~アラフィフ親父の「日本蜜蜂」奮闘記~ -17ページ目

~アラフィフ親父の「日本蜜蜂」奮闘記~

私、「toratoralion」=tora=飯田友一が、「日本蜜蜂」で養蜂を始めた日々を綴ります(*^o^*)

皆さん、こんにちは!!!

映画「マトリックス」に関しては、まだまだ書き足りないのですが、前回で一旦休止いたします。

さて、本日はインドで「プージャー」をしていただいたので、その報告です。

「プージャーとは、インドの伝統的な神への礼拝の一つ。プージャーでは、礼拝者が宇宙の根本神の特定の側面である人格神に呼びかけ、ある特定の願いをこめて恩寵を祈ります。日本で行う護摩炊きのような祈願・祈祷も、その源を辿ればインドのプージャーがもととなっています。」
とのことです。

以下に「プージャー」の効果について、
「ガネーシャギリhttp://ameblo.jp/ganeshagiri)」さんの文章を再度引用させていただきます。

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<プージャーの効果>
私はヨーガの専門家として仕事をする前に、ヨーガの修行を続けながら20年近くサラリーマンをやっていました。
元々金銭欲はない方でしたが、一般的にサラリーマンで金銭欲がないという場合、毎月定期的な収入が入ってくることも関係している場合があるかのかもしれません。

2008年に満を持して、インド占星術&ヨーガ「ガネーシャ・ガンガー」を立ち上げましたが、自営業になった途端、収入が激減し生活が困窮しました。占星術の重要な要素である瞑想経験とヨーガの技術には絶対の自信を持っていただけに、衝撃を受けました。

冷静に考えれば、ヨーガの技量とビジネスの能力は全く別物であることを、体感として理解していなかったのです。また、自分自身のホロスコープも、修行者としては非常に良くても、お金を稼ぐ能力が非常に低いということを軽視していました。

ホロスコープに現れる、能力は実生活に相当大きく影響します。つまりお金を稼ぐ能力が低い場合は、一般的に相当の努力が必要になります。特に私のようにその能力が低い場合は、なおさらです。

そのようなときに、日本にいながらインドでプージャーをしてもらったらどうだろうと思いついたのです。プージャーは祈りの儀式ですが、神々に祈ることによって、神に願望をかなえていだだく側面をもつ技術です。

私が、瞑想を始めたころは、日本にいてインドの専門家(パンデット=僧侶)にプージャーを頼むと、最低でも10万円単位が普通だったのですが、現在は数千円でできるものも多くなったからです。

ダメもとで、ラクシュミー・プージャー(富のプージャー)を頼んでみたところ、実は全く効果が感じられませんでした。

しかしプージャーをお願いしてから、5ヶ月ほど経ったとき、突然仕事が入り始めました。毎日朝パソコンを開くと、仕事依頼のメールがぎっしり届いているのです。ものすごい数の仕事をこなしましたが、手がいっぱいでお断りをしなくてはならない仕事もかなりの数ありました。
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はい、それで今回私がやっていただいたプージャーの写真を今回、公開させていただきます・・・





【プージャー準備中(1)】


【プージャー準備中(2)】




【プージャー実施中?】




【なんか、砂糖みないなの。日本式に言うと「お下がり」】



【菩提樹の実(ルドラークシャ)】もいだだきました。


【ガネーシャさんのお札みたいなもの】
これも頂戴しました!!!



ということで、何か訳わかんないけど、興味あるな~という方は、以下のリンク先から申し込みができま~す・・・

インドグッズの通販をなさっているSitaRama (シーターラーマ)さん
私もいろいろと購入してみましたが、本当に良心的で、私のお勧めです!!!
http://sitarama.jp


今回も、最後までお読みいただいてありがとうございます。

「ん~、、、プージャーってなんじゃ???」と感じた方はこちらをクリック!
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(ちなみにネタ元は、雲黒斎さんのブログです。→ http://blog.goo.ne.jp/namagusabose )

【ネブカドネザル号のメンバー】

「ようこそ。現実の世界へ。」

ザイオンまでの地底を進む老朽船「ネブカドネザル号」で目を覚ましたネオ。

この「ネブカドネザル号」は、旧約聖書に登場する「ネブカドネザル2世」という人物から名付けられたものだと思われます。
ネブカドネザル2世は、エルサレムにあったユダヤ教の寺院を略奪、破壊した新バビロニアの王。

ベッドの上で目覚めたネオは、自分の身に何が起こったのか、まだよく理解できていません。

ネオ:「俺は死んだのか?」
モーフィアス:「いや、その反対。“新しい誕生”だ。」

アンダーソン改め「ネオ」。まさに「新」を意味する言葉です。

これは、一度“目覚め”を体験すると、その意味がハッキリとわかるそうです。
本当に「新たに生まれてきた」というニュアンスがしっくりくるそうです。
それゆえ、この前の場面では「出産」を想像させる映像が描かれていました。
そして、続くこのセリフ。 

ベッドの上で治療を受けているネオ。
ネオ:「何をしている?」
モーフィアス:「退化した筋肉の再生だ。」
ネオ:「目が痛い。」
モーフィアス:「初めて使うからな。」

“目覚め”を経験すると不思議な感覚が訪れ、自分はこれまで確実に「生きていた」はずなのですが、実は全然「生きていなかった」ということに気付くことになるそうです。

視覚だけに留まらず、聴覚、嗅覚、味覚、触覚…そして、それらを超えて広がる壮大な世界との一体感。その全てが研ぎ澄まされ、圧倒的な『生命力』に驚愕する感覚とのこと。

「生きるとは、こういうことだったのか!! “見る”とは、“触れる”とは、“感じる”とは、こういうことだったのか!!」という感じだそうです。
見ることも、聞くことも、味わうことも、ずーっと「感じているつもりでいただけ」だったことに強烈に気付くことになるようです。

自分の中に秘められていたその機能が100%発揮された状態。それはまさに、自分に備わっている感覚器を「初めて使う」感覚と同じです。

体中を駆けめぐる血流の音がありありと聞こえ、内臓の様子まで手に取るように“見える”という不思議な状態。

自分の中に流れる『生命力』を通して、喜びや安堵が、自分の奥底からあふれ出してきます。

さて、映画のストーリーへと戻りましょう。

目を覚ましたネオの前に見えるのは、先ほどとは全く異なったクルー達の姿。
あれほどスタイリッシュな衣服をまとっていたはずのモーフィアスも、トリニティも、その他のクルー達もみんな、質素で飾り気のない姿になっているのです。

マトリックス(幻想世界)は、自分を「着飾る」ことで作り上げられる「後付けの個性」が重要視されている世界です。

その世界では、男は男らしく、女は女らしく、子供は子供らしく、老人は老人らしく、社長は社長らしく、学生は学生らしく、賢者は賢者らしく、主婦は主婦らしく…と、その境遇・肩書きに相応しい姿を強く求められます。

皆さんもきっとこれまで「お兄ちゃんなんだから、もっとたくましく!」とか、「女の子なんだから、もっとつつましく!」とか「社会人なんだから、もっと常識的に!」とか「学生なんだから、もっと真面目に!」…という感じで、事あるごとに“その役割・肩書きに相応しいイメージ”を要求されてきたことと思います。

その世界にどっぷりはまり込んでしまうと、今度は「もっと私らしく、もっと自分らしく・・・」と、自らの手で「個性(自我の作り出す自己イメージ)の後付け」をすることになってしまいます。

その人の「ありのまま」に根付いた姿ではなく、「役柄」に対してのたたずまいが要求されている世界。

マトリックスに繋がれた者達は、その人の「ありのままの姿(本質)」ではなく、肩書き・役割に見合った「イメージ(幻想)」を見ているんです。

マトリックス(固定概念・先入観など、思考によって作り上げられた価値観)の呪縛から解き放たれた者達は、着飾ることもなく、自分を演じることもなく、何者でもない、ありのままの姿で向かい合うことが可能になります。

今回も、最後までお読みいただいてありがとうございます。

「あの~、、、私も目覚めたいんですけど・・・」と感じた方はこちらをクリック!
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今回も映画「マトリックス」の話題です。
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今回は、いわゆる『目覚め』のシーンです。

【再生】
場面は変わり、アンプラグのシーン。
一糸まとわぬスッポンポン状態のアンダーソンが、奇妙なタンク内で目覚めます。
身体を覆う衣服はもとより、体毛すら無いその姿は、まるで子宮内の胎児のよう。

「ごぼぉ、ごぼぉごぼぉ!」

タンクから這い出たアンダーソンは、自分の口に繋がっていたケーブルを引き抜きます。
気がつけば、体中にコンピューターへと繋がるケーブルが差し込まれています。
タンクから身を乗り出し、周りを見渡してみると自分と同じようにケーブルを繋げられ、タンク内で眠る人間たちがビッシリと規則正しく格納されています。

そして、後頭部のケーブルを引き抜かれると…

バシュ!ビシュ!!ブシュ!!!

アンダーソンを縛り付けていたケーブルが次々と外れていき、自由を獲得したアンダーソンは、まるで産道を滑り抜ける胎児の如く外へと解放されます・・・

このシーンでアンダーソンが格納されていた奇妙なタンク。
映画の中では、人間の生命エネルギーを利用した「電池」として表現されていますが、実はそれと同時に「アイソレーション・タンクを暗示している」とも言われています。

「アイソレーション・タンク」とは、1954年、アメリカの神経生理学者ジョン・C・リリィは、被験者を外部の刺激から完全に遮断する環境を作り出すための「感覚遮断実験装置」を開発しました。
「アイソレーション・タンク」は、タンク内部に人間が浮かぶ程度の比重を持った液体を入れ、光や音を遮蔽し、視覚・聴覚・温覚・上下感覚を取り除きます。
なんと、この装置を使うことで脳を「瞑想状態(意識が飛ぶことなくθ波が観測される状態)」にすることができたのです!
その効果から、この装置は現在、心理療法や代替医療などに使用されているようですが、残念ながらスピオタなのに私はまだ経験したことがありません。

で、続く「アンプラグ(プラグが外れる)」シーンは、チャクラの開花を暗示させていると言われています。

「預流果」を通して、真の自分に目覚めたネオ(アンダーソン)。
生きながらにして「生まれ変わった」瞬間と言えるでしょう。

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「『チャクラ』の開花???ふ~ん・・・」と感じた方はこちらをクリック!
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今回も映画「マトリックス」の話題です。
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今回は、モーフィアスのところにアンダーソンが訪問する場面です。

【不思議の国の正体は?】

なにやら怪しげな薬を手に取るモーフィアス。


モーフィアス:「これがラストチャンスだ。この先はもう引き返せない。青のカプセルを飲めば、ここで終わり、ベッドで目が覚める。後は好きにすればいい。赤のカプセルを飲むなら…このまま“不思議の国”の正体をのぞかせてあげよう。…忘れるな。見せるのはあくまでも真実だ。」

モーフィアスが、これからしようとしていることは、アンダーソンを「預流果」という内的体験に誘うこと。一度その“経験”をしてしまうと世界(世界の見え方・感じ方)が一変してしまうそうです

真実に目覚め、本当の世界の中で「多くの人を目覚めさせる」という使命を生きる道を選ぶか。それとも今まで通り幻想の世界の中で生き続ける事を選ぶか。
最後の意思確認です。

そしてアンダーソンは、赤のカプセルを飲み込みました。
モーフィアス:「ついて来い。」
部屋の奥へと案内されるアンダーソン。
モーフィアス:「ここに座って。」
目覚めの準備が整うと同時に、アンダーソンの目の前に奇妙なものが現れ出します。
徐々にその形を表していく「不思議なミラー」。
これ、日本では「鏡の法則」などで有名な、『原因と結果の法則』のことだと思います。
「今、目の前にあること(現実に起きる出来事)は、自分の心を映し出す鏡である。」っていう、あれです。

目の前に現れた不可解な鏡に手を伸ばすアンダーソン。
アンダーソン:「これは…君たちが? 」
モーフィアス:「現実としか思えない夢を見たことは? その夢が覚めなかったら君は夢と現実を区別できるか?」
そして、その鏡に触れると…、内(自分)と外(鏡・外界の象徴)の融合がはじまり…
アンダーソン:「ウソだ…」
モーフィアス:「何が?現実が?」

これまで自分の目に映っていたもの。それはすべて「真実」ではなく「自分の心の投影」!?
まして、自分が認めたくない、受け入れられないと思っていた現実でさえ、そうだったなんて。
え?
ってことは…、幸せも、不幸も…、これまでの人生は、すべて自作自演の幻想!?

アンダーソン:「寒い…寒いよ…」

そんな話は受け入れられないと、壮絶に拒否反応を起こす頭と身体。
心肺機能も停止しそうになるほどの拒否反応を起こしているアンダーソンに、モーフィアスはある信号を送るようスタッフに命じます。

モーフィアス:「転送波をくれ。」

この「転送波」って「ある特定の脳波」の暗示ではないかと推測しています。

例えば、『θ波』。瞑想状態の時に現れる4~8Hzの脳波が「θ波」。
「原因と結果の法則」「因縁」を本当の意味で理解するため、つまり、目覚めに必要な脳波・・・

とすると、『悟り』のために『瞑想』が推奨されることがありますが、脳波をある周波数にチューニングすることによって、『目覚め』が起きてしまうのではないか?
なんてことにまで、想像が膨らんでしまいます。。。

この話題、まだまだ、続きそうです。

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「『転送波』から『瞑想』って、飛躍してないか???」と感じた方はこちらをクリック!
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まだまだ、映画「マトリックス」の話題を続けます・・・

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【モーフィアスとの対面】
モーフィアスの元へ到着したアンダーソン。
その扉を開けるまえに、トリニティから忠告があります。
「一つ忠告させて。嘘はダメ。彼には通用しないわ。」

本当の自分、真実の世界を知るためには、嘘を取り除く必要があります。
包み隠さず、素(す)の自分をさらけ出すこと。


とても勇気のいることですが、次元を超える為には、これが大変重要になります。

そしていよいよ、運命の出会い。
モーフィアス:「ようこそ。察しのとおり、私がモーフィアスだ。さぁ、ここに座って。…おそらく、今の君は“不思議の国のアリス”の気分だろう。妙な世界に入り込んだ?」

アンダーソン:「…そうだ。」

モーフィアス:「君の目を見ればわかる。見たものをそのまま受け入れる目をしている。目覚めたいからだ。本当の目覚めも近いがね。」

“不思議の国のアリス”は、以前出てきた「白ウサギを追え」からの続きです。
続く「見たものをそのまま受け入れる目をしている。目覚めたいからだ。」は、「正見」を暗示したセリフ。


モーフィアス:「君はずっと感じてきた。今の世界は何か変だ。得体の知れぬその思いに、攻め立てられて頭が変になりそうだ。その思いが君をここへ連れてきた。…なんの話かわかるか?」

アンダーソン:「マトリックス?」

モーフィアス:「それが何か知りたいか?」

(無言で頷くアンダーソン)

モーフィアス:「マトリックスは至る所に存在する。この部屋の中にもある。窓の外を見たときも、テレビを付けたときも、仕事中も感じる。教会でも、納税の時も、真実を隠すため目の前に下ろされた虚像の世界。」


このセリフの中の“マトリックス”を「主観(その人ひとりの個人的なものの見方)」という言葉に変換してみてください。

「“主観”は至る所に存在する。この部屋の中にもある。窓の外を見たときも、テレビを付けたときも、仕事中も感じる。教会でも、納税の時も、真実を隠すため目の前に下ろされた虚像の世界。」
主観を通して映し出された幻想の世界。それが「マトリックス(仮想現実)」です。

アンダーソン:「真実は?」

モーフィアス:「君が奴隷だということだ。君は囚われの身として、匂いも味覚もない世界に生まれた。心(マインド)の牢獄だ。…マトリックスの正体は人に教わるものではない。自分で見るしかない。」

私たちは日々“主観”を通じて得た「概念・観念」という檻の中でしか世界を把握できていません。

どんなに何かを学んでも「概念を増やす」ことしかできません。キャパが増えても「檻」は「檻」です。

主観(個人的な解釈)で世界を感じている以上、それはあくまで個人的な世界、真実ではない幻想でしかありません。

確かに『この世』を主観で見ている限りにおいては、『幻想』に過ぎないと思いますが、「主観を通さずに捉えた本当の世界を、誰かに教わる事ができないのかな?」という疑問を私は持ちます。

この私の疑問に対して、スピリチャル系の方々は、
「人の声も、文章も、全て“主観(個人的な解釈)”という真実を覆い隠すフィルターを通して受けることになってしまうから、それは無理。『主観・思考』から切り離され、純粋な意識だけで感じる事が出来る本当の世界を知る方法、それは実際に自分で体験するしかありません!!!」
なんて言葉を返してくれちゃうのが普通です。

「いやさ、あなたが『私は悟っています』って言うんだったら、その方法を教えてよ~!ねえ、もったいぶらずに・・・」
というのが私の本音です。

まあ、自分が悟ったからと言って、他人をその状態に導ける人は、まずいないんだろうな~?と思いつつ、どっかにモーフィアスさん(顔は怖くなくていいから)とかトリニティーちゃんっていないのかな?と想いを馳せる今日この頃です・・・

今回も、最後までお読みいただいてありがとうございます。

「『この世』は、『幻想』???よくわからん・・・」と感じた方はこちらをクリック!
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今回も調子に乗って、映画「マトリックス」の話題を書きます。
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まだ、ご覧になったことがない方には、1度観ていただくことをお薦めいたします。

それでは、始まり、始まり~!

【虫退治】
自宅ベッドで目覚めるアンダーソン。

エージェントから受けたあの忌まわしい体験は悪夢だった…のか?飛び起きたアンダーソンにモーフィアスからの電話が入ります。

モーフィアス:「盗聴されているから手短に話す。連中は君のことを甘く見ていたようだ。そうでなければ今頃殺されていた。」

アンダーソン:「なんの話だ?一体どうなってる?」

モーフィアス:「君は“選ばれし者(The One:NEOのアナグラム)”だ。君はここ数年私を捜していたようだが、私は生涯をかけ君を捜していた。まだ私に会いたいか?」

この映画では、「電話」が重要な機能として描かれています。

現実(真実)と仮想現実(幻想)という2つの世界を繋ぐ架け橋。2つ世界の間を行き来する唯一の方法、それが「電話」というキーワードです。

映画の中で「電話」が象徴しているのは、「口伝・口承文化(言葉のメリット)」と「言葉による概念化・固定化(言葉のデメリット)」という2つの意味を暗示させたものです。

釈迦にしろイエスにしろ、その教えは「口伝え」で説いていました。(「お経」や「聖書」は彼らの死後、後続の者達によって残されたものです。また、お釈迦様が使っていた“パーリ語”は、固有の“文字”がありません。そのためサンスクリット語など、他の言語に置き換えて記されています。)

釈迦もイエスも「文字」を意図的に残しませんでした。
本当の現実は言語を越えたもので、どんな言語であっても表象不可能です。事象を言葉に置き換えた時点で「真実(ありのまま)」からかけ離れてしまいます。

禅の世界では、これを「不立文字(ふりゅうもんじ)」と言います。

文字(言葉・単語)の概念や知識に囚われることで、本質が見えなくなってしまいます。(というか、見えないからこその「本質」なのですが…)

ありのままの事実ではなく、「言葉」の概念・枠に縛られた別の世界(仮想現実)が出来上がってしまう訳です。

とはいえ、「真実」の「本質」を指し示すためには、やはり「言葉」が必要になってしまいます。

この事を、この映画では「電話」というキーワードで表現しているのです。
また、ストーリーの中で度々登場する「盗聴」は「言語概念による弊害」つまり、「言葉」が、“自我”に繋がってしまう「思考」の一部であることを示しています。

さて、映画に戻りましょう。
モーフィアス(導師)の元へ向かう車中、アンダーソンはトリニティ(先輩)の協力の下、2つの関門を突破します。

1.目覚めへの意思確認
2.自分が無自覚に抱えていたネガティブな思考パターンへの気付き


そして、車に乗り込んだ途端、アンダーソンは拳銃を向けられます。
アンダーソン:「なんのマネだ?」
トリニティ:「身を守る為よネオ。」
アンダーソン:「何から?」
トリニティ:「アナタから。」

ここからは、真実を理解するためのステップ、「八正道」の説明です。
自分を苦しめているのは、他でもない、自分自身。

その事を「受け入れる」為にはある程度の覚悟が必要です。
その理由は、これまでの人生で避けて通ってきた「苦しみと向き合う」という作業が必要になるから。

目の前にいる先輩(トリニティ)は「苦しみと向き合え」と言います。

でもそんな事はしたことがありません。これまでは向き合うことではなく、そこから目を反らすことや、その苦しみと闘うこと(抵抗すること)を「よし」として生きてきたのですから。

「苦しみを受け入れろ」と言われても、「未経験」ゆえの恐怖心が現れます。

先輩を信じ指示に従うか、このまま止めるか。
「お願いネオ。私を信じて。アナタは散々見てきたでしょう?この道の先にある、元の暮らしを。もう、望まない世界のはずよ。」トリニティのその言葉で、アンダーソンは覚悟をきめました。

そして目の前に差し出される仰々しい機械。
いよいよ虫退治(ネガティブな思考パターンの自覚作業)が始まります。

「リラックスして。さぁ…出ていらっしゃい…。」
あ~、無茶苦茶痛そう…
そうなんです。ホントに痛いんです。この時。

「ネガティブな思考パターンを引き出してもらい、確認する」という作業は…
・コンプレックスを指摘される
・プライドを傷つけられる
・嫌いなものを提示される
・何かを奪われる

など、精神的に辛い出来事を通して行われるからです。

そういった状況を通して、きちんと自分(自我)と距離を置き、ありのままの自分(苦悩を抱えている自分)を受け入れることができると、これまで無自覚に発動していた「ネガティブな思考パターン」の存在に気付くことができます。

気付きに伴う痛みは一時のもの。気付いた思考パターンは、窓の外にポイッ。
すると、これが後に、新たな気付きに繋がるんです。

「なーんだ、苦しんでいたのも、痛がっていたのも、本当の自分じゃなくて“自我”の方だったんだ」という感じで・・・

ということで、まだまだ、この話題が続きそうです。。。
今回も、最後までお読みいただいてありがとうございます。

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皆さん、こんにちは!
最近、毎日ちゃんと瞑想しているtoraです。

さて、前回に引き続き、映画「マトリックス」の台詞を引用し『目覚め』という視点コメントを書いていきたいと思います。

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【やつらは君を捕まえる気だ】
場面は変わって、アンダーソンが勤める「メタコーテックス社」。
前夜の息抜きのせいで遅刻してしまったアンダーソンが上司から執拗にお叱りを受けています。

上司:「いいかね。選択は2つだ、Mr.アンダーソン。今日を限りに二度と遅刻をなくすか…。ほかに職を探すか。」

人は、こういった状況に直面すると、自動的に固定化された『自動思考プログラム』(自分がしてしまった事への後悔や、そのことで未来に与える影響のシミュレーション等)を発動させてしまいます。

『自動思考プログラム』の発動は、“自我”の働きによるものです。
『自動思考プログラム』から生まれた“思考”は、『本来の自分』の“思考”(智慧)ではなく、過去に培った人生経験がベースとなる「自動思考プログラム」がアウトプットした考えや感情です。

「状況への自動反応」=「自動思考プログラム」に追いかけられる様子を表すのが、アンダーソンの職場へとやって来た「エージェント達(自我のメタファー)」です。

「ストレス」は、状況・環境そのものに対するものではなく、「状況・環境に対しての個人的な反応(主観)」によって生まれます。
(↑これ、とても重要です。)

「ストレス」の原因は、「状況・環境」によるものでなく、「状況・環境」への『個人的な反応』によるものです。(よって、同じ環境に身を置いても、ストレスを感じる人・感じない人などの個人差があらわれます。)

この仕組みが理解できていない人は、主観(個人的な反応)が描いた世界に追いかけられ、「状況・環境」にストレスの原因を押しつけます。

「被害者」という『役柄・アイデンティティ』を得ることで「自我」は「可哀想な自分(悪いのは環境や相手であって自分ではない。)」という優位性を獲得
します。

「被害者」という立場で、物事の原因を「状況・環境」のせいにしているので、

「ムチャクチャだ!なぜ俺がこんな目に!?どうしたらいい…俺が何をしたというんだ!!」というコメントが出てくる訳です。

もはや「上司に叱られたこと」ではなく、「自我の生み出す思考(エージェント)に追いかけられること」でアンダーソンはパニック状態に陥ります。

【しゃべれない】
その後、結局エージェント(思考)に捉えられてしまうアンダーソン。取調室のシーンです。
苦しみから逃れるすべを求め、モーフィアス(導師)を探していたアンダーソン。
そんなアンダーソンにエージェント・スミス(思考)は次の様に説得します。

「我々は君を悪いようにするつもりはない。君に協力してほしいことがあってね。君は最近ある人物から接触を受けた。“モーフィアス”という名の男だ。君はあの男について勘違いしている。当局が見るところあの男は、最も危険な人物だ。同僚は君を説得しても無駄だというが、私は君の良心を信じている。」

自我は「理性」や「常識」という名の仮面をかぶって、真実から目を背けさせようとします。

宗教的指導者は「危険な人物」と見なされ、迫害の的となります。あんな怪しいヤツにはついていくなと、自我は真剣に説得します。(実際、に危ない人物は多々存在していますが・・・)

そして自我(スミス)は、「自分」の生き残りのため、強制的にネガティブな思考パターン(ヘソに入れた気色悪い虫)を埋め込みアンダーソンをマトリックス(仮想現実)へ引き戻します。

続く・・・・

ということで・・・今回は、このあたりで、、、
今回も、最後までお読みいただいてありがとうございます。

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こんにちは!!!最近バタバタしているtoraです。

さて、映画「マトリックス」の話しをもうしばらく書いていきたいと思います。
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以前ご覧になったことがある方でも、「あれは覚醒をテーマにした映画だ!」という視点でもう一度観直すと、以前とは違った風景がものが観えてくると思います。
映画の中にどんなメッセージが埋め込まれているのかを以下にご紹介したいと思います。

【部屋で「白ウサギを追え」というメッセージを受け取るシーン】
自宅コンピューターのモニター前で眠るトーマス・A・アンダーソン。
あるメッセージがモニターに現れます。

「起きろネオ。マトリックスが見ている。」
これは、「霊的な自己に目覚めなさい。アナタは自我の描く世界に埋もれている。」という、物語の主軸となるメッセージです。

その後モニターに現れる「白ウサギを追え」は、童話「不思議の国のアリス」からの引用。「不思議の国(ワンダーランド)」は「精神世界」を暗示させたものです。
「白ウサギを追え」は、「(目覚めるために)宗教性・精神世界に目を向けてごらん。」と言ったところでしょうか。

この時のトーマス・A・アンダーソンは、未だ「精神世界」がなんたるかが全く理解できていない凡夫のメタファーです。

存在する次元はまだ低く、世俗的な思考レベルに縛られています。
それを表してるのが、アンダーソンの自宅ドアに掲げられたルームナンバー「101」。
コンピューターの支配下にある「01(ゼロワン)」の世界を表すと共に、「二元性・分別智(自他の区別を前提として行われる、煩悩をもつ人間の思考。凡夫の思考。)に住まう者」を表現しています。

そんな凡夫(アンダーソン)に、現実に対しての違和感が現れだしています。
「起きてもなお夢見てるような感覚あるか?」
自我が肥大化し、いよいよ自分の許容範囲を超えてくると、何だかずっと夢を見ているような、ふわふわと思考が定まらない妙な感覚、思考の空回りが表れてきます。
これは、「“自我”が自覚できる状態まで表面化してきた」と捉えることが出来るかと思います。
※このように「何か変だ…」という感覚が芽生えたら、それが「智慧」の始まりです。

「コンピューターのやりすぎじゃねえか?息抜きしろよ。」
「無理だ。明日は仕事がある。」

息抜きを勧められているのに「仕事があるから」と返してしまうのは、鬱を抱える頑張りやさんによく見られる傾向です。

でも、この時のアンダーソンはちょっと違いました。
ついさっき出会ったアドバイス、「白ウサギを追え(宗教性・精神世界に目を向けてごらん。)」を信じ、アンダーソンは目の前にいる女性の肩に入ったタトゥー(シンクロニシティ)に身を委ね、息抜きに出ることになります。

【トリニティとの出会い】
日々の固定化された生活リズムから離れることで、アンダーソンは新たな出会いを迎えます。

そこで出会ったトリニティは、スピリチュアルな世界を先に学んだ先輩的存在。
「真剣に聞いて。あなたの事はすべてわかってる。眠れないワケも、夜な夜なコンピューターで何をしているかも…。彼を捜しているのね?」

先輩はすでに「自我(マトリックス)」が何であるかを知っているため「あなたの事はすべてわかっている」と言える状態です。だって、自分も通ってきた道なのですから。
「自我が肥大化すると思考が止まらなくなります。頭は四六時中グルグルと回り続け、眠ることさえままならない。そんな中で、アナタは何らかの救いの手を探している・・・」

ということで・・・今回は、このあたりで、、、
今回も、最後までお読みいただいてありがとうございます。

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皆さん、こんにちは!!
ちょっと最近バタバタしております。

さて、今回も映画「マトリックス」の話題でいきたいと思います。
(ちなみにネタ元は、雲黒斎さんのブログです。→ http://blog.goo.ne.jp/namagusabose )

映画「マトリックス」の優れている点は、「目覚め」を迎えるまでの流れ(悟りの階梯や、条件・タイミング等)や預流果の経験後に起こること(悟後の修行)などのアルゴリズムが、きちんと描かれていることです。
「悟り」の階梯の描写は、まさに「The Matrix(行列式)」です。

「Matrix」という単語は、ラテン語の「子宮」が語源となっているということは前回書きましたが、大本の意味は「何かを生み出すもの」といったニュアンスがあります。

この映画で描かれている「コンピューター(プログラム)」は、「自我(エゴ)による、無意識に発動している固定化された思考パターン」を暗示しています。

映画の中で、人類は皆、気付かないうちにコンピューターが作り上げたプログラムによって幻想を見せられていて、それを現実だと思い込み、すっかりコンピューターに支配されてしまっています。
そんな人間ひとりひとりが見ている幻想を生み出すカラクリ、それを「マトリックス(仮想現実)」と呼んでいます。

マトリックスを生み出すコンピューターのエネルギー源は、ケーブルで繋げられた先にある「人間の生命エネルギー」であり、まるで人間を電池にでもしたような異様な映像が展開されます。

現実離れして見える超SFチックなこの設定も、実は「自我(エゴ)」の特性をそのまま表現してあります。

現に私たち人間は、日々「思考(自我)」にエネルギーを搾り取られ、心身を衰弱させています。
例えば…
・「過去の出来事への後悔(ネガティブな思考の連鎖プログラム)」
・「現状(過去)への執着(現状維持を望む=“諸行無常”に逆らう思考)」
・「未来への希望・期待(“現在”が“克服すべき障害”に強制変換されている)」

等々。

上記のような思考に囚われてしまうとその思考が肥大化するほど、大量のエネルギーを奪われる結果に繋がります。
この映画の設定と同じように、人間のエネルギーを吸収して自我(エゴ)は増幅・成長します。

「悟り」とか「目覚め」と言った場合、この「自我(エゴ)」をどうするかという話題になると思いますが、次回以降詳しく書いていきたいと思います。



今回も、最後までお読みいただいてありがとうございます。

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皆様、こんにちは!!!なぜか最近、機嫌がいいtoraです。

先日予告させていただきましたように映画「マトリックス」の考察を不定期に書いていこうかと思います。

・・・と思ったのですが、「うまく書けないよ~」という感じで七転八倒しております。

まあ、「困った時の他人頼み」を私は信条としておりますので、巨匠「雲黒斎」さんのブログの要点をまとめさせていただき、そこに私の考えも混ぜるという荒業で対応することにいたしました。
(ということで、元ネタは、雲黒斎さんのブログです。→ http://blog.goo.ne.jp/namagusabose )

それではそれでは始まり~!!!
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1999年に公開された、映画「マトリックス」は、キアヌ・リーブス演じるプログラマー「トーマス・A・アンダーソン(ネオ)」が真の自分に目覚め、モーフィアスやトリニティをはじめとした仲間達と共に、コンピューターが作り上げた仮想現実からの解放を目指す物語です。

一見、派手なドンパチや、斬新なコンピューターグラフィックスを効果的に利用した映像から判断して、単なる娯楽大作と捉えてしまいますが、「目覚め」を描いた宗教ムービーです。

派手な演出の影に隠させている本当の意味は、「自我からの解放」です。

映画のタイトルとなっている「Matrix」の意味は、一般的には「行列式となる整った記号の列」です。コンピューター(プログラム)を印象づけるこの言葉に、物語では「仮想現実(幻想)」の意味合いを持たせています。

実はこの「Matrix」という言葉には、もう一つの意味があるんです。

密教で説かれる「胎蔵界(大日如来の理性の面をいう。仏の菩提心が一切を包み育成することを、母胎にたとえたもの。)」という用語。

これを英語に訳すと「Matrix(マトリックス:母胎の意)」なんです。
仏教美術が描く「蓮華(れんげ)の花」。あれが「マトリックス」です。

さて、この映画の前半で登場するモーフィアスのセリフにこんなものがあります。
「現実とは何だ?明確な区別など出来ない。五感で知覚できるものが現実というなら、それは脳による電気信号の解釈に過ぎない。」
これ、「般若心経」のことです。

それから、トーマス・A・アンダーソン(ネオ)がトリニティに連れられ、モーフィアスの元へ向かう車中、けったいな機械でヘソから吸い出される奇怪な虫の様なアレ。
あれが、「自分でもその存在に気付いていなかった思い癖(ネガティブな思考パターン)」

モーフィアスとネオの初対面シーンは、確かこんな具合。
モーフィアス:「なぜここに来た。」
ネオ     :「目覚めたいからだ。」
モーフィアス: 「なぜ?」
ネオ    :「何かが間違っていると感じたから。」
モーフィアス: 「真実を知りたいか?」
ネオ    :「真実って何だ?」
モーフィアス:「おまえが奴隷だということだ。誰もが生まれながらに束縛され、においも味も感触もない心の牢獄に幽閉されている。」

この他にも意味深なセリフは各所に埋め込まれています。

モーフィアス:「現実としか見えない夢を見たことがあるかネオ?」
ネオ    :「まさか…」
モーフィアス: 「まさか、何だ? 現実じゃないとでもいうのか? 実はその夢から目覚めていないとしたらどうだ、ネオ? 夢の世界と現実の世界の区別がつくか?」

そして差し出される「赤」と「青」の2つのカプセル。
モーフィアスはネオに、どちらか一つを選択し飲み込めと言います。
赤のカプセルを飲めば、本当の現実世界を見ることが出来る。
青のカプセルを飲めば、いままでどおり仮想現実の世界で生き続ける。
どちらを選ぶかは君次第…

この時ネオは赤のカプセルを選択しました。
これが「預流向」を表現したものです。

続く「アンプラグ(コンピューターに接続されていた後頭部のプラグを抜く)シーン」。
あれが「預流果」です。

自分の意思をコントロールしていたコンピューター(偽りの自分:エゴ)から切り離され、仮想現実の「トーマス・A・アンダーソン」という偽りの個性から、真の自分に目覚めた「ネオ」。

その後、預流果に到達した「ネオ」を、仮想現実へ引き戻そうと、エージェント・スミスがしつこく追い回します。

このエージェント・スミスが「自我:固定化された思考パターン」です。

エージェント・スミスは、ネオ(何者でもないもの)と出会う度に「Mr.アンダーソン…」と呼びかけ、仮想現実での役柄・個性・アイデンティティを思い出させようとします。

また、スミス(自我)は自分の任務を遂行するためならどこにでも現れ、「何かに化けたり」「増殖したり」いろいろな手段で、ネオを仮想現実へと引き戻そうとします。

モーフィアス曰く「マトリックスの内部ではやつらは誰でもあり、誰でもない。」

そんなスミス(自我)と格闘するネオのために、モーフィアスはカンフーを教えます。
その極意は、「Don't think, Feel !!(考えるな、感じろ)」

預言者オラクルの元へ行ってみれば「己自身を知れ(本来の自分に気付け)」と言われ…
ちなみにこのオラクルは「ハイヤーセルフ」を表現したものです。

それから… 主人公の名前「ネオ」は「ONE(すべては一つ)」のアナグラム。

「トーマス・A・アンダーソン」という名前は新約聖書に登場するイエスの使徒の一人「アンドリュー」から。

「トリニティ」は「三位一体(父と子と聖霊)」のこと。

「ザイオン」はエルサレム地方の歴史的地名「シオン」から。

預言者オラクルの元でスプーン曲げをしている少年のセリフ、「ここにはスプーンはない。曲げるのはスプーンではなく自分自身なんだ!」も、意味深ですね・・・

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ということで、この映画を観たことがない方には、今回のブログ記事は「全く訳わからない」内容だったと思いますが、今後定期的に「マトリックス」の話題を書いていきたいと思います。


今回も、最後までお読みいただいてありがとうございます。

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