吉野家の『ネギ塩牛カルビ&牛皿定食』を食してきました。うん、狙いとしては悪くないと思います。ネギ塩と牛肉の組み合わせは焼肉でも定番ですし、ネギラーの自分から見ればネギだけでも美味そうですから。

 

 ただ、今作に関してはちょっとネギ塩だれの主張が強すぎる気がしますな。せっかくのカルビの旨味と喧嘩している感があります。本来なら先にも書きました通り、相乗効果で引き立て合うコンビの筈なんですけどね。自分はネギだれ共々美味しく頂きましたが、微妙に感じる人もいるかもしれません。ちょっともったいない。

 『29歳独身』第3話まで鑑賞。こういうので(以下略)。特に捻りも無ければ衒いも無い。なんてことない日常をチマチマと描いているだけですが、妙な安心感というか一種の清涼感さえ感じます。お話は全然動きませんし、別に驚天動地の運命が待ち受けてるわけでもありませんが、ボチボチと平凡なひと時をゆっくりじっくり楽しむのもまた乙なものかと。

 

 リルイが新しい力を手に入れたっぽいですが、それよりも友達が出来た方が何十倍も重要でしょう。しかしこの歳にしてもう既に嫉妬を覚えてしまっているのが、末恐ろしいというか末頼もしいというか、種族仕様なんでしょうか。仕事帰りの疲れた脳みそに染み渡る癒し感を楽しみたいと思います。

 あるネット記事で読んだ孫剣雲老師(孫式太極拳の開祖である孫禄堂の長女)の言葉に「舌を上あごに軽く押し当てなさい」という要訣が有ったのですが、当時はイマイチどんな意味が有るのか良く分かりませんでした。実際試してみても特に感じる事は無かったですし。

 

 しかし最近内功の鍛錬を始めてから、(難しいことに集中すると)どうしても歯を食いしばってしまう悪癖が治らなくて困っていたところ。ふと思いついて舌を上あごに当ててみたら、口内(というか顎回り?)が驚くほどリラックス出来ました。ああ、なるほど、こういう事か。

 

 太極拳は体のどこかに力みや萎えなどのムラが有ってはいけませんから、出来るだけ全身均一にリラックスすべきだと思っていますが、意外と歯を食いしばっちゃうのは直しにくいです。無理に歯を食いしばるのを止めようとすると、他の所(唇とか)が力んでしまってリラックスできなくなってしまいます。リラックスが大事なのは手足はもちろんの事、体幹もそうですし、言ってしまえば首や顎なども当然ですな、「全身」なのですから。

 

 そう考えると老師の要訣は理に適ってるというか、流石に極めた人は目の付け所が違うなあ、と感心した次第です。もしかするとリラックス効果以外にも何か他の効能もあるのかもしれませんが、とりあえず自分としては歯を食いしばる悪癖改善に役立ちそうで助かります。そしてこれは別に太極拳だけでなくとも、普段の生活でも役に立ちそうな要訣ですな。やはり先人たちの積み重ねた叡智というものは有りがたいものです。

 『違国日記』第3話まで鑑賞。多分この作品は刺さる人と刺さらない人に奇麗に分かれると思います。因みに自分は見事にぶっ刺さりました。特になんてことない話なんだけど。驚天動地のシナリオ展開や、予測不可能などんでん返しが有るわけでもないけど。伝えたいことが恐ろしく真っ直ぐに突き刺さってくる感じ。

 

 「普通で卒業式に出たかったのに!!」

 

朝ちゃんの気持ちも分かる。変に特別扱いされると返って傷つくからね。でも先生の気持ちというか立場も分かるんだよなぁ。知らなかったならともかく知ってしまった以上は、告知しないわけにはいかないですからね。何かあった時の責任問題になりますから(←結局はこれ)。大人になると責任の二文字が重くなってくるのよ。妥協案としてはあらかじめ朝ちゃんと話し合ったうえで、告知するかどうかを決められたらよかったんですけどねー。

 

「貴女が何を見て何を思おうと自由だけど、それをそ……めんどくさ」

 

「また『めんどくさい』って言った!」 

 

不器用で人見知りの槙生が、それでも彼女らしく不器用で拙い言葉で伝えようとする姿勢が、なんというか微笑ましい。まあ平たく言っちゃうと友達は大事にしろやって事。どんなに欲しいと願っても手に入らず、どんなに失いたくないと願っても無くしてしまう。だから自分から捨てる必要なんて無いよ。いずれ必ず無くしてしまうものなんだから、せめてそれまでは精々大事にしておいてもバチは当たらないじゃないかなー。生きていると面倒くさいことが多いですが、でもその面倒くささが全て無くなってしまったら、もう生きてる実感を感じられないような気もします。固執、執着、後悔、そして未練。持っていると重たいのに、無くしてしまうと寂しくなる……だって人間だもの。以上、ロートルの戯言でした。

ヒトの脳は宇宙に適合して本当に「ニュータイプ」に変化する

 

 内容を読む限りでは当たり前っちゃあ当たり前な話に思えますが、でもやっぱり「人の脳が進化する」というテーマはwktkしますね。生命の定義に「環境に適応する」という項目を含めるなら、正に宇宙というこれまでにない新しい環境に人類が適応進化していくという話は夢が有ります。

 

 もちろんそれは今の所一部の宇宙飛行士だけの話でしか無いですが、やがて人類が宇宙に進出していけば否応なしに始まる進化の過程でもあると思います。自分がその過程を経験する(あるいはその目で確かめる)可能性は残念ながら限りなくゼロに近いとは思いますが、でもそれでもそんな可能性を手にして進化していく人類の未来に思いを馳せると胸が高鳴りますね。SFやアニメが提示した未来像は案外そう遠くないのかもしれません。

 『アポカリプスホテル』第3話まで鑑賞。う~む、予想通りというか。いかにもほわほわな絵柄に反して、内容的には結構渋いというかエグイというか、割と荒んでますよね? とうとうヤチヨさんがキレタ-----ッ!!! って、まあそりゃキレますわ。初出はもう少し古いんでしょうけど、カスハラネタなんて微妙にタイムリーですよ。

 

アンドロイドの長寿にものを言わせて創造者の帰りを待ち続けてますけど、もう人類って絶滅してるんじゃ……。ロボット特有の融通の利かなさと、ロボットらしからぬ豊かな感情表現の二律背反がヤチヨさんの魅力でしょうか。でも目の色が変わるのはマジで怖いんですけど。ロボット三原則とかどうなってるんでしょうねー。

交通違反取り締まりで不正か 神奈川県警が違反2700件取り消しへ

 

 ネットに毒されているせいか「悪名高い神奈川県警ならそれくらいやるだろうなー」という程度の感想しか出てきませんでしたが、これって実は大問題ですよね。国家権力がその力を悪用して詐欺をやってたようなものですから。件数から言って個人の犯罪で済まない話ですし、まともに立件しようとしたら数人程度の逮捕者では済まないのでは。そりゃオレオレ詐欺も警察を名乗るはずですよ。こんだけ不正が蔓延ってるんですから、尻馬に乗っかるのも分かる気がします。

 

大体「ノルマ」って何ですか。それだけ犯罪が起きていなきゃいけないっていう理屈ですよね? だから自分が犯罪に手を染めたんかい------って全然笑えませんけど。学校におけるイジメ(という名の犯罪行為)隠蔽もそうですけど、不正を助長するような法制度ってどうにか出来ないものなんでしょうか。素人目に見てもおかしいと思えるようなシステムがまかり通ってることに憤りを感じます。

 『社畜』第3話まで鑑賞。夜中に思わず大爆笑。確かに1話を見た時から「BL風の描写というか、雰囲気が微妙に感じられるけど……」と思ってはいましたが、ここまでド直球でBLものだとは流石に思っていませんでした。自分は正直言ってBLは趣味ではありませんが、これだけ真っ向から遠慮なく描かれると逆に好感が持てます。いいぞぉ、真っ向直球ど真ん中は俺の大好物だ。何ならジェノサイドスクリューでも構わんCV中田譲治)。

 

 しかし元からその趣味?の団長君はともかく、主人公が何の疑問も嫌悪感も抱かず当たり前のようにBLを受け入れてるのは、なんというか……凄いなと思います。もしかして自分の見識が狭すぎるだけなんだろうか。「年下は守備範囲外」と言われて、ガチで凹んでる団長君を見てちょっとだけ応援したくなりました。悪役なんだか有能なんだか良く分からない宰相もいい味出してますし、男と男の間に挟まりそうなヒロインも微妙な存在感で嫌いじゃありませんん。この微妙に居心地の悪い雰囲気が逆に癖になりそうな作風ですな。視聴継続

 15年乗ってきた愛車(デミオ)のエンジンにガタが来たので、新車購入して乗り換えました。車種はジムニーシエラ。特に深い理由は無いですが、以前から乗ってみたかった車種でもあります。自分は車ヲタクではない(寧ろ運転は下手くそで知識も当然無くて、おまけに引きこもり)ですが、やっぱり新車を買うのは嬉しいもの。そこで車ネタのコラムを時々挙げてみたいと思います。当然ながら大した深掘りは出来ませんので、ほぼ感想文ですな。

 

 まず新車を買って一番驚いたのは、ヘッドライトの入り切りボタンが無い、という事ですな(今更かよ)。今時の車は、なんと完全自動制御(フルオート)らしいです。マジでビックリ。勝手にヘッドライトが点灯する様を見るのは新鮮というかなんというか。いやはや、世の中科学の進歩は凄いですな。こんな感じでボチボチ書いて行こうかと思っています。

 以前のコラムで「手の平の経絡である労宮と丹田をつなぐ」と書いたことが有りますが、それがもうちょっと進んで、今度は「手の平の労宮と足の経絡である湧泉をつないだらどうか」というところまで考えられるようになってきました。結論から言うとこの二つの経絡を繋げようと思ったら、丹田の意識が重要になってくると感じます。

 

 どちらか片方を丹田とつなげるだけでも結構大変というか難しい感覚です。だから両方つなげるのは二倍大変かと考えていたのですが、実際試してみるとむしろ両方を分けて感じようとする方が難しい気がします。つまりこの二つの経絡は本来繋げて動かすというか感じる方が自然なのではないかと。

 

 ただ、この際重要になるのが(当たり前ではありますが)丹田の意識というか作り方ですね。丹田を力ませたり固めたりすると、当然ながら手足の経絡も固まってしまいます。力まず萎えず、丹田を程よい塩梅で張った状態で維持するのが難しい。以前紹介した命門を開いて腰背部を緩め、収腹堤肛を守って会陰を少し引き上げて軽く緊張させる必要があります。

 

更に動き易くなるためにも、それに加えて首をしっかり“腰の上”に乗せて体軸を作った上で両肩を両袴の上に乗せて体幹を安定させて、胸を緩め広げてちゃんと“使える”ようにして、肩と肘の力を抜いて力が伝わりやすいようにする-----とまあ、あら不思議。何故か太極拳の要訣が色々と当てはまってしまいます。なんて、言うだけなら簡単ですが。それを実行する事こそ至難の業。でも気づく事ができただけでも大きな一歩だと噛み締めたりします。

 

やはり先人が積み重ねた叡智は偉大ですな。なんだか太極拳の理解が一歩深まったような気がしますね。