キャバクラを辞めて再びニート生活へ。
病院は1週間に1度の通院のまま
薬は減るどころか増えていきました。
そして私は気分が落ちた時にいつも
考えるようになりました。
『もう死にたい』
『あんなに楽しく暮らしていたのに
どうしてこんなになっちゃったの』
『パパママごめんなさい』
『生きていてごめんなさい。生まれてきて
ごめんなさい。』
『私はもうどうせ良くなんてならない』
とにかく今の自分を責め続け
ずーっと苦しいままでした。
毎日健康で毎日楽しくて
自分自身がここまでになるとは
思ってもいなかったので
とにかく今の自分を受け入れることが
出来ませんでした。
薬の副作用に慣れてきてはいたものの
手には全く力が入らず
震えがとてつもなく酷くなっていて
既に文字が書けなくなっていました。
辛くなる度に今までは自傷行為で
終わっていましたが
本当に生きている事がしんどくなり
とうとう私は今なら死ねるかもしれないと
ビルの屋上から飛び降りようとしました。
でも、もちろんそんな事は出来ず……
警察に何度も迷惑をかけました。
その後、飛び降りは出来ないと思った私は
死にたくなる音楽、死にたくなる映像などを
たくさん検索しては、自ら自分自身を
もっと追い込んでいきました。
そして遺書を書き、大量の薬をお酒と飲み
数分後、だんだんと意識が
遠のいていくのがわかりました。
とにかくつらくて、惨めで
泣いて泣いてどうしようもなかったのは
とても覚えています。
そして私は2度目の入院をします。
少しはよくなっていた頃もあったのに
振り出しに戻りました。
『あー。またこの生活か。』
2度目の入院はもう慣れたものでした。
先生が来て私に相談します。
『薬を増やそうと思うんだけど、
この薬は副作用で少し太るかもしれない。』
私は拒絶しました。
今だって何も運動をしていないのに
食べてぼーっとして寝る生活のなか
副作用で太るなんて無理。
私は絶対に嫌だと強く伝えました。
ですが数日後、私の母が
口を滑らせてしまい、私に黙ってその薬が
出されていた事実を知ったんです。
私は先生にも家族にも裏切られた気分になり
ものすごく恨みました。
これがきっかけで私はご飯を食べる事が
出来なくなったんです。
そしてこれを機に摂食障害(拒食症)に
なっていきました。
………次回に続く。
と、まぁ~暗い内容でごめんなさい![]()
これでも凄く端折ってはいるんですが
気持ち重くなりますよね![]()
でも、理由はどうあれ
同じ症状で苦しんでいる方って
たくさんいると思うんです![]()
自殺したい程苦しかったのに
今生きていてよかったと
どれ程感じているか…
あの経験をしてよかったと
心から思える日が来るなんて
あの時は想像も出来ませんでした![]()
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『数年後のあなたは笑ってるよ。』
『もう頑張ろうとしなくていい。』
『必死に生きようとしないで。落ちる時は落ちていい。好きな事だけしたらいい。』
『大丈夫。全てうまくいっているよ。』
あの頃の自分に言ってあげたいです![]()
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そして今後、私は私の言葉で
色んな方に寄り添っていきたい。
そう強く思っています。
今日も最後まで読んで頂き
ありがとうございました![]()