棟上寅七の古代史本批評 -3ページ目

2023.5.03 「倭人伝」の投馬国の謎が解けた

●昨日、GW前に買い物へ、と肥後路に向かいました。お目当てはパール柑です。もう時期は過ぎているのですが、高知の文旦より自分には味が合うと相棒殿がすっかり気に入ってしまっています。

道路は予想通り普段の交通量で渋滞に合わず、一時間ほどで玉名の郷〇市に到着。幸いまだパール柑が売り場に出ていました。相棒殿は居合わせた出品された農家の方とも、いろいろとおしゃべりを楽しんでいました。熊本弁でわからないところが多かった、と言っていましたが楽しい時間を過ごせたようです。

 

時間もあるので、装飾古墳館前の鹿本の物産店で、これも旧知の西瓜農家の御夫婦が明日からの「GWの大売出し」企画の準備に見えていて、出展用の西瓜を分けていただきました。その後、まだ時間もあるし、菊地の名産、水田ゴボウを求めようと菊地公園の観光物産館まで足を延ばしました。公園の足湯にも20分ほど浸かり、帰路も渋滞に合わず、日の有る時刻に無事に帰り着きました。

 

●A新聞が5月1日、「字が大きくなりました」と社告していました。しかし、読んでいて大きくなったことには気付きませんでした。先月の新聞紙と比べてみたら、一段に12字詰め込まれていたのが11字になっていました。とくに読み易くなったとは思われず、伝える情報量がそれだけ少なくなったのだから、その分値下げしてもよいのでは、など脳内で毒づいていました。まあ値上げよりはましかも知れませんけどね。

 

●うっちゃん先生のブログを拝見すると、古代の薩摩に出雲の蔭が濃いことを詳しく述べています。当方も筑前の古代も同じ状況を報告しています。

この状況から、「倭人伝」の謎の一つ、「投馬国」の問題が解けるのです。なぜ水行20日の遠方の五万戸の大国が邪馬壱国の構成国になったのか、という謎です。

もし天孫族と出雲族の国譲りが、筑前の天照と大国主の間で行われ、薩摩の出雲も天孫族の配下に組み入れられた、という仮説を立てると、この難問も解けるのです。まあ、うっちゃん先生も気付いていることとは思いますが・・・

 

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2023.4.26 クジラの絵の土器発見の記事を読んで

 

●糸島の深江城崎遺跡から弥生時代後期の土器にクジラの絵が描かれていた、と今朝のA新聞が地方版で報じていました。

解説に【壱岐ではクジラの骨も見つかっているが、糸島では見つかっていない、市の当局者は「岸に流れてきたり、死んで漂流してきたりしたクジラを捕獲したのだろう」と話している】とありました。

『記・紀』に見える神武歌謡に「クジラを捕る歌」が掲載されています。A新聞の編集委員であったN記者は古代史の本も出されていますし、もうA社を退社されたのでしょうか、久米歌との関係がこの記事に見えないのは残念でした。

 

古田武彦氏は神武歌謡は久米歌で糸島出身の歌、と『神武歌謡は生き返った』で考察していました。今は手元にその本がないので、福岡市の総合図書館にあるかと思ったらヒットせず、県立図書館で県内図書館での横断検索をしてみたら、唯一北九州市立図書館に蔵されているだけでした。

仕方ないので、著書の寄贈先の書庫に出かけて借り出して、このことについて古田師であればどのように解釈されたであろうか、と偲びたいと思っているところです。

 

●那珂川流域の古代について貝原益軒の『筑前国續風土記』から、その『附録』(加藤一純)や『拾遺』(青柳種信)について関係記事を拾い上げて、古代の姿の復元を構築しようと努めているのですが、なかなか思うようにはいきません。

益軒が宗像神社について、古事記などに見える創成期に関わる記事と日本書紀との違いがあることについて、日本書紀は舎人親王がそれらの異説も考慮して日本書紀にまとめている。日本書紀を基本とすべし、としているのです。

 

しかし、住吉神社のところでは、伊弉諾尊が穢れを払うミソギの場所が日本書紀では宮崎の日向となっていることについて、なぜ日本紀が宮崎の日向がミソギの場所なのか、ミソギをした日向は筑前である、と縷縷のべています。A4で5枚くらいある文章です。400年前の日本語の文章を現代風に紹介しておく必要があるかなあ、その作業が面倒になっている自分に腹を立てています。

 

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2023.4.18 ショウヘイ熱いつまで?

●やはり岸田総理襲撃事件の闇の部分が世間の耳目を集めているようです。

いろいろと識者がマスコミで意見を述べていますが、的を射ているには程遠い感じです。

不条理のことが多い世の中で、犯人は自分の意見を「正」とするところからきているのでしょうが、自分の身の回りに対する見せつけ的な側面もあるのではないのかなあ、など思ってしまいます。

ともかく首相はじめ、まわりの人々に大きな危害が加えられなかった僥倖に感謝すべきでしょう。

 

●ショウヘイブームも一過性ではなく大きなインパクトを今回のWBCは残してくれたようです。わが相棒殿も海の彼方での大谷選手の活躍がニュース番組に出てくれば、ニコニコ顔で一日が始まります。

 

●安徳大塚第2号墳とされてきたものが、卑弥呼の墓標ではないのか、とまとめてみて、さてといろいろ古代史の本を広げてみても、その意見に反発はしても、意見をブログやホームページに上げてみる、というところまでのエネルギーの高揚は見られません。相棒殿のショウヘイ熱がうらやましい感じです。

 

●ChatGPTというAIでの古田史学関係の検索例を大阪のO氏が送ってくれました。チャットですから問い合わせのやり方でいろいろと変わってくると思いますが、古代史本の批評を古田史学の方法でAIがやってくれれば、寅七も御用納めができるのですが。ChatAIに聞いてみましょうか?

 

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2023.4.11 古本屋の古代史関係本の値段に驚く

●相棒殿を定期的な関節の検査に送り届け、トイレを借りようと相棒殿の後に続いてクリニックに入ると、受付の方がアレっという顔をされます。トイレを使いながら、ああマスクか、と車にマスクを取りに帰り、マスクをして再びドアを開けて入って受付さんに軽く挨拶しましたら軽くうなずかれました。いろいろとマスク生活のマナーも難しいところがあります。

 

●PCの動きが鈍くなったので、不要ファイルを駆除しています。サイズが大きいファイルは動画がほとんどですが、家族関係が多いので削除するかどうかためらってしまいます。

 

その分、古代史関係での関係画像ファイルは、関係論考が完成してしまえば不要になるのがほとんどですから、ソフトバンクの試合を固めで見ながら、一枚一枚検討して暇に任せて削除作業を進めています。

 

●博多の古代では、かなり多くの出雲系の神々が産土神として祭られています。これらの出雲の神々が多くは現人大明神にとって代わられたという結果は、ここでも国譲りが行われたことの証拠では、と思われます。

出雲の国譲りなどについては、宝賀寿男氏の氏族の研究でも述べられていたように思いましたので、改めて『天皇氏族 天孫族の来た道』や『三輪氏 大物主の祭神者』などを読んでみているところです。宝賀氏がいうには「大己貴神が拠った葦原中国とは山陰地方でなく筑前の那珂川流域」これは田中卓氏が「『住吉大社史』でオホナムチの本拠を元来、大和だとみるのも同様に誤解」としているとしている、と述べていました。

田中卓氏(皇学館名誉教授)氏の著作を調べてみると福岡の図書館には見当たらず、古本屋で検索するとその著作のいずれもが5桁の(つまり万円単位の)値が付いていることに驚きます。国会図書館に閲覧申し込みをすれば可能の様ですが、ちょっと気力が続かないようです。

 

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2023.4.03  なんとか「本」の校正「一校」がすみました。

●WBCが終わりました。大谷選手を始め選手の皆さんが、いや、監督さんやスタッフの皆さんも、それぞれの役割を十二分に果たされての優勝という結果が付いてきたものでしょう。

テレビの中継を録画していたわが相棒殿と昨夜、改めて対メキシコ戦の二度目のテレビ視聴をしましたが、改めて興奮させられました。この試合がベースボールというゲームとしてはベストであったと思いました。

 

●熊本玉名の「郷〇市」というところで「パール柑」がまるで高知の文旦と同等ではないか、という相棒殿の評価で、出かけてみたのですが、もうパール柑の時期が終り「晩柑」の時期です、柔らかいけどおいしいですよ、とお店の方に勧められ購入しましたが、見かけはパール柑そっくりですが、ちょっと柔らかすぎて相棒殿の口には合わなかったようです。絞って麦焼酎のサワーにしたら、つい飲みすぎるくらいにの口当たりでした。

 

●『真実の邪馬壹国を求めてと』いう仮題の「一校」もやっと終えました。明日にでも海鳥社さんに届けなければ、と思っています。

海鳥社の担当者のご意見では、原稿の口調は古代史風でなく、一般市民的でとっつきやすい述べようですが、若干古代史グループ相手の基調がかいま見えるので、もう少し一般の人の古代史の知識レベルに合わせて専門用語の使用については説明を入れる必要がある、と助言を受けています。

例えば、卑弥呼亡き後に13歳の壱与が女王となり、張政の薫陶により云々と書いてしまいました。この「推測」についてはもう少しその推測の確度についての説明も入れなければなど結構厳しい批評を受け、このブログにも言えることなのだなあ、と反省しているところです。

改めて、晋書の原文をあたり、張政が壱与の晋への数次の朝貢のどの時点に便乗して帰国したのか、魏から晋への禅譲の時期であったなどの状況を解説して、その推測をもっともらしく描写したりで結構時間を食っています。

 

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2023.3.29 子供たち二人の来訪がありました

●一昨日空港で羽田へと向かう長男を見送り、昨日は名古屋へと向かう二女を同じく空港で見送りました。先週、老寅夫婦のお見舞いに一年ぶりの我が家への来客でした。

長男は仕事の関係で3日間、二女は5日間滞在してくれました。去年は長女も一緒に来てくれましたが、多忙ということで欠席でしたが、ともかくお見舞いに来てもらう側は時ならぬ片付け・大掃除、そして地域のB級?グルメの接待続きとなりました。最後は二女が、私の料理も食べて!と言ってくれ見事なグラタン料理が食卓に上がりました。

 

わが相棒殿はスマホの使い方などいろいろと指導を受け、ラインなるものに乗っかりましたが、たちまち昔の知人たちからラインが入り、世界が随分と広がりました。寅七にも長男が難なくパソコンとプリンターの接続不良を解消してくれました。食事に行っても帰りは二女が代行運転してくれますので、長男相手のジョッキの数も増えます。

孫は来てよし却ってよし、と言いますが、子は来てよし帰らぬがよしです。当方二人ペットロス的現況にいます。

 

●わが原稿に対しての海鳥社さんの「一校」のチェックをほぼ完了のところまで来ました。一番手古摺っているのが、倭人伝にみえる「徇葬」の解釈について説明を求められているところです。

陳寿が「殉葬」とせず「徇葬」としていることの意味に、「徇」には強制の意味がなく、「殉」には強制的な意味も入るのではないか、と思うのですが、同じ東夷伝の夫餘の条には、百人を殺して徇葬する、というような記事もあり、さてどのようにまとめるか、悩んでいるところです。

諸橋轍次先生は「殉死」について、『後漢書』の夫餘傳の記事を例文として挙げています。そこには「徇葬」ではなく「殉葬」とあるのです。范曄の時代には「徇葬」という語が使用されなくなったのかなあ、と思ったりしています。もっと若かったら、『三国志』全体の使用例をチェックするなどに挑んでいるかも知れませんが・・・

 

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2023.3.20 ゴルフクラブ振り納めも近い?

●ロシアの大統領を戦争犯罪者として指名手配を国際刑事裁判所が指名手配した、とマスコミが伝えています。訴えられた本人にどれくらいの衝撃を与えたのかわかりませんが、反発心がより燃え盛ったことでしょう。

ただ、西欧側に批判的な国々に対して、プーチン大統領との交際についていくらかの牽制にはなることと思います。

 

●先週の昔の会社の仲間とのゴルフコンペに出かけました。プレー開始で素振りしていて、腰痛防止ベルトを装着するのを忘れてきたことを思い出しました。

腰に無理にならないように、と注意しながら前半をまわり、パーで上がれたのも2ホールあり、まあまあのスコアでした。後半に入り、4ホール目のロングホールから、ボールが思う方向に飛ばなくなりダブルパー叩き、あとはギブアップ的なスコアになりました。そろそろゴルフクラブの振り納めを、と思う気持ちと、腰痛防止ベルトを忘れたせいだ、と思う気持ちが頭の中で鬩ぎあっているようです。

 

●将棋の世界では藤井聡汰5冠が棋王位を獲得し6冠になりました。古代史の世界でも若手の論客の出現が待たれて久しいのですが・・・・

 

●邪馬壹国探究の原稿の第一校が出版社から届き取りかかっています。チェックを受けているところの多くは、古代史の仲間に対するような文章に対して、もう少し普通人?に対しての説明を増やした方がよいのでは、という出版社側からの意見があります。

また、意見の根拠における引用書籍の文章が原文を忠実に紹介しているのか、自説に都合の良いように意訳して紹介しているところはないのか、という指摘もあり、改めて全文をチェックしているところです。

 

●又、原稿に例えば、古田師が都市牛利は肥前鷹島の人でありその地の水軍の長であった、ということについて、その根拠は?とチェックが入ります。調べてみたら平成21年7月に、久留米大学の市民講座でお話をされたのを実際聞いていましたのですが、さて古田師がどこに文章として残されているのかを調べ、ミネルヴァ書房版の日本の生きた歴史(一)に「第六 難升米と都市牛利」を発見しホッとしたところです。まだ数十点このような調べる必要がある問題があります。まあ、ボケ防止には役立ってくれるでしょうが。

 

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2023.3.14 WBCの影響力の大きさに驚く毎日です

●昨夜孫娘NちゃんがBFと一緒に到着。今日は歓迎の宴です、ふくさしを張りこむ予定です。

昨日は朝から、相棒殿の指揮のもと大掃除でわれらが棲家も少しは住居可能面積部分が増えました。

ばたばたしていたので、大相撲で貴景勝に初日が出たことを後で知りました。ホッとしました。

WBCのJapanチームの進撃で、わが相棒殿もエアー胡椒摺りを真似しています。WBCの影響力のすさまじさを実感させられています。

 

●明日はNちゃん達を空港に送り届け、天神での高校同期同窓会に駆け付けます。最盛期には30名の参加があったのですが、今回は8名になりました。満88~87歳のメンバーですから、仕方ない状況でしょう。体力や脳力の衰退での欠席が5名いるのが残念です。

 

●海鳥社さんから一校のプリントが届きました。各ページ校正の印が入っています、それも満天の星のように。

しかし、今週は、高校同期の同窓会・会社OB会のゴルフコンペも入っていて、Nちゃんの来訪も重なり、日単位でなく週単位の校正作業時間が必要なようです。

 

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2023.3.06 古田光河さんが「古田武彦古代史研究会」を立ち上げました。

●ウクライナ侵攻にロシアは、刑務所での服役者をワグネルという民間の軍事専門会社の兵隊として使い、それなりの戦果を挙げてウクライナ軍が苦戦しているようです。

1945年の8月に突如ソビエトロシアが当時の満州国境を越えて日ソ不可侵条約を一方的に破棄して攻め込んできました。その折にも先陣に立たせられたのは囚人の志願兵であった、と伝えられています。

満州国在住日本人の民間人への凌辱行為はひどいものであったそうですが、戦勝軍には何もお咎めがなかったことが、この国の伝統的な対外戦争のやり方の基本に残ってしまったようで、悲しいことです。

 

●先の日曜日、マイナカード登録で受け取ったマイナポイントには使用期限がありますよ、というネット上での注意を見かけ、イオンの街を散歩がてら出かけてました。サービスカウンターの係のお嬢さんが丁寧に機械を操作してくれて、まだまだポイント十分にあり期限もまだまだ先と知り、安心して食堂街で100グラムステーキを食べました。

 

さてお勘定となってわが相棒殿が「ポイントカードが見当たらない、さっきサービスカウンターでチェックしてもらって、間違いなく受け取ったのに」と言い、とりあえず寅七のカードで払って、サービスカウンターに戻って、カードを紛失したのですが、と伝えると、さっきイオンの店員が登録機械の所で拾ったと届けたということでした。

 

年を取ってくると、ポケットに入れても何かの拍子にポケットから飛び出してしまうようです。マイナカードは拾っても黙って使えば名前の確認はありませんから、出てこないかも、と思っていた我が相棒殿は喜んでお礼を、と申し出ましたが、それも断わられました。まだこの国の人情は「なさけ」が残っていることがうれしくなりました。

 

●古田武彦師が薨じ、すでに7年半経ちます。九州王朝説が世間一般に登場することも少なくなってきています。

古田師の子息光河さんが、なんとか父親の開いた道をきちんと進めたいと、かねて準備されてきた「研究会」をスタートさせたと連絡が入りました。

案内には【古田武彦は50年前に日本古代史の真実を明らかにし、世に問うたにもかかわらず、いまだに世の多くの学者・研究者は反論どころか触れようともしません。しかしその論証は現在においても全く色あせること無く、説得力を持って存在していると考えます。ぜひご自身でそのことをご確認・体験いただき、古田武彦が到達した古代史における真実の歴史観を、誰に忖度する事無くご自身の頭(で理性)ご判断、ご堪能下さい。

ご興味を持たれれる方、ご賛同いただけるか方々のご参画をお待ちしております。】と「古田武彦古代史研究会主幹古田光河」名でご案内文が結ばれていました。

 

この「棟上寅七のブログ」と目的は同一です。しかし本ブログの寅七も生身の身です。近々いつ古田師の下に伺うことか、天のみぞ知る身です。本ブログの読者のみなさんの周りの方々が光河さんの研究会に参加されることを期待しています。

 

●上記「古田武彦古代史研究会のホームページ」は、次のURLです。入会希望の方はこのURLから申し込みください。

http://www.furuta-takehiko-sg.jp/

 

 

2023.2.27 プーチンンの中世の専制君主ぶりの原郷はどこ?

●ロシアのウクライナ侵攻も1年になります。なぜこのような理不尽極まりない侵略が、ロシア国内では祖国防衛戦と同様な意義あるものと取られているようです。

たまたま書棚の片隅に1966年現代思想社刊の『トロツキー わが生涯』があるのをみつけ何十年ぶりに読み返してみました。

レーニン亡き後、スターリンがレーニンの後継者トロツキーをKGBを使って追い詰めていく過程で、KGBの力をつかって、国外追放でメキシコに逃れたトロツキーを暗殺する前までの物語です。

 

同じロシア民族間で、丸で中世の世に戻ったかのような「実力闘争」が展開され、KGBを有効に使ってスターリンが権力を握っていきました。国外に追いやったのにそれでは飽き足らず、暗殺に至るのです。

 

プーチン大統領はKGB育ちで、そのあたりの歴史は十分知悉しているので、国内の世論を抑え込む手管の熟練は、恐ろしいほど成果を上げているようです。ゼレンスキーウクライナ大統領がKGBの毒牙にかからないことを、無神論者の寅七ですが「祈り」ます。

 

●確定申告の医療費控除関係書類もほぼ完成しました。昨日の日曜日は相棒殿の所望する宗像方面の道の駅などの産地直取れの品々の探索でした。以前、立ち寄ったときに鐘崎漁港水揚げの「ナマコ」が格安でゲットできたので、今回も期待していたのです。

 

早めに出かけたので、今回もナマコや海産物をゲットできました。その後、売り上げ全国一を誇る宗像道の駅やから、西赤間のショッピングセンターに回り、昔香港で味をしった、楊貴妃の好物だったとされる、荔枝(ライチ・れいし)の冷凍品をゲットできたことで相棒殿も満足して家路につきました。勿論、夕食は豪華な食卓となりました。

 

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