新右衛門は、『京を去る』と平賀丹後守に告げに行く。
そこには 大内家の庇護で貿易をよくする美津がいた。
美津には、新右衛門の修業が虚しいものに見える。
口にもだす。
その根拠として一つの名前を言った。
興津現三郎。
彼は10年前、弐拾数度の御前試合を制した強者であった。
しかし今、算方の上手として禁裏の蔵方で日々を送っているのだ。
▼ 興津現三郎の思わぬ正体に 新右衛門は逸る。
左門をともない、奥津宅へと向かう。
興津は剣を捨てたと謂い、立会いを受けなかった。
剣術の修業の行きつく先を、人の命の重さを忘れ 殺人に嵩じる無間地獄であるとも謂う。
新右衛門は、『修行の果てで 神が示されるものがある。』と述べる。
懐かしいものを見るように微笑む奥津だった。
新右衛門達は帰路に就く。
▼
しかし 興津現三郎は その日を境に剣術三昧へと戻っていく。
手練れを求めて辻斬りを行う。
それは 技が自分を離れていないことを確かめ 新右衛門を待つ為のものだったかもしれない。
奥津が図った通りに事は運び
新右衛門と奥津は余人を交えぬ決闘を執り行なった。
奥津は死んだ。
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奥津現三郎が徹頭徹尾カッコ良かった。
彼が出雲の神官の次男とういう出自も好い。
建御名方を想起させます。
彼が、新右衛門の上から物を見、謂うのも良いし、
新右衛門が思考ではなく、心の緒でつながる何かでそれを否定してる様も素敵でした。
奥津現三郎の操る二刀、頭を斬る軌道を太刀で止め、腰を斬る軌道を鞘で止めた新右衛門だった。
あれは、避け得ず受け止めたんでしょうし、見切ったというより偶然に近いように見えました。
『建御雷と建御名方の争いもこうであったのでは』と思いました。
その後 腕を両方とも斬られる奥津です。
腕に力が失われた奥津は、新右衛門の突き立てた刃を掴んで命を絶ちます。
その有様は 興津現三郎が主で新右衛門が従でした。
奥津が新右衛門に投げかけた言葉の底には、求めようとして果たせなかった何かをかんじさせました。
新右衛門は引き継いだのでしょう。


