愛されているというメッセージ | Bon, foret, bon, Je vis

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日本から見たら南のみなみ、大きな大陸のはしっこで留学中です。
でも夢は北欧。きっと叶いますように。
(登場人物は猫も含め、すべて仮の名です。)

こんなによくしてもらっているのに
すごく優しくしてもらっているのに、
なぜか、

なぜかどうしてか、

だめな人って、いますか?




私はとても、悩んでいました。



例えばしてくれること、言ってくれたりすることは、
なにか私の大好きな人たちと、
一緒のような気がするのに、


その人のことを考えると、

なにか心の中に

不思議なもやもやしたものが出現して、


それをとてもとても、感じてしまうんです。





私はそれがなにか、
ずっとずっと解らなかったのですが、

でも先日はっと、
突然それがなにかに、


気がついてしまいました。





その人は確かに、私の大好きな人たちと

変わらない態度で接してくれます。

私もその人を好きだな~と思う瞬間だって


いっぱいあるんです ILOVEYOU




でもその人はひとつだけ、
私の大好きな人たちが決してしていないあることを、

する人なんだと、気がついたのです。







は、






メッセージです。








それはその人から発された言葉とは別の、

私にむけられた、メッセージ。



それがあったから

私の心はその人を否定し続けてしまっていたのだと

感じました。






数で勝負の東京の、

私はその人の、コマの一つなのです。


(ががーん)








私はその、その人がときおり発する、


「愛されているのは私なのよ」


というメッセージ、


または、


「してほしいから」


というメッセージを、


ずしんずしんと心に感じてしまうのです。





心の中で

何度もそういう感覚になる自分を否定してきました。


でもないものは、
やっぱり感じないのだと思うのです。


そこにあるから、感じるのだと、

思いました。








そしてこのメッセージ、

自分がなぜこんなことが判るのか…、


それは、

こういうメッセージの最初の発信源は、

もしかしたら実は自分なのだと、


思いました。






そうじゃないから、
そう見せる、









私には確かに、

昔自分のそういう部分に気がついた経験があるんです。



でも私の人生で、

それを


先日の宮本輝じゃないけれど


説教もせずに、

般若にもならずに教え続けてくれている人がいて

ただそれは違う、こっちなのだと

手本をみせ続けてくれている人がいて、


私は、、

人間ってこうなんだって、


人に対してこうあるべきなんだと

ものすごく成長の遅い、

年間0.5センチくらいの速度であっても


わかってきて、



うーむ、うまく書けないけれど、

つまりそういうことなんです。

(一体どういうこと)





まわりの人たちが、大事で、

誰でもが大事なわけではないことも、


大事なことなのだと、

思うのです。


そして自分を含むすべての人に

それが起こっている。


(ややこしい)







先日久しぶりに
杏子ちゃんと会ったときに、

杏子ちゃんがこっちに歩いてきながら


ちょっと!!飲みに行こうよ!とすかさず言って、


私はそのときに、
その飲みに行こうよに、
「私と飲みたい」というメッセージを感じで

ぐったり疲れていたその日が
突然バラ色に変わったんですが、
(単純)


これが例えば、

「酒が飲みたい」から
飲みに行こうと言ってくれるときも


「暇」なので
飲みに行こうと言ってくれるときも


「お願いごとがあって」
飲みに行こうと言ってくれるときも



人って知らず知らずに
そういう言葉以外のメッセージも

ちゃんと受けとれる生き物なのだと思うんです。




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今ふと英語でそういうえば

connotation

という言葉があるのを思い出しました。

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どのメッセージでも、いいんです。


ただそこにはひとつ、

絶対になくていけないメッセージがあって

というかあったらとてもいいメッセージがあって、


それは



「あなただから」というメッセージなんです。





それがないとき、人は感じます。




私はその人からずっとずっとそれがないことを、


そしてそれ以上に、


「愛されているのは私なのよ」

というconnotationを心で感じ、
受け止め続けてきたんだと思いました。










私これからもっと、成長していけるかなぁ。


私が発するものが

いつも私の心からまっすぐに出てきたものであるように。

私の言った言葉が、

私の心からの言葉であるように。


そしてそれが暖かいものであるように。



私がいつも私でいれるような
生きていて、

自分のまわりでおこるいろいろを


まわりの人たちが一番
幸せな方法で受け止められるように、、、、










「愛されている」というメッセージが、


本当は


「愛されたい」というメッセージなんだとういうことは


私が一番、

解ってもいるのです。








人生を生きてみないと気がつかないことが

たくさんあります。


今の私は小人(こびと)すぎてまだ見えないけれど、

でもあとどれだけ間違いをおかしたら

それでそこからあとどれだけ成長したら、


私はもう少し自分を認めて、

自分を好きになれるんだろうなって思います。