大切なのは、理性と感性のバランスではない。感性と理性の有機的協力関係を作ること。理性とは、客観性と普遍性の能力です。理性的に考えるとは「みんなにとってどうか」と考えることです。社会、人類、国家など、自分を包み込む、より大きなものを視野に入れながら、自分の中から湧いてくる欲求を実現しようとすることです。ここに偉大なる人間の仕事が始まるのです。単に命から湧いてくるものをそのまま自己中心的にぶつけるのではなく、湧いてくるものを理性を通して表現するところに人間的な行動があるのです。理性は客観性と普遍性の能力であるがゆえに、それを使って考えると、「みんなにとってどうなのか」という社会性・人類性が芽生えることになります。理性を通して表現することによって、命から湧いてくるものは「志」となり、「使命」になるのです。感性論哲学とは、「感性」が正しくて、「理性」はダメというものではありません。「感性」が主で、「理性」が従でもありません。「感性」から湧いてきたものを、「理性」を使っていかに人の役に立ち、人に迷惑をかけないようにして、自分の欲求・欲望を実現するかを考える。感性と理性のバランスではなく、「感性と理性の有機的協力関係をいかに作るか」感性から湧いてくるものだけでは、野獣と同じ。理性を使って人間らしくすることが大切なのです。