この空のまもり
芝村裕吏


ーーでは今日も、この国を守ろうじゃないか。
翼は流麗に入力した。
ーー誰にでもある、小さなもののために。


ゲーム「ガンパレードマーチ」の生みの親として知られ、「マージナル・オペレーション」(1巻 2巻)、「キュビズム・ラブ」(1巻 2巻 小説版)、「ガン・ブラッド・デイズ」など、最近は様々な作品で名前を見掛ける芝村裕吏さんの最新作。

今作は、ハヤカワさんから出たSF。

何と、小説はこれで今年5冊目!
驚くべきハイペースでの刊行。
ファンとしては喜ばしい事極まりないです。

しかし、最近の多くの作品の中でも私はこの作品が一番好きです。
非常に面白かったです。


あらすじ
強化現実技術により、世界中のあらゆる場所と人に電子タグをはりつけられる時代。強化現実眼鏡を通して見た日本は、近隣諸外国民の政治的落書きで満ちていた。現実政府の対応に不満を持つネット民は架空政府を設立、ニートの田中翼は架空防衛軍10万人を指揮する架空防衛大臣となった。就職を迫る幼なじみの七海(ななみ)を気にしつつも遂に迎えた清掃作戦は、リアル世界をも揺るがして……理性的愛国を実践する電脳国防青春SF!


まず、目を引くのは強化現実という技術が発達した近未来の世界設定。
今の私達の世界でも、AR技術が近年目覚ましい進化を遂げています。
スマートフォンを通して見る風景の中にエヴァや美少女の姿を捉えたり、ラジコンヘリを操作したりと様々。
この技術が発展し、より一般化した近未来世界が描かれます。

街でスマートフォンを翳して見ると、様々な絵や文字列が仮装タグとして出現する世界。
そこには水商売の宣伝広告からイデオロギーを主張する過激な物まで何でもあり。
仮想と現実がより複雑に入り混じった社会。
加えて、諸外国が強化現実にいち早く対応しようとしたのに対し、日本は政府が重い腰を上げずに遅れを取っており、民衆の不満が溜まっている状態。
この辺にとてもリアリティを感じます。

又、三次元記憶素子の実用化により、途方もない量の記録が可能となっていて、携帯端末1つの中に地球半分に匹敵する範囲の強化現実タグデータが入っているというのもワクワクします。
その結果巨大なデータによる推測によって通信も再構成され、平成に比べ通信量は格段にという近未来世界。
手の届きそうなSF感に心踊ります。

一方で、幼い頃から強化現実に過剰に触れて育った事に起因する発達障害など、負の面もリアルに描かれます。

そして、少子高齢化や諸外国との問題など社会的なテーマを絡めて送られるエンターテインメント。

物語自体も、様々な設定も、節々で出て来る芝村節全開の台詞回しも、SF世界を通して語られる様々なテーマも、全てが面白さを感じさせてくれました。

現実と地続きでありながらも、違う理が世の中を支配する世界。
「マージナルオペレーション」や「ガンブラッドデイズ」の世界の理は現実と同じですが、この「この空のまもり」は異なります。
かといって「ガンパレードマーチ」程ではないにも関わらず、一番近い趣を感じました。

又、「マージナルオペレーション」に続き、またしてもニートが主人公。
ただ、このニート、翼は初めから凄いニート。
それ故に、主人公キャラとしての魅力も「マジオペ」よりも強く感じました。

主人公以外にも様々な視点から展開され、群像劇としての面も持っており、キャラクターのドラマという観点からもとても楽しめる作品です。

棘棗さんはネーミング含めて好き。

ある意味では新しいセカイ系の提示であるようにも思いました。

芝村さんの描く近未来世界に興味がある方はマスト。
SF好きの人は勿論、普段余りSFを読まない人でも楽しめる作品であると思います。


80点。


以下は心に残った言葉集。
ネタバレ注意です。




















人類には、世界はまだ二個で十分のようだった。


人は希望を持つと愚かになるものです


おまたせしました
そしてもう、待たせません。二度と


愛国心は……誰かを傷つけなくても存在を証明出来る。他人を傷つけることが愛国心だと思っている哀れな陸軍大臣に教えてやろう。そうではないと。真なる日本とやらは、折り目正しく助け合う秩序だったいつもの我々であることを