楽しく想いを繋げる
私は、学ばせる想いが強い時がある
こうやるとカラダが速く動かせる
これをやってこれをやるとプレイしやすくなる
と、いったように、運動理論を具体的に砕いて子どもたちに指導していることが多い
だけど、先日、お世話になっている岡谷市にある真福寺に講演会で久々に伺いました
講演会を終わり、駐車場側の掲示板に次のように書いてあった
水無月
学ばせようの前に楽しませようの工夫
本気で楽しむなかで子は学びを見つける
今の自分はかなり沁みました
教室登録者も多くなり、特に今は、春に新規で入ってくれた時期
説明がどうしても多くなりがち
これは安全面やなんで基本技をやる意味を連日子どもたちに伝えてます
その言葉掛けも幼い4・5歳の本人が聞いてなくても保護者にこれをやっている意味を伝えれるように説明が重なっている状態です
本来、スポーツとは、遊びだったハズ
これは私の勝手な妄想です
獲物を捕まえる為に走っていた。ある日、誰かが村で脚が速いのは誰だ?と疑問を持ち、「じゃああの木からあの岩まで走って決めよう」なんだこれ楽しいじゃないか
これがかけっこの始まり
みんなで木の実を投げていた時、お母さんの方に投げてしまった。しかしそのお母さんは持っていた棒で打ち返した
投げた物を打ち返せるのか。俺だけでやってみようぜ
これが野球の始まり
真相は知りませんが、楽しいからやろうが先手で文明もスポーツも発展してきたハズだ
それが、安全のためには・・上達するためには・・・が今の私だ
やはり幼児体育・学童体育は。楽しませてなんぼ
急には左折・右折できないけど、しっかり楽しませる工夫も忘れずにやっていきます
普段行かないところにヒントあり
やはり、同じ生活スタイルではなく、違う人とあったり、生活圏外で過ごすのもいいこと
岡谷市真福寺。やはり道を拓く場所なのかもしれない。感謝いたします
続く・・・
