※石川雲蝶の彫刻がありますが撮影禁止のため×印としました。
2022/9/10 参拝
随分前から雲蝶の彫刻があることは知っていましたが、
撮影禁止のためなかなか足が向かず初めての参拝でした😅
境内入口。
右側に拝観入口がありますが、まずは御本堂の外観を見に行きました。
御本堂。
向拝の彫刻。
一通り境内を散策してみましたが、特に見るべきものはなかったので堂内へ。
堂内は撮影禁止のため、買ってきた写真集の写真で紹介します😅
写真集の表紙です。500円也。
2,000円のものもありましたが全てモノクロだったので迷わずこちらを購入。
欄間に素晴らしい彫刻が!😆
外陣と内陣。
撮影は禁止ですが、なんと内陣まで入ることが出来ました!
内陣境に迦陵頻伽。
こんなにはっきりと下半身を描写しているのは珍しいと思います😅
そしてこちらがあまりにも妖艶過ぎる飛天。
ちなみにこちらは西福寺開山堂の飛天。
同じく雲蝶作だと思うのですが、かなりの違いですね😅
もちろんこちらも素晴らしい飛天なのは間違いないと思います。
こちらの妖艶過ぎる飛天を見ていると、
雲蝶は女性が大好きだったんだろうなと思ってしまいますよね(笑)
対して小林源太郎は真面目な堅物だったような気がします。
それにしてもしなやかな指の再現度が凄いと思います。
妖艶な飛天を見ていたらこちらの彫刻を思い出しました。
三条市吉野家の石動神社の神功皇后です。
こんなになまめかしい女性を彫れた彫工は他にいるのでしょうか?
飛天の彫刻でこんなに驚かされるとは思いませんでした😅
こちらは彫刻二点と絵画一点で物語を表しているようです。
小夜之中山蛇身鳥物語という話だそうです。
毎日毎日狩りをする父に母は嘆き悲しみ、見かねた息子と娘はすがりついて止めさせようとする。にもかかわらず父は出掛け、富士山の麓で一頭の熊を射止めた。皮を剥いでみると、なんとそれは父の殺生を戒めるために熊の皮を被っていた息子であった。自らの手で息子を殺めてしまった父は仏門に入り生涯供養と世の幸せを願ったという。
しかし夫に息子を殺された母は祟りで頭は蛇、身体は鳥の怪物となり、毎日三人以上の子供を食らうようになった。娘は一心にお参りし祈願した。すると、深山幽谷で修行する仙人に琴を習えば弓の名人が母を成仏させてくれるという夢のお告げがあった。最初は断り続けていた仙人もやがて許してくれて三年三月の修行に入った。
すみません😅話の途中ではありますが、、、
上の彫刻を見たら三条市の石動神社のこちらの彫刻を思い出しました。
雲蝶作の龍神が俵藤太に大百足退治を頼んでいる場面です。
特徴的な手の突き方といい姿勢がそっくりですよね。
完結編は雲蝶作の絵画となっています。
修行最後の日に、狩りに来ていた源頼政があまりにも美しい琴の音色に惹かれて深山幽谷に入ってきました。そして夢の知らせの通り、怪物となった母は源頼政に成仏させてもらえたという話です。
当時の住職がこの物語を雲蝶に語り、それを雲蝶が彫刻と絵画で表現したらしいです。
ちなみに文久元年(1861年)、雲蝶が四十八歳の時の作品だそうです。
やはり雲蝶は凄いということを再認識させられました。
こちらの寺院も撮影OKな日が来ることを願うばかりです。