ハイエンドオーディオという言葉があって、言い出しっぺはアメリカのアブソリュートサウンドという雑誌と言われている。
1970年代に、アコースタット辺りのプレーナー型スピーカーが出てきて、新世代の真空管アンプとしてのオーディオリサーチが出てくる。
この辺りを出発点とするようだ。
マグネパンの登場も後押ししたでしょう。
それ以前の高級スピーカーというのは日本みたいにJBL、ALTEC、エレクトロボイスが家庭用高級スピーカーを作っていたわけだ。
ただ、本国のハイエンドオーディオの波に飲み込まれて本国での高級家庭用スピーカーのポジションが失われ、特機は別としても家庭用ではアジア主体のブランドになっていく。
プレーナー型の音場表現に低域が欲しいという要求が加わってインフィニティみたいなものが出てきたのだろうし、ダイナミック型でもそういう音場表現ができるものが欲しいということで、ウィルソンオーディオとかティール辺りが出てきて今に至るのでしょう。
何でもアメリカ追従の我が国が、このハイエンドオーディオの動きについては独自の動きをして、プレーナー型が流行らず、ずっとモニター、PAスピーカーのウェイトが高かったのは面白い。
住環境の問題が原因として言われるが、ジャズ喫茶の影響も大きかったと思われる。
一般家庭の部屋で鳴らすことが想定されていないこれらのスピーカーを無理やり使うという日本独自の文化はどう見てもジャズ喫茶の影響でしょう。
最近ではあまり言われなくなったが、かつて日本は世界有数のジャズ消費国という特異な文化があり、これが下地になっていると思われる。
実際、このジャズが流行った時代とオーディオブームが連動しており、この世代の高齢化による世代交代とともに、JBL一強時代が去っていったように見える。
それとともに、ホームシアター普及により室内で画面サイズを確保するためにバッフル面の幅が狭くなったトールボーイスピーカーが出てきて、いつの間にかにバッフル面が狭いと音場感が出るとか理屈がついてトールボーイスピーカー全盛になったように見える。
ただ面白いのは、JBL一強が消えても、モニター神話だけは残っているように見える。
BBC系各種スピーカーしかり、B&Wもそうだ。モニター商法だけはなかなか消えない。最近ではモービルフィデリティのようにレーベルが名義貸しをして機材を売ることすらある。
リスナーは録音時に流れていた音が不明なまま再生を行わざるを得ないオーディオの宿命に耐えられず、何か根拠というか精神の安定を図るものが欲しいという心情がモニター商法を生んだのでしょう。
録音時に使われていたもので再生すれば自分のやっていることは間違っていないと。
ただ、ネットが普及してよその国のSNSというか掲示板を見ると、神格化されたアメリカンハイエンドオーディオなるものをやっている人は本国でも決して多くない。
雑誌だと記事になるもの、広告になるものしか出てこないので、アメリカのオーオタが皆が皆、先鋭的なハイエンドオーディオばかりやっているわけではないということが伝わらなかったわけだ。商業メディアの限界だ。
レシーバーにボーズやクリプシュのスピーカーを繋げてガンガン鳴らしていたり、日本だと前衛的に見えるプレナー型スピーカーを気軽にマッキントッシュのアンプでガンガン鳴らしている姿はこれまで見えてこなかったわけ。
B&Wだってマッキンで鳴らしている人が多い。日本では避けられる鳴らし方でしょう。
https://www.reddit.com/r/audiophile/
こうやって見てみると、業界の仕掛けに載せられてきた流れが見えてきてげんなりとするけれども、使いこなしをもっと自由に行うことが出来るということもわかるでしょうし、オーディオが煮詰まって身動きが取れなくなっている人に参考になると思う。