「喜び共有人生」を目指して ~31歳、転職の年~ -2ページ目

「優先」は値打ちがあるのか?

※今日の日記はダラダラで長いです。ごめんなさい。


あまりゴルフは見ないが、先日のブリジストオープンという大会でのニュース(出典元:Yahoo! News)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091023-00000038-spn-golf


抜粋していますが、記事そのものの情報を曲げるものではありませんので、ご了承下さい。


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 “事件”が起きたのは1オーバーで迎えた15番パー4だった。大きく右にそれた石川のティーショットは、男性ギャラリーに当たって林の中に落下。そのボールに向かって中年の女性ギャラリーが猛ダッシュすると、いきなりボールを拾い上げてしまった。

 すぐに周囲のギャラリーが「ダメ!」と注意し、女性は慌ててボールを元の位置に戻した。悪気はなかったようで「初めて遼くんを見に来たんです。記念に持って帰ろうと思って」と平謝り。

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日本人のマナーはどうにかならんものかな。って文章を書くのは簡単なのですけども、違う視点で見てみようと思います。それがこの日記のタイトルです。

(いや、本当は結構見てて腹の立つニュースですよね。言いたいこといっぱいあります。)


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このニュースの主題は、「自己都合を優先して、主目的であるプレーの邪魔をした」である。


冷静に考えると当たり前のルールが、この当事者の女性が「自己都合を優先したい」という欲望の前に、陥落してしまうのである。


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昔、大阪のUSJに行ってきたときの話です。


USJは、皆が並んで混んでいる道の横に、ガラガラに空いている道がある。

そこをするっと歩くと、乗り物の手前の列まで到達してしまうのだ。


この道を歩く権利は、入場時に安くない金額を支払い、チケットを買うことで得られる。


※私はチケットを買いました。東京から大阪までコストをかけて行ったのに、並んで時間を浪費するのは勿体無いからだ。


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こんな商品があると、どう思うだろうか?


1ヵ月後に販売開始の人気ゲームを、本日より先行販売します。

先行販売価格:7000円 (通常価格は5000円となります。)


発売直後から、ネットの掲示板では購入者が情報交換を始めており、どんどん攻略サイトもできてくる。

すれ違い通信が流行となり、あなたはそれを横目でみるだけ。

「自分が買うときは、もしかしたらブームが終わっているかもしれない。」


あなたは、1ヵ月後の通常価格まで待ちますか?


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ちょっと極端な例でした。なんかイヤラシイ話ですみません。


おもむろに例の通り販売されると、反感覚えると思いますが。


ただ、

これらが表だってやられておらず、ごく自然な形でサーブされていたら?(著名ゲームブロガー限定先行販売とか)

先行販売の7000円の商品は、箱を豪華にしてオマケがついてくる特別仕様だとしたら?



そういう風に真の意図(=「優先」を付加価値として利益を取る)を見抜かれないよう、

カモフラージュされていたとしたら?


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昔からこんなに、「優先」って価値のあるものだっけ? と思ってしまいました。


現代って、「同じ結果を得るなら、より速く快適にその結果を得たい。」という目でみると、いろんな人がそのような行動を取ってるような気がします。私も含めて。


「皆が不快な環境でいるときに、自分だけ快適な環境に居たい」って思う人も多いかもしれません。毎日満員電車にのってられるかたなら体感しますよね。これも私も含めて。


なんか、昔の方々の美徳感を勉強したい、って思えてきました。

「優先」というものの価値が見えてくる気がします。

巻き込み力

※ 「コミュニケーション一考」で書いたように、人からの話は聞くことに徹する。

   私の学びは自分の日記、つまりこのブログに掲載する。



同僚からの言葉。


「巻き込み力」はビジネススキルだ。



自分の力には不得意分野という限界があり、得意な領域は得意な人に任せるのが良い。


頼む側の自分にとっては、相手に「手伝ってもいいかな?」と思わせる何かがほしい。




得意な領域をその人に頼み、そのやり方を学ぶ。


仕事が進み、スキルが学べる。 これって一石二鳥だよね。


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振り返り。


自分ができること/できないことは、「巻き込み力」的に考えてみると。


自分ができること → 時間をかけて誰かを教育する。理念も、目的も、手段も。

   → 『やってみせ、言ってきかせて、させてみて、ほめてやらねば人は動かじ。』


自分ができないこと → 得意な領域の人に任せる。

             → 仕事が進み、スキルが学べる。



では自分がすることってなんだろうか? 考えてみた。


→ 「後輩を教育」する。

→ お願いした人への「管理」ができる。(こういう言い方好きじゃないなぁ。。。。)

→ 「第三者が処理すべき主役ではない手伝い。」 ドキュメントや作業の品質向上、つまり推敲、最終チェックを手分け=精度がアップ!

→ 俯瞰的に見て、お願いした人へ「多面的な見方を提供」し、一緒に頭を悩ませることができる。

→ 「新しい仕事を見つける。」なるべく作業量を最小化する努力はしたい。



まだまだ思いつきますが・・・このへんで。



ここで思うことはきっと普段疎かにしていることかもしれません。

「私がすべき作業」 = 「私がしてほしい作業」 ですよね。


案外、昔ながらの言葉にたどり着きました。

仕事以外の能力は仕事力だ。

先日、上司に退職の意志があることを伝えた。

よくある「どうしてだ?」の話もありましたが、それはさておき。


その後の「俺の思いなんだが。」で始まった話が、今も心に残っている。上手くまだ理解できないのだ。

ここを見てくれている皆さんと一緒に追ってみたい。


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「仕事が上手くいかない。段取りが下手と自覚してる。なんてとらお君は言ってたけどね。」

「とらお君は”開眼”してないんだよ。」(※私の上司はこの手の単語が大好きだ。)


- 「”開眼”ですか?」


「そう。それはゆっくり醸成されるのではなくて、突然くるんだ。ある日突然ね。」

「自分が立てた仮説を現実化する。そういう行為を繰り返すうちに、いつのまにか知らない領域の仕事でも上手く裁けるようになる。」


「とらお君は、昔アルバイトでサービス業(※ホストのアルバイト)経験してたり、歌が上手かったりするじゃないか。」

「タバコ吸うとき相手が火を探していたら思わず差し出そうとするし、人が歌った歌を1~2回聴いたらある程度歌えちゃうだろう?」


- 「確かにそうです。」


「そういうところで能力を発揮できているということは、仕事だって同じ能力が発揮されるはずなんだ。今は仕事とカラオケとかを別々に感じていると思うけど、それらが繋がるときがくる。その状態を”開眼した”と言えると思うね。」


- 「上手く実感できませんが、自分にもそんな瞬間がくるというのですね。」


「そう。先ほど言ったとおり、仕事以外のことを見ると素養は既にあるんだ。あとはそれらが繋がるだけなんだよ。」


「今の会社をやめるまえに、開眼してからの方がいいと思う。ただ、「業種を変える」となると、これ以上の年齢で転職というのは、確かに難しいかもしれない。もう少し考えてみてほしい。」


・・・・うーん、、おっしゃることは理解できたが、俺の実感として感じられない。




仕事以外のことで発揮できている能力は、仕事に通ずると思いますか?

コミュニケーション一考

最近、仕事のことで落ち込んでいる女性の後輩をコーチしました。

私自身コーチングの学習経験はないので「どうしたものか」と思っていると、コミュニケーションに関することを1つ思いついたのです。


それは、


人と話すときに、私は「自分がしたい話」ばかりしていないか?「相手の話を聞こう」などとは、していないのではないのか?


ということです。


なので、今回のコーチングは、自分から話するのをやめてみました。その代わり彼女の話をメモへまとめることに集中しました。

話を聞き始めると、喋る喋るわ・・・ 時間にして5時間(汗) 仕事相手の愚痴、不明確な仕事を振られた愚痴、最初はそれが中心でした。


それでもさらに一方的に喋ってもらうと、「仕事が思うようにこなせなくて辛い」「自分はこういう人生を歩んできて、こういうことがしたい」。そんな言葉が聞こえてきました。


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彼女が喋りつかれたところを見計らって、まずメモを見てもらいました。俺は見やすいように図でまとめました。


「本当に今困ってることは何?」と○をつけてもらうと、彼女の話を聞き始めて最初のころに出てきた話題(愚痴の類)に1つも○がつかなかったのです。


彼女にはその後、「作業ではなく役割を任されている状況にあるので、役割をよく理解して自分の作業を組み立てよう」という話をしました。

彼女からは、「安心はまだできないけど、仕事をどうやったらよいのかわかりました。」という返答。


その後は辛そうにしていないのか、見ていないフリしながらウォッチしています。(本当は自分がやったことがよいことだったのか、検証したいだけなのかもしれませんが。)


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多少、話がそれましたが、本題です。


私がもし、相手の話にする答えを、すぐリターンするような反応をしていたならば、最初に出てきていた人間関係の話題(愚痴)に対して、「あの人はそういうところがあるからねぇ。」とか、「理不尽な人なんて、世の中にゴマンといるよ!」と言っていたはずなのです。


でも結果は、話を長く聞くことで、「自分の役割から作業内容を組み立ててみなよ!」と、話をしました。



改めてこの答えの差に明確な違いがあることが気づきました。


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この結論から、ひとつ自分の習慣を増やしたいと思いました。


「人の話を聞くときは、聞かれない限り自分のことを一切話さない。」


コーチングとは、「話す立場の自分が学ぶ」ことなんだな・・・ そう思いました。

無謀でないリスクをとるチャンス

先日自分の状況について、こんなこと書きました。

以下A、Bについて迷っている という内容です。


転職先A(コンサル):

・ やれる仕事はとても限定的で、キャリアの伸びは遅い。

・ あまり興味を持てない仕事内容である。

・ 会社はある程度安定している。

・ 給料は増える(年額+100万ぐらい)


転職先B(ベンチャー):

・ やれる仕事は多岐に渡り、裁量権もそれなりにあるので、キャリアの伸びは速い。

・ 仕事内容は、自分が好きなことである。

・ 大企業ほど安定していない会社である。

・ 給料は減る。(年額-200万ぐらい)



最近、ある方のブログを見て、2つの思いが頭を巡ります。

1) コンサルは、本当にお客様を助けられる職業なのか?

2) 一度、金銭的なリスクをとり、そこから這い上がる経験しておかなくては、将来的な成功なんてないのではないか?



2)などは、「苦労は金払ってでもしなさい」の言葉通り過ぎますね。


要するに俺の頭の中では、どういう転職をすべきなのか、もう決まってるんだと思うのです。

ただ、リスクを解消するための見通しが立たずに、悶々としてると。

今は給料さがったとしても、今後どのように何を学習してキャリアを積み上げ、今の給与額に戻すか、そういう作戦が必要なんだと感じています。それが「リスクをとるチャンス」なんだと捕らえています。


自分の5年後、10年後のキャリア、給与額をはっきりさせないことには、転職すること自体の意味がなくなってしまいますね。


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【はみだし話】

やはり、客観的に自分を見ると、「31歳にもなって何言ってるの?」状態なんです。

でも、過ぎてしまった時間は、もう取り戻しようもないんだし。


逆にとると「好きなように生きていこう」って気持ちがちゃんと形成されたことに、喜びを覚えてます。


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【金曜日: 仲の良い同僚と。】


金曜日に会社の同期仲間3人と飲みに行きました。

みんな口々に「今の会社は続けられない」って言ってました。


友達は、「みんなで同じ会社に移ろうよ」って言ってました。


それだけ同期との絆に強い思いを持ってる彼に感謝したことと、「でもそれは違うよ。自分で自分のこと考えなきゃ。」って思う俺と、2つの感情がごちゃごちゃになりましたね。。。。


結局「違うじゃん」って言えなかった。


なぜかというと、彼から切羽詰まった印象を受けなかったから、、だと思っています。

語りきれないですが、「自分に対しては切羽詰まった人間であるべき」と、考えました。


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3社目のエージェントから連絡が来まして、現在の応募候補はこんな感じになりました。

○ コンサルティング → 3社 (500人以上:500人以下 = 1 : 2)

○ 事業会社 → 5社 (500人以上:500人以下 = 1 : 4)

初転職なので、受けすぎなのかどうかわかりません。

ただ、現職との兼ね合いで「面接のスケジュールを空けられるのかな・・俺。」と思う次第。