千利休の時代の茶菓子は 昆布を焼いたモノ等であり、
秀吉との茶もそのようなものであった。
日本に砂糖は鑑真によって伝えられたとされているが、
金平糖が伝わった時期については、カステラ・有平糖などとともに1550年とされている。
金餅糖、糖花とも表記される。語源はポルトガル語のコンフェイト (confeito) である。
砂糖は、権威を見せるものであり、
団子の小皿に散らした砂糖の量を見せびらかすという、用い方をするものだった。
京菓子は、そういった系統のお菓子であるらしい。
名句や古典の素養のない者を拒むという決まりごとetc
味覚の悦楽とは別次元、
権威や贅沢をあじわう事を主眼としている。
お菓子についてる名前や形に、何も響かせるものを持たず、
亭主の意図もナもわからんじゃ、
正客だろうが二客だろうが、そこにいても居ないのト同じ、(´□`。)
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でさ、
洋菓子にもそういうのってあるのかな?