人はいさ心も知らずふる里は花ぞ昔の香にほいける(古今四二)
この歌のいさという語は、
「さあ知らないが」と、相手の言うところに対して 否定的な応答をするに使う語である。
イサ(不知) イサム(詰) イサフ(嚇) イサカフ(闘)
低低 低低高 低低高 低低
これらのアクセントは 低低
イサム(勇) イサギヨシ(潔)のアクセントは高高
高高低 高高
記紀で、スサノヲノミコトが泣いて暴れることを、ナキイサチルというが
黠の字にイサチタリという古訓があり、そのイサには低低のアクセントがついている。
従って、イサ(不知)のなかまの語
イサチルとは、赤ん坊が、何をしても受けつけずに泣き叫ぶように、泣いて、相手を拒否ばかりするさまを言う語であると推定できる。 112頁
ӓ~ӧの交替の例は多いが、ここではヤ(八)とヨ(四)とについて述べておこう。
ヤ(八)という語は、日本神話の中に極めて多く現れる数詞である。
大八洲 八頭 八門 八尺鏡 八尺勾
八佐受岐 八塩折の酒 八十神 八咫烏 八谷 八拳髭
八尋白智鳥 八尋殿 八尋和邇 八俣遠呂智 八百万神などである。
このように神話に多く用いられる数は聖数と呼ばれる。
多くの民族はそれぞれの聖数を持っている。
ヘブライ民族 7
アイヌ人 6
ツングース族は大体において5
アメリカインディアン 4
漢字の八には関係なく、現代の愛好とは別である
ヤ(ya)という音の語に、副詞のヤがある。
大舟を荒海に漕ぎ出でや船たけわが見し子らがま見は著しも(シルシモ) (万葉一二二六)
漕ぎ出していよいよ舟を漕ぐけれど
や雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣作るその八重垣を (古事記歌謡一)
この歌の「や雲立つ」のヤも、やはり副詞のヤでいよいよの意である。
「既にある度合で物事が存在し、行われてるいるのに加えて 限りなく多く」の意である。
115頁
社名は日本神話においてスサノオが詠んだ歌「八雲立つ出雲八重垣妻籠に八重垣作るその八重垣を」の八雲に因むものである
行疫神を慰め和ませることで疫病を防ごうとしたのが祇園信仰の原形である。
wikipedia
a)疫病がおこるのを、雲が湧きたつ様とイメージしたんかしら
b)その根本を『何をしても受けつけずに 泣き叫ぶように、泣いて、相手を拒否ばかりするさま』と捉えたんかしら
わかる気がします。
現実は単純な正邪ではないと認識する感じ。
■われわれが 幾何学の命題を証明できるのは、我々がこれらの命題を作っているからである。
仮にもし我々が自然学の命題を証明できるとすれば、我々がそれを無からつくりうることになるだろう。
ヴィーコ■
言霊云々も人が作った限りにおいて
◆ナキイサチル・イサチル // ・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
// 海の向う、半島国家を連想しました。
こちらから理不尽に見えてても 苦痛そのものは事実としてあるのでしょう。もっと近くにだってある。三面記事は国内で足りてる。

