ブログも9年目に入ります 26.07.30 | 棟上寅七の古代史本批評

ブログも9年目に入ります 26.07.30

●早いもので、このブログを始めて今日で丁度8年になります。最初のころは毎日、段々と間隔が年と共に伸びていき、最近では週一ぐらいになっています。まあ、気長に続けていこうと思っています。
それにしても、私の愛読ブログ「山歩塾」が、ひと月以上更新されていません。少し気になります。

●昨日も暑い日でしたが、仲間に誘われホームコースに出かけました。気温が上がると腰の具合もよくなるのか、球が良く飛んでくれました。池ポチャやOBも出ましたが、リカバリーがうまくいき、スコアも久し振りに6アンダーが出て良い気分で帰宅できました。(このところの不調でハンディキャップが随分増えてきた結果でもあるのですが)

明後日にもグランドシニアの会があるけど、どう? と誘われましたが、体調回復に中4日は必要ですから、と低調にお断りしました。

●歴史民俗博物館の藤尾慎一郎教授の時代区分の話を7月6日のブログに書きました。

そこでの問題点として、なぜ、北部九州と近畿をひとくくりにして「西日本」というブロックで表しているのか、ということを述べました。

もう少し詳しく書きますと、藤尾氏は北部九州と近畿では稲の栽培の伝播について、おおむね次のように述べているのです。「C14法による年代測定によって、稲作は九州に伝播後、350年かかって近畿に、370年かかって青森に、650年かかって南関東に伝わった」(學士会会報2014‐Ⅳ 新しい弥生時代像の構築 より)

それなのに、グラフ化されているのは、九州と近畿をひとくくりにして「西日本」としているのはやはり何かの意図が働いているとしか思われません。(グラフを再掲します)


藤尾 クリックすると拡大します

昨日届いたTokyo古田会Newsに“歴博「弥生ってなに?」展を見に行く企画”に参加呼びかけがなされていました。8月9日には藤尾教授の講演があるそうです。

この講演を聞かれる東京古田会の方々も、寅七と同じ感想を抱かれることでしょう。是非この点を藤尾先生にお聞きして貰いたいものです。