30.5.18  桃の種から連想したこと | 棟上寅七の古代史本批評

30.5.18  桃の種から連想したこと

●久しぶりに昔の会社のOBグループのコンペに出席しました。65歳から82歳までの15人で、寅七が最年長でした。

先週のゴルフで一ヵ所大たたきをしたのに懲りて、いくら同伴者が飛ばしても、己の分を守って回れました。OBなし、トリプルボギーなし、で回ったのですが、問題はパッティングでした。

このゴルフ場は、2グリーンでグリーンが小ぶりなのですが、結構早く仕上がっていて距離感が掴みにくいのです。3パット5回で、スコア的にはベスグロに3打足らずと不満が残るゴルフでした。それでも、白内障の手術後ということも、もう気にならず、天気は良くて、よく良い汗が流せた一日でした。

 

●家内の妹の旦那さんが長年入院療養中でしたが、肺がんを併発しどうも厳しい、ターミナルケアの段階になったと知らせてきました。先月は昔の会社の大正生まれの先輩I氏、今月は同じく先輩のこちらも大正生まれのH氏となくなりました。

身近にもこのようなことが続くと、家の空気もなんとなく暗くなってきますが、孫たちの大したこともないニュース、アメリカ留学中の孫娘が自炊に苦戦していることや、母の日のプレゼントに母方の実家の庭の草むしりをした息子の話など、他愛のないそれだけの話で、ほっとひと時救われています。

 

●新聞に箸墓で桃の種の年代測定の結果が出て、卑弥呼の年代に一致する、卑弥呼の墓の可能性が増した、などと書かれていました。

関連して思い出したのが、糸島の一貴山古墳出土の黄金鏡のことです。昔、調査研究を担当された京都大学に持って帰えられたままになっているので、故郷への返還運動を、と動いてみたことがありました。

その時に、京都大学の調査に地元糸島高校の歴史研究部が協力したそうで、昭和20年代後半に協力した部員の方にお話を聞いたのです。

「その時に、一貴山発掘を手伝ったことを期に、博物館を行内に設け、出土品の一部や木棺を糸島高校歴史研究部が管理することになった。しばらくたって、伊都国博物館から木棺を調べたいから貸してほしいと頼まれ、貸し出したがそのままになっている。」ということでした。

最近では放射線炭素法により木材の伐採年が特定できると聞きますし、この木棺を調査すれば、木棺材の切り出された年代が特定できれば、一貴山古墳の被葬者の死亡時の上限年代が判明するし、前方後円墳の築造時期の上限年代も知ることができるのではないかと思われます。

箸墓には予算も付くのでしょが、地方の博物館には難しいのかもしれません。今はやりのクラウドファンディングなどでできないものかなあ、など空想しています。

 

●中国の新華社ニュース(ネット・英文)に山東省の集団墓地(紀元前3000年)の人骨の調査結果が出ていました。ネットで探すと、日本語に訳されていましたのを見つけました。それによると、【済南市で104の家屋、205基の墓などが発掘され人骨も良い状態で発見された。後期新石器時代の黄河流域に紀元前3000年から1900年に栄えた竜山文化(別名黒陶文化)の遺跡だ。特徴としては出土人骨から多くの男性が180センチ以上ということ。】と報じています。

中国の考古学者によれば、中国の他地域の新石器時代の人々の身長は男性165cm、女性155cmだそうで、龍山文化の所のみが高い、というのは不思議だそうです。なお、この付近(山東省)の現在の平均身長は、新石器時代の中国の平均(男性165cm、女性155cm)より高いそうで、その遺伝的な影響かとも報じていました。

寅七としては、『論語』の「六尺之孤」の六尺とは何センチのことなのか、など検討して来たことでもあり、参考になるかなあ、とも思われる記事でした。

その新華社の記事のタイトルは、「Across China:Archeologists Find 5,000-year-old giants」でURLは次です。

https://www.gizmodo.jp/2017/07/chinese-find-giant-skeletons-tomb.html