書こうとしていたのが、シングルA面の“I Feel Fine”と、B面のこの曲ではなかろうか。

なので、曲が足りなかったアルバム「BEATLES FOR SALE」にも収録していないのは、明らかに収録するには先を行く2曲だったからであると思うのである。

そう、正に革命的な2曲だったと歴史は教えてくれている。

 

1964年10月8日、セント・ジョンズ・ウッドを歩きながらポールは曲が浮かび、その日のうちにアビイロードスタジオで録音。

上記で書いたように、シングル“I Feel Fine“のB面に収録されたので、後の赤盤やPast Masters Vol.1に収録されるまで、アルバムには収録されていない。

 

ポールが敬愛するリトル・リチャードからインスパイアされたと後に語っている。

ポールは、“ブルースを目指した曲。オフ・ビートを刻んだジョンはさすがだね”と言っている。

 

歌詞もポールのものだが、それまでのGirlからWomanを意識して使っている。

更に、ポールの歌詞にジョンがこの1フレーズを入れてきた。「Turns me on」という言葉だ。

これは、直訳すると“僕を元気にしてくれる”という、マリファナ絡みで使う言葉で、この言葉を口に出すことを彼等はワクワクしていたのだ。

レコード化した歌詞で、こういう隠語をったのは、これが最初だった。

これは、この歌詞を書く5週間前に、ボブ・ディランに勧められて、初めてマリファナを吸ったことと大いに関係があるだろう。

だが、後の“A Day In The Life”で使用した「Turns You On」という歌詞では放送禁止処分となってしまうが、この曲に御咎めが何もなかったのは、この当時、取り締まる当局側もまだドラッグカルチャーを学んでなかったからだろう。

 

イントロは、裏のリズムから入る変則的なもので、E7→ D7と弾き、→ A7となるところで、BassとDrが加わってくる箇所で、ジョンのギターのカッティングの裏打ちが明確になり、このまま曲の最後まで弾き続ける。

なかなか捻りの効いたイントロである。

 

ポールの当時の自信作の1つだが、ピアノもまだお世辞にも上手いとは言えない時期だ。

 

一気に、全部で7テイク録音し、6テイク目を使用。それに、ピアノとチョカルホ等を加えて、アッという間に完成してしまった。

演奏は少々粗いとは思うが(でも、センスはある!)、街中で曲が浮かび、翌日にレコーディングを終了とは、この頃のBEATLESは神懸かり的としか言いようがない。

 

ポールの最後のシャウトも聴きものだ。

 

余談だが、日本公演で、ジョージはこの曲で愛想良く笑顔で何度も手を振っているが、何をするか分からないジョンとかならまだしも、バッキングの多いジョージが何で演奏してないの?とこれが中学生時代には不思議だったが、後に真相が判明した。元々、ジョージは2コーラス目からしかレコーディングしておらず、1コーラス目はやることがなかったのである(笑)。

 

 

 

 

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★92位

【You've Got To Hide Your Love Away(悲しみはぶっとばせ)】

<HELP!>1965.8/6=2:08=

 

ジョンの歌声に尽きる、初期の素晴らしき曲。

この曲の特徴は、ベース以外は、全編アコースティック演奏である楽曲であることだ。

 

とにかく印象的な、あの“Hey!”という掛け声は、BEATLES史に残るもので、ジョンの少し枯れた低めのトーンの声で歌う、その説得力たるや!

他のメンバー…ポールでさえも絶対に無理なことなのだ。

 

そして、あの映画でのシーンが思い出させる曲でもある。

 

そもそも、この曲は、ジョンが、思い切りボブ・ディランから影響を受けた曲で、歌詞も歌い方も曲調も、その影響力たるや半端なく、ジョン自身も“僕のディラン時代”と言っているほどだ。

但し、そこはフォローしたい。影響は受けつつ、ジョンと言う人は、上手く盗んで、自分の個性のものにしてしまうのだ。それは、天才の持ち得る才能の1つだ。

それに大して、ポールは影響を消化していくタイプだ。影響を受けたものより更に上のレベルの楽曲を提示してしまうのである。これまた天才の成せる業だ。

ジョンは、個性の塊だから、自分色に簡単に染めてしまうのである。

 

“Love Me Do“のアンディ・ホワイトを除けば、この曲のレコーディングで初めて外部のミュージシャンを使った曲でもある。

ジョン・スコットという有能なフルート奏者である。

外部ミュージシャンを敢えて使ったということは、早くも、この曲が収録されたアルバム「HELP!」の時点で、彼等の音楽性が段々と広がり始めいて、自分たちが演奏出来る楽器だけではイメージ通りの音楽表現 が出来なくなってきていることを示す事実だと思うのだ。

 

さて、肝心のギターサウンドだが、ジョンの12弦ギターのストロークがメインである。これが心地良い。

そこに、ジョージのアコGが加わる。

ジョージも12弦をオーバーダブしていて、11弦と12弦のチューニングを1音下げて、Eから→Dにしている。

 

ジョンの歌うサビの後すぐに♪Dsus 4 → D → Dadd 9 → Dとクリシェになる部分も心地良いの一言。

ジョンもポールもジョージも、コード進行をひと工夫することを常に考えて実践していた。

ここもまた、彼等が天才である所以であり、どんなに忙しくとも努力を怠らなかったことでもあり、結果、どんな曲(アルバムのB面曲のような)でも非常にレベルの高い曲へと昇華していくのである。

そして、この、何処までも拘った細かい要素が、半世紀以上経っても飽きられない、何度聴いても新鮮である証拠なのだ。

 

ベースは、ヘフナー仕様だが、かすかにしか聴こえない。

これは、冒頭で書いた通り、全編アコースティックサウンドにしたかったことが影響していると思う。

リンゴも、Drは叩いていなくてブラシのみ、あとは、タンバリンとマラカス(これはポールかも知れない?)しか叩いていない。

それだけ、ギター(アコギとエレキ)を前面に出した試みであり、ギターとジョンのVoだけでリズムを伝え切る凄みも感じるのである。

 

録音したのは9テイクで、使用されたのは、第9テイクである。

 

ちなみに、この曲は、英国のストリートミュージシャンが、BEATLESナンバーで最も良く歌っている曲の1つだそうだ。

 

 

 

 

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★93位

【I'll Follow The Sun】

<BEATLES FOR SALE>1962.12/4=1:47=

 

ポールが16才の時に書いた曲で、BEATLESにしては珍しいフォーク系の名曲である。

 

シンプルだが、歌詞もメロディも優しさに溢れていてるの一言。

 

しかし、意外なコード進行の展開の曲でもあるのです。

Dm→Fm6→C→C7から、Dm→Fm6→C→Dmという変化も良いが、ジョンは、Fm6をFmで弾いているし、G→F→C→Dの、Fの音がadd9になっている。この辺りは、ジョンのちょっとしたキラリとしたセンスですね。

これは、“I’m A Loser”や“You've Got To Hide Your Love Away”でも、この押さえ方が出てくるので、結構、ボブ・ディランあたりから影響を受けたものではないかと思うのです。

 

実は、ポールは、

“この曲を取り立ててレコーディングしたいとは思っていなかったよ。ロックバンドには似合わないとも思っていたしね”

と語っている。

ただ、さすがのBEATLESも、ツアーに次ぐツアーの合間に新曲4曲は間に合わず、この曲もレコーディングしたのだ。

カバー6曲も入れためにオリジナル曲が弱くなったアルバム「BEATLES FOR SALE」を密かに救ったと言えるのが、ポールの曲であるこの曲だと思う。

今となったら、レコーディングしてくれて、ありがとう、である(^O^)/。

 

歌い出しの“One day you' ll look to see I' ve gone♬”のジョンとのデュエットはユニゾンだが、ユニゾンのせいなのか、いつもははっきり声質が分かるジョンの声がポールにも聞こえたりする。

ポールのダブルトラックかと思う程である。他の2人のデュエット曲にはない感じなのである。

しかし、本当に美しいサビのハーモニーは、はっきりジョンと分かるけれど。

 

録音は割とスムーズだったようで、第7テイクで完奏し、次の8テイク目でベストテイクが生まれたからだ。

 

リンゴはリハーサルではDrを叩いていたが、曲に合わなくて悩んでいたところポールが膝を叩いたらどうか?というアイデアを出し、リンゴの膝の間にマイクのセッティングをしたらこれが見事にハマったらしい。

ジョンの弾くJ-160 Eのアコースティックギターは美しい。

ギターのコードが、7thになったり、6thになったりするセンスも見事だなあ。

ジョージの間奏のエレキギターはメロをなぞっているだけだが、曲の強弱が感じられるので自分的には悪くないと思う。

 

この曲が、後の“I Will”や“Black Bird”に発展して繋がっていったのだと個人的には思う。

“And I Lover Her“が後の“Yesteday”“Michelle”に熟練して繋がっていったのは違う傾向でね。

 

ちなみに、「アンソロジー」には、BEATLESがまだクオーリーメンだった頃に、ポールの自宅で、ジョン、ジョージ、スチュアート・サトクリフがこの曲を練習している貴重な音源の一部が映像版で流れているのだ。

 

そして、もう1つ余談ですが、英国では、葬儀の出棺の際には音楽を流しますが、この曲を選ぶ人も結構いるそうなのです。

 

 

 

 

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★94位

【Magical Mystery Tour】

<MAGICAL MYSTERY TOUR>1967.11/27=2:49=

 

1967年12月にBBC One放送された同名のテレビ映画の主題歌で、同名のEP盤とキャピトル編集盤の表題曲でもある。

 

歌詞は映画を前提としたもので、1967年4月初めにアメリカを訪れたポールが「ビートルズが観光バスに乗り込んで旅行し、予測できない“マジカル”な冒険をするショートフィルム」を制作することを思い立った。

主題歌を作る必要があると考えたことから書かれた曲で、映画のオープニングテーマとして使用され、聴衆に対して不思議なミステリーツアーへの参加を呼びかける楽曲となっている。

主にポールによって書かれた楽曲だが、歌詞の一部をジョンが手伝っているくらいだが、何故かポールはジョンとの共作と言っている。

 

楽曲が制作された当時、ビートルズはLSDを服用していたことから、歌詞は薬物への明示的な言及と解釈されることもある。はてさて…。

 

基本的には、サビとアウトロしかない曲なので、テンポを変え癖を付けつつ、ひたすらポップオペラの序章のような雰囲気を曲全体に漂わせている。

単純な繰り返しで、ここまで飽きさせないのは流石である。

勢いに乗っている時代のポールの、一気に作り、一気に才能をほとばらせている感が曲に現れていて圧倒される。

何といっても、このオープニングの、これから何かが始まるぞ、というワクワク感がとんでもなく凄いことに尽きるのだ。

 

1967年4月25日、アビイ・ロード第3スタジオにてリハーサルを開始。

ポールがピアノを弾きながら、みんなに曲を説明しながらトランペットを入れる事などを決定。

この後、すぐに録音が開始される。

 

この曲の特徴と言えば、何といってもブラスアレンジでしょう。

ブラスサウンドがいたるところで非常に効果的に使用されている。特に "... waiting to take you away." からの細かなタンギング奏法には唸りますね。

 

そして、最後のサビの部分 "The magical mistery tour..."からは 3拍子(2泊3連)になりますが、驚くことにブラスだけ4分音符、つまり2拍子系で演奏されており、一種のポリリズムを構成している。

そしてエンディングの、ポールが弾くピアノがとても幻想的な雰囲気を残している。

 

ベースもまた見事で、特に間奏のベースは、ソリッドなトーンを活かした躍動感のあるフレーズを用い、白玉のブラスとの対比が美しい。

サビのコード進行では、D→C→B→Bb→A というポールお得意のクリシェが見え隠れしている。

 

途中でジェフ・エメリックがEMIの倉庫から探し出した「バスの効果音」が左右に走り抜けていく。

 

基本はポールがメインVoで、コーラスがジョンとジョージですが、一部、ジョンがメインの部分がある。

ポールとジョンが交互に歌う、いわゆる、こうした形態はスイッチング・ボーカルといいますが、これも、BEATLESの魅力的な特徴の1つですね。

 

このテレビ映画自体は、高視聴率ながら、批評家等から酷評され、アメリカでの公開は見送られ、放送されたのは何と10年後の1978年である。

しかし、世の中は80年代にMTV(良く79年から始まった)の時代になり、この映画の映像は、元祖MVTと呼ばれ、再評価されることとなるのである。

今観ると、実にサイケデリックで、当時の前衛的な部分が詰め込まれていて楽しいし、時代が50年経って、逆にこの独特な映像が斬新に感じられるのが不思議だが、無意識に、音楽も映像も当時から時代を超越していたのだろうと思わされる。

 

 

 

 

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★95位

【P.S. I Love You】

<Single & PAST MASTERS Vol.1>1962.10/5=2:02=

 

ポールが、ハンブルク遠征中に、恋人に宛てて書いた曲。

しかし、そんな一聴するとシンプルに聞こえがちな曲ながら、実に練られた楽曲である。

 

20才そこそこのグループがこれだけ洗練された曲を作り、演奏していた事実が驚きである。

 

デビューシングルの“Love Me Do”のB面に収録された曲。

レコーディングの良さも含めて、この曲をシングルのA面にしようという話も出たという。いや、むしろ、本当はA面候補だったが、すでに同名曲があったので、A面には出来ないとの判断が最終的に下された。

結果的には、後の成功の流れを見れば、A面は”Love Me Do“で良かったのかな?とは思うが、楽曲は、こちらの方が優れていると思う。 

時々思うのだが、もし“P.S. I Love You”がデビューシングルになっていたら、その後の彼等のキャリアは少し違っていたのだろうかと。もちろん、同じように大成功を収めたことは間違いないとしても、印象が少し変わったのかも知れない。

 

それから、シングルのA・B面共にポールの作品というのは、このデビューシングルのみである。

(ちなみに、ジョンも2曲しかない)

 

ポールは、昔の恋人のことには触れず、「手紙をテーマにした曲で“Paperback Writer”などと同じようなアイデアだよ」と後に答えている。

また、ジョンは、「ポールはシレルズの“ソルジャー・ボーイ”のような曲を書こうとしていた」と言っている。

 

コーラスが、かなり独特で、ユニゾンから3部コーラスの流れまで次々と変化していくという、難しい、カヴァー泣かせのハーモニーである。

2回目のサビでのコーラスの間に入る3人の合いの手が、それぞれの個性が出ていて、魅力が凝縮されていて、いつも、ここを聴く度に未だにニンマリしてしまう。

ジョンが“Oh~!”とシャウト、ポール が“You know I want you to”高音で言葉のフレーズ、 ジョージが“Yeah!”と控えめに発する、その部分だ。

もっと言えば、直情的に訴えるジョン、気合いで攻めるポール、クールに決めるジョージ、といったところか(?)。

それぞれが歌って、そのまま3部コーラスでエンディングを迎える洒落たアレンジでもある。

 

リズムをとっている音もマラカスと、スネアのリムをスティックで叩くクロススティックだけという、非常にシンプルになっている。

残念ながら、レコーディングでのDrは、A面(Love Me Do)と同様にアンディ・ホワイトが叩いている(リンゴはマラカス担当( ノД`))。

“Love Me Do”は、リンゴが叩いたVer.も存在するが、この曲には存在していないのだ。

ちなみに、ジョージ・マーティンのアシスタントであったロン・リチャーズは回顧している。

「リンゴはコントロールルームで僕の隣におとなしく坐っていたよ。そこで僕は彼に“P.S. I Love You”でマラカスを振ってくれないかと頼んだ。“何かしてほしいことがあればやるよ。何もやらなくていいの?うん、分かった”と、こんな感じさ。“俺が!俺が!”みたいなところが全然ないんだ。リンゴは本当に素敵な奴だった」と。

 

録音は、全10テイクで、10テイク目がベストで使用された。

 

 

 

 

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★96位

【Any Time At All】

<A HARD DAY’S NIGHT>1964.7・10=2:10=

 

初期のアルバム「A Hard Day's Night」のB面1曲目を飾る、ジョン主導の勢いのある楽曲。

 

本作のレコーディングは、1964年6月2日にEMIスタジオで行われた。

午前中にこの曲に取りかかり、7テイク録音したものの、中間部分がまだ未完成だった為に夜に持ち越した。

スタジオに持ち込まれた当時は歌詞が未完成で、この時にポールによってミドルエイトの歌詞が追加で書かれた。

 

リンゴのドン!という、センス抜群のスネアとキック1発のみで始まるイントロの流れは勢いを感じさせ、ジョンのシャウトからの歌い出しは最高です。

当時は衝撃的だったことでしょう。

ジョンはこの曲について、“It Won’t Be Long”の影響下にある曲だと語っていますが、自らがそういう通り、マイナーキーから始まるサビからの、Aメロでメジャーに変わる展開は基本的には同じである。

また、Aメロでは、現キーDからGmに移行する流れは、後の“The Night Before”でも見られるような4度マイナーコード(Gm)の響きがなかなか新鮮であるのです。

そのAメロは、見事に、彼等の得意のクリシェ(半音下降)が綺麗に描かれている中でのGmなので、余計に印象深い感じがするのです。曲作りが本当に上手い!

 

サビパートの“Any Time At All~”が3回繰り返されるが、2回目はジョンにとってはキーが高いことから、ポールが歌っている。しかもポールのダブルトラッキングである。

これは、BEATLESの他の楽曲ではたまに見られることでもある。

 

印象深いのは裏メロを弾いているギターで、要所で長いアルペジオを弾いている部分があり、ロックンロールにポップスのフィーリングを足しているように感じますね。

ギターは、ジョージがリッケンバッカー12 弦とホセ・ラミレスのクラシックギター、ジョンがリッケンバッカー325とギブソンJ-160 Eで、 4本のギターが使用されている。

 

それから、BEATLESを感じさせるもう1つは、Aメロのコード進行とは違う、クリシェでピアノが下降してコードを鳴らしている点である。

これが、彼等の隠し味である、この曲の隠し味である。

 

意図は不明だが、イギリス発売用とアメリカ発売用の2種類のミキシングを行っている。なので、イギリス盤とアメリカ盤では間奏が異なる。

アメリカ盤に収録されているモノラルミックスのみ、間奏のピアノが遅れてフェード・インしてくる。

ちなみに、この曲は、アメリカ盤「A Hard Day's Night」には収録されず、1964年7月20日リリースの「Something New」に収録された。

現在、このモノラル・ミックスはCD盤『Capitol Album 1』に収録されている。

 

 

 

 

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★97位

【The Night Before】

<HELP!>1965.8/6=2:34=

 

アルバム「Help!」に収録された、正にポールらしいラブソングの決定版で、隠れた名曲である。

とはいえ、日本のみ、シングルA面曲としてシングルカットされたので、日本では隠れてはいないのかも知れないけれど。

 

ポールが3分でサクッと書いてしまったような曲調でもあるが、そこにポールの恐ろしい才能が見え隠れするのだ。

どう切ってもポップなメロディラインですが、所々でブルーノートを使うのがロックンロールのルーツが見え隠れする感じで、彼等らしい。

コード進行も絶妙で、キーがDで、Aメロのマイナー風に変わる中で「Gm6」を入れてくるのが独特な感じを醸し出している。

イントロも、Dから3度進行であるFメジャーに移行する流れも今では良く見られるものだが、当時はなかなか斬新な展開であったと思う。

 

ポールのダブルトラックのVo。

追い掛けるのは、ジョン(下)とジョージ(上)のコーラス。

BEATLESといえば、ジョンのVoにポール&ジョージのコーラスがイメージも強いし、実際に多いが、このジョン&ジョージの後追いコーラスも大好きである。

 

リードギターは、ポールとジョージ。

1オクターブ変えて、同じフレーズ&音を弾いている。BEATLESの他の曲で、ありそうでない間奏なのである。

ポールのギターは、エピフォン・カジノを珍しく弾いている。

オクターブ上がジョージで、下がポールである。

 

ちなみに、このポールの弾くエピフォン・カジノをジョンもジョージも気に入り、翌年に購入していて、かの日本公演はジョンもジョージもカジノを使っていましたね。

 

ジョンは、ピアネットという、子供が弾くピアノを弾いている。

ジョン自身がレコーディング楽器を録音したのが、この曲が初めてである。

つまり、ジョンのピアノ、ポールのギターと、メンバーが固定された楽器でレコーディングしてきた初期から離脱し始めた最初の曲とも言えるのです。まだまだ大人しい段階のものですけれどね

 

リンゴのドラムは、リムショットを使う(一部、I Feel Fineと同じフレーズが出てくる)、リンゴ独特の奏法になっている。

 

この曲は1965年2月17日、アビイ・ロード第2スタジオにて録音された。

たった2テイクで完成させている。

 

イントロのコード進行は、D→F→G→A7と、段々盛り上がるシンプルな構成のように思うが、いきなり3小節目のFで転調しているのである。

サビでは、5度マイナーになり、転調していくという構造にもなっていてスパイスも効いている。

 

歌詞は、昨晩に一緒に過ごした女性の態度が、翌日には全然違っていたという歌。

 

映画「Help!」では、「草原でのレコーディングシーン」というシュールな場面で使用されていて印象的であった。

 

 

 

 

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★98位

【The End】

<ABBEY ROAD>1969.9/26=2:05=

 

泣いても笑っても、BEATLES解散までの本編(Her Majestyは除く)としての最後となる曲。

そして、アルバム「ABBEY ROAD」の、かの有名なB面のメドレー(The Long One)の8曲目にあたる楽曲で、メドレー全体を締めくくる楽曲でもある。

 

メドレーのラスト3曲はすべてポールが作曲しているが、この“The End”ももちろんポール作である。

この曲で、存続不可能と化したBEATLESの終焉を音楽に託した曲となっているが、発表から半世紀が過ぎても、未だ涙なくしては聴けない曲でもある。

 

ポールが書いた1番最後に出てくる歌詞である「And, in the end, the love you take/ Is equal to the love you make.(そして結局、あなたが受ける愛は、あなたが与える愛に等しい)」というメッセージが歌われるという構成になっている。

ポールは、「メドレーをちょっと意味のある連句で締めたかったから、シェイクスピアを追求して書いた」とコメントし、ポールに多い物語調の歌詞を嫌っていたジョンは「ほら見てみろ、アイツだって書こうと思えばこういう哲学的な歌詞が書けるんだ」と皮肉半分に賞賛した。

この歌詞は、BEATLESが残した歌詞の中でも、英米ではもっとも有名なフレーズの1つとなったのである。

 

また、この曲は、BEATLESの公式曲で唯一、リンゴがドラムソロを披露した楽曲ともなっている。

リンゴはドラムソロが死ぬほど嫌い(そういう考え)だが、ジョージ・マーティンの説得で、何とか了解したものであるが、後年、やっておいて良かったと回顧している。

 

そして、この曲の最大の特徴は、ポール→ジョージ→ジョンの順番で、3回づつ(各2小節づつ)、ギターソロを弾いていることだろう。

曲のイントロや出だしのフレーズが得意なポールの口火を切るソロ、間奏を長年弾いてきた繋ぎの上手さのジョージ泣きのギター等、そして、ソロよりリズムギターが得意なジョンらしい元祖オルタナ風な独自なフレーズの、それぞれ3人の個性が、たったこれだけの短い小節に詰め込まれているのが素晴らしいの一言である。

その時のレコーディングまでの模様はこうだ。

リズム・トラックを録ったままになっていた部分をどうしようという長い議論の中でジョージの「当然ギター・ソロだろう」との提案にジョンが冗談まじりに「ああ、だが今度はオレに弾かせろよ」と言った。

全員が笑ったが、ジョンは半ば真剣だったとエンジニアのジョン・エメリックは回想している。
ジョンは、わざといたずらっぽい声で「全員がかわりばんこでソロを弾こう」と言った。ジョージは一瞬、疑いの目で見たが、ポールはそのアイデアを気に入り、「だったら3人一緒にライブでやろうよ」と更にハードルを上げた。

ジョンは、この案に飛びついたという。しばらく見ていなかった本物の輝きの目をしていたと。

それは、ジョンの行動にも表れていた。それはこうだ。

打ち合わせの間も常にヨーコはジョンの横にいた。だが、いよいよレコーディングという際、ジョンはヨーコに珍しく“ここで待っていてくれ、すぐに戻るから”と言った。

常にジョンの隣にいたヨーコはショックを受けたようだったが、言われた通りコントロールルームの窓際に座っていて、スタジオには入らなかった。ジョンは、もしヨーコが一緒にスタジオに来たら皆の雰囲気を壊して、やる気をなくしてしまうだろうと感じ、このレコーディングは3人だけでやるべきだと決めていたようだった。

ジョン、ポール、ジョージはまるで少年時代に戻ったように一緒にプレイする喜びに浸っていたという。

ジェフ・エメリックが3台のギターアンプでそれぞれの個性に合うような独自のサウンドを作った。さすがはエメリックである。

 

3人は、1発撮り、1テイクで決めた。

録音を終えた3人は、互いに意思表示はしなかったものの、満面の笑みを浮かべていたという。

恐らく3人は、これが一緒に演奏する最後だと分かっていたのだろう。

現に、エメリックは、回想で、これが最後のプレイだと分かっていて、辛い別れの瞬間だったのかも知れないと感じたと後年に書いている。

 

自分は、この一連の話が大好きだし、同時に、恐ろしいくらいの切なさを感じるのである。

 

コーラスは3声ではなく4声である。高音部のパートも美しい。

ピアノもポールである。

 

レコーディングは、1969年7月23日にEMIスタジオのスタジオ3で開始された(8月16日に終了)。

テープ・ボックスには「Ending」と表記されていた。

 

THE BEATLESは、この録音をもって、4人揃ってのレコーディングは永遠に最後となった。

 

 

 

 

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★99位

【Glass Onion】

<THE BEATLES(WHITE ALBUM)>1968.11/22=2:17=

 

ジョンの作品。

イギリスの俗語で片眼鏡をグラス・オニオンといい、ジョンは自分たちの曲を分析し、勝手な解釈をする人たちをからかう為に、詞の中に意味のありそうな言葉を並べ、分析させようとした彼一流のジョークという曲。

 

歌詞の中には、“Strawberry Fields”“Lady Madonna”“fool on the hill”“Fixing a hole”のBEATLES自身の曲のタイトルが引用され、挙句は、“Walrus was Paul(ウォルラスはポールだった)”などという読み手を混乱させるような言葉遊びをしている。

そう、ポール死亡説がサージェント・ペパーズの頃から何故か世に広まり出し、様々な推測を出す人達をからかおうとした訳ですが、上記の“ポールはセイウチだった”、という歌詞を作った事により、余計に死亡説が広まる事になったのでした。

 

ジョンのボーカルや鋭いギターなどのハードな雰囲気によって「刺さる」一曲となっている。

ジョンのボーカルはかなり攻撃的で、ストレートな感じがこの時期にしては心地良い。

ジョージのギターは、ここではストラトキャスターで、ディストーションをかけ、高音域でアクセントを付けている。

凄いのは、終始、曲のサウンドを引っ張るポールのソリッドなベースである。リッケンの4001だが、これが恐ろしく音が固い。RUBER SOULの頃のポールのベースサウンドとは、ここまで違うのか、というような音である。

中期のポールのベースも最高だが、後期…特にWHITE ALBUM以降のベースは神懸っているとしか言いようがないサウンドとフレーズである。世界で初めてメロディベースというものを確立した人の才能は計り知れない。

このサウンドは、後年のベースプレイヤーにどれだけ影響を与えたか。

そして、リンゴの引き締まったドラムも素晴らしいプレイで、要は、良い曲のみならず、シンプルながら全体的にも良い演奏になっているのである。

録音順は違うとはいえ、WHITE ALBUMの3曲目にあたるこの曲……実は、1&2曲目が何と偶然にもポールがDrを叩いているので、余計にこの曲にBEATLES感を感じてしまうのである。

 

この曲は、1968年9月11日に、アビイ・ロード第2スタジオにて、録音が開始された。

この時期はジョージ・マーティンが休暇を取っていたために、便宜上クリス・トーマスがプロデューサーだった。

ドラム、ベース、アコギ、エレキのシンプルな編成でリズムトラックを34テイク録音し、第33テイクがベストテイクとなった。

ちなみに、このレコーディング日の8日前(1968年9月3日)から、アビイロードスタジオは8トラックレコーダーを使用出来るようになったので、この曲は、その8トラを使用して録音されている。

その後日、ポールのピアノと、リンゴのドラムを録音。

更に後日、ポールは歌詞で歌われる「Fool on the Hill」の部分に、元曲の“Fool on the Hill”で使われたリコーダーのフレーズを追加する事を思い付き、オーバーダビングする。

また更に、ジョンはまだ何か足りないと思ったのか、電話のベルの音や、ガラスを割る音、そしてテレビ音声などをミックスしたサウンドエフェクトを作り、この曲のエンディングに付け足した。

休暇明けに、この曲を聴いたジョージ・マーティンのアイデア(ジョンも了解)でストリングスを入れることになり、10月10日のレコーディングで全編に入るストリングスはビオラ、チェロを強調したアレンジとなった。

正にマーティンサウンドの真骨頂=BEATLESサウンドである。

 

ちなみに、この曲のタイトル「Glass Onion」は、元々はアップルでデビューしたバンド「アイビーズ」が再デビューする際に、ジョンが出したバンド名の候補だった。

最終的にアイビーズは“With A Little Help From My Friends”の原題だった“Bad Finger Boogie”からとった「バッド・フィンガー」としてデビューした。

 

「セイウチとは友達なんだ」「セイウチはポールだった」という、過去形のようになってしまっているジョンの歌詞や、ポールの曲群を多く挙げ、後は君に任せるよ的に感じてしまう、何かとても悲しく切なくなってしまうのは自分だけだろうか…。

ジョンは、ポールへの感謝の詩と言っているのだが…。

 

 

 

 

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★100位

【Please Please Me】

<Single & PLEASE PLEASE ME>1963.1/11=2:00=

 

BEATLES革命はここから始まった!といって良い曲。

 

2ndシングルとして、1963年1月にリリースされた曲である。

この曲のヒットを受け、急遽1stアルバム「Please Please Me」(1963年) が制作されました(7曲目に収録)。

英国では第2作シングルとして2位を記録。米国ではデビューシングルとして発売され、再発版が64年に3位を記録。

シングル盤のB面曲は、イギリス盤およびアメリカ盤第1版には「アスク・ミー・ホワイ」、アメリカ盤第2版には「フロム・ミー・トゥ・ユー」が収録された。

 

ジョンがミミ伯母さんの家で作った曲ですね。

曲を書いている時、Roy OrbisonのOnly The Lonelyが流れてきて着想を得たということを後になって認めている。

プロデューサーのジョージ・マーティンが曲のテンポを早めるようにビートルズに要求して、良い具合に仕上がったことをポール・マッカートニーはインタビューで答えている。

自分たちよりも良いテンポを提案されてちょっと恥ずかしかったと言っています。

やはり、ジョージ・マーティンは、すでに敏腕プロデューサーであったことが伺えるエピソードである。

 

一種の言葉遊びになっており最初の"Please"は「どうぞ〜」という間投詞で、2番目の"please"は「〜を喜ばせる」という他動詞。

よって、「どうぞ僕を喜ばせてください」という意味となる。これはビング・クロスビーの1930年代の楽曲「Please」からヒントを得たもの。

 

録音は、1962年9月11日で、かのデビューシングル“Love Me Do”と同じ日である。その日の深夜に録音が開始された。

しかし、正式なテイクが録音されたのは1962年11月26日である。

全部で18テイクを録音し終えた後、ジョージ・マーティンはスタジオのトークバックでこう語りかけた。

「おめでとう。ナンバーワン間違いなしだ」

 

ハーモニカはもちろんジョン。ポールとジョ-ジの追っかけコーラスもここで初めて登場します。

 

主旋律のジョンとポールのコーラスが入れ替わる。

デビューシングル2曲目で、ここまで複雑なことをやっていることに驚きである。

具体的にいうと、サビの部分で、通常ならジョンとポールの2人の場合は、全BEATLESの曲群でも、上のパートは概ねポールなのだが、ここではポールが下を歌っているのだ。

で、Like A Please You~では何故かポールが主旋律を歌い、ジョンが下のコーラスパートで歌っているのだ。

もっと驚きは、Eの音で始まるジョンのVo主旋律に対し、ポールは上の5度でも3度でもなく、ずっとEのままで歌っているのである。これは、それまでのPOPSの既成概念のない、それまで誰も聴いたことがないハーモニーになっているのである。これは、聴く側の緊張感と高ぶりを感じさせ、また、これを若干20才で考えるセンスと才能の凄さには驚嘆するしかない。

50年代から始まったロックンロールを1段も2段も進化させた、これが正にBEATLESなのである。

 

そして、ジョンとジョージのぎたーのコードも一部、変えているのであある。こういう試みも正にBEATLESで(どの曲にも)、実験が常にあるのだ。

 

もちろんファンなら誰でも知っていることでは、モノラルVer.はシングル、ステレオVer.はアルバムで聴けますが、アルバムVer.ではジョンが、I Know You Never~の歌詞をWhy I Know Never~と間違えて歌ってしまっていて、かつ、その後のC‘mon~で自ら笑ってしまっているのが何とも微笑ましく最高ですね。

 

正に、初期BEATLESの原型になった曲と言っても過言ではない曲。

 

 

 

 

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