偶然が神だ、と神が死んだといった男は言った。

 偶然生まれ、偶然死ぬ。偶然成功し、偶然失敗する。

 でもただ、口を開けて偶然いいことを俟っていても絶対運は掴めない。

 遣るだけやった奴が運を掴める、でも、死神も掴むことにも成る。

 それは仕方が無いことだ、是非に及ばず。それでもいいんだ。

虐待されていたからといって、全然関係ない人々を殺して良い訳無い。

書き込みもろくな奴が見ているわけない、信用するな。

バカな奴は一人で死ね。

 スーパースザンヌの言うとおり、荒涼館はひどかった。でも、訳が悪い可能性もある。その後推薦の、女ざかり、丸谷才一、は良い。新聞社の女編集委員が政界と闘う話。そして最後は、ハイデガー。死を思え。古いSFはいいが、意外に当時流行り文学、評論があり、それが面白くない。筒井ならもっと革新的と思ったが、意外に権威的である。

 今度はわしの漂流が始まる。

 冷蔵庫、ゴキブリ2匹、涼んでた。

 昨日深夜やっていた,朝まで生テレビ、注目したのは、萌え系の店を遣っているおなごが、金が無くても楽しい、そういう仲間で仕事をしている、と言っていたこと。もしかしたら,オタクが、これからの世の中引っ張っていくのかもしれない。自分の遣りたいことを遣って働く、という基本が出来ていることが幸福感に繋がる。

 ニートも70万いるらしい。彼らもそうなった経緯を分析して、新しいことを遣り出せばいい。

 フリーター、ニート、オタク、どれも排除するのではなく、そこから新しいものが生まれる、と考えて、回りも捕らえ、自分も挑戦すれば、何か出来るのではないか。少なくとも、ただ順応するだけの、保守的若者よりいい。

 母親が入院して、田舎に来れない、来る時期になっても、延期する、もしかしたらもっと悪くなったのかもという、子供の不安を煽り、とうもろこしを届けるため出て行った妹が行方不明になリ探しに行く姉。人は不安を克服するために冒険に出るのかもしれない。

 そして、トトロもいいが、猫バスがいい。子供にしか見えない。そんな時期が誰にでもあったような気さえする。

 家の猫バスは、扇風機の前で、涼んでいる。