30.5.06 GWもやっと終わりました | 棟上寅七の古代史本批評

30.5.06 GWもやっと終わりました

●GWもやっと終わりました。子供や孫がいなくて老夫婦だけだと、せっかくの長いお休みも単に「どこにいっても混雑週間」にすぎません。白内障の術後の点眼薬をせっせとしましたし、その効果を試すべく、来週からゴルフの予定が結構入っています。わが相棒殿から「眼よりも体力の方が大丈夫なの」と一言入りました。

 

●せっかくの時間ができたので、ホームページを整理しました。ホームページを始めてもう10年以上たちますし、槍玉に取り上げた方々も鬼籍に入られた方も多く、若い方々には説明しないとどんなかただったのか、わからないのではないか、と思いトップページを一新することにしました。

槍玉に上げた60冊余りの本について、簡単な説明を80字目標に付けることにしました。やってみると結構大変でした。まあ、昔の自分の原稿を読み直しながらよくもこんな量の文章を書いたものだ、と感心しながら、TVで卓球のアジア選手権の試合を横目で見ながら、何とか終えることができました。

 

●そのなかのいくつかを紹介しておきます。

◆松本清張『古代史疑』:『魏志』倭人伝の内容はいい加減なもので、陳寿の創作に負うところが多い、と中央公論誌で連載。その結果、多元史観の古田武彦の誕生となったのです。

 

◆白石太一郎『古墳とヤマト政権』:玄界灘沿岸諸国のはるか南とされる邪馬台国が近畿の大和にほかならないとすると、この南は東と読み替えることが可能となる。狗奴国濃尾平野説です。

◆大山誠一『聖徳太子と日本人』:古代のスター聖徳太子は実在しなかった。タリシヒコは推古女帝ではなく、聖徳太子でもあり得ない。実は蘇我馬子で天皇であったのでは、と論じられます。

◆兼川晋『百済の王統と日本の古代』: 半島と列島との古文献の断片情報を集積して越境的古代を描きだす。百済は「旧い多羅」がつづまってクダラ。利思比孤はカバネ。倭王武は筑紫君磐井。タラシヒコは多羅から来た彦などなど満載

 
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