5月8日(金)に正式オープンを前に、昨日6日(水)は、ジャカルタ在住であり
ながら、鳥元バンドンをご利用いただいているお客様を鳥元ジャカルタにご招
待させていただき、日本から招聘しました日本人シェフ鐘ヶ江が企画し、同氏
を中心として作った特別料理をお楽しみいただきました。
急な催しものだったに拘わらず、予想を大きく大きく上回り、約130名の方々
に、ご来店いただき、JALAN,WIJAYA 1 (ウィジャヤ通り) の交通渋滞の原因
を作ったほどになりました。
盛況のもようは、後日、写真で、お案内させていただきます。
店内が、ほぼ満席という時点で、伊藤忠インドネシアの市村社長様に、乾杯の
音頭をとっていただき、とても、光栄でした。
私も、若い頃の13年間、お世話になった会社です。25歳の年に、語学研修生
として、この第二の故郷インドネシアの土を、始めて、踏むことになったのも、
学校卒業後、この会社にお世話になったからこそです。
その後も繊維のビジネスで、直接、間接に、たいへんお世話になっており、足
を向けては寝れない恩ある会社です。
同社が世界の各地にアメーバのように張りめぐらすネットワークというのは、
単に、各地にオフィスや工場があるからというわけではないという事実は、今、
会社の外から、しかも海外で、この巨大企業を見させていただいている私たち
だからこそ、理解できると思います。
昔から、「城は石垣。企業は人。」と言って、社員を大事にされる会社でした。
私のように、中途で、会社を去った人間までも、大事にしておられる会社は、
世界にも、そう多くはないと思います。
このインドネシアにも、伊藤忠出身の日本人の方々が、たくさん、おられる
ことを鳥元を通して、始めて、知りました。それに、同社出身のローカルスタ
ッフを入れれば、この国だけでも、とてつもない大企業ができるほどの多く
の人材を育成、輩出されているわけです。
因みに、ワコールインドネシアのスルヤディ社長は、私のジャカルタ駐在中、
繊維原料の販売担当のスタッフで、とても、仲良くさせていただきました。
これが、強固でワイドな同社の世界ネットワークというものなんですね。
オフィスや資金があるからできるといような単純なものではないのですね。
しっかりと血が通っているのです。
歳いっても、考えて、挑戦する私の姿勢は、IDEA & CHALLENGE (昔の同社
の社名 C. ITOH & CO.,LTD 短縮して、CI からきた当時の社是)に由来して
いるような気がしてなりません。
この会社に入社という私の歴史がなければ、鳥元バンドンも鳥元ジャカルタ
もないわけであり、市村社長はじめ、機械、繊維、エネルギー、合成樹脂、
食品など各分野を代表される方々7名に、お祝いに駆けつけていただいたこ
とは、感無量であり、こうしてプログを書いている時でも、目の周りが熱くなっ
て、ちょっと、きそうな感じです。
同社の食料部門の方に、少し、お話をお聞きする場面があったのですが、
輸入米その他の食品で、鳥元の運営にも関係する点が、大いにあることが
分かりました。
総合商社の業態を表す言葉として、昔は、「ラーメンからミサイルまで。」と
いう言葉がありましたが、これまた、会社の外にいると実感できる言葉です。
巨大企業でありながら、このちっぽけな鳥元に関与する部門があり、商材
まであるのです。本当に驚きです。
その他、多くの企業の方々、個人で、仕事をされている各分野の方々に、
たくさん、ご来店いただき、本当に、励みになった日でした。
皆様のご期待の応えるべく、IDEA & CHALLENGE をモットーに、更に努力
したいと思います。
閉店後は、従業員一同、円陣を組み、日本式の1本締めをやりました。
「ようっ、バン。」というやつです。
いいですね。この日本式。
従業員が大喜びです。
国情にもよると思いますが、海外進出されている日系企業さんにお勧めです。
一度、お試し下さい。