中学の時、弱小ソフト部に在籍していた



私はその顧問のじーちゃん先生が優しくて好きで
運動は得意じゃなかったけど
ゆるーい部活で楽しかった


そのじーちゃん先生とは
卒業してからもずっとずっと年賀状のやりとりを続けてた



6年前
今の家に引っ越して
その町は、先生と隣の町だった
『会いたいね』ってお互い書き合ってたけど
電話は苦手だし
2人で会うのもなんだか照れくさいしで
なかなか実現できなかった


数年前、大病をされたと聞いたけど
そのあとも年賀状のやりとりは続いた




去年、弟くんの進路で悩みに悩んでたとき
ふと思い出した

その先生が、中学の支援級の担任の先生だったことを

ダウン症の子とか、お話しできないような子もいた気がする


支援級の話、聞きたいな
あの頃と今では全然違うものだろうけど
先生にも会いたいし
連絡してみよう!



ドキドキしながら電話してみた



けど



何回かけても留守電だった




留守電にメッセージ残す勇気はなくて
なんとなく諦めたけど

思い返せば
去年も今年も先生から年賀状は来ていなかった




先日、突然思い立ち
自転車で15分くらいのところにある
年賀状で書き慣れたその住所のところを訪ねてみることにした

Google Mapを頼りに付近を探しながら



みんなからあだ名で呼ばれ親しまれていた先生が
『うちの近所はみんな同じ名字の人ばかり住んでいるのに、生徒たちが年賀状の宛名をあだ名で書いてくるから郵便やさんが困ってるんだ』
と言ってた話を思い出したりして
付近を探してみるも

先生と同じ名字の家はなかった



そしてスマホが示した先生の住所には



ほぼ新築のお宅があり
表札には知らない名字が書いてあった







その時
ふいにものすごい悲しみに襲われた




もう、先生に会うことは二度とできないかもしれない



そう思うと悲しくて悲しくて
帰り道は1人泣いた





会おうと思えばいつでも会える距離にいたのに
どうして今まで会いに行かなかったんだろう

もう会えないかもしれないなんて






奇しくもコロナが世間を騒がせ
会いたい人に簡単には会えない世界になってしまった

両親にも、たまには会ってるけど
全然会い足りない

会いたい友人たちとも、何ヵ月も会う約束しているのにその度に緊急事態宣言が出て何度もキャンセルになってる


もし、このまま会えなかったら
私はすごく後悔する



でもやはり自分がうつしてしまって
もっとつらいことになるのも怖いとも思うけど…





で、
会えないけど連絡はしてみようと思った



Instagramに出てきた『おすすめ』に
中学時代の友人が出て来て
普段連絡してないけど久々に連絡してみたら
元気そうで

すごく嬉しい気持ちになった


さらにその友人の投稿に
共通の友人も出て来て
私にとっては音信不通の友だったので嬉しくて
連絡先教えてもらって、連絡してみた


普段ならできなかったかもしれないけど
やってみたら簡単なことだった


その子は今ドイツにいるんだって
元気そうで
またすごく嬉しい気持ちになった



他にも
すごく久しぶりの元職場の方に
お誕生日おめでとうのLINEしたり



仲良しの友だちに間違えて電話かけちゃったみたいで
いつもなら『ごめん、間違えた』ってLINEで済ませるとこだけど
電話かけ直して、久しぶりにお話しできたり




やればできるじゃん、私!


会いたい人には会わないと!!






あとすごく思ってるのが
ライブとか
もう大規模なのは行けないんだろうなと思うと
あの時無理してでも行って良かった




人生一度きり
やれることは限られてる
やれるときにやれることやっとこう!
会えるときに会いたい人と会っとこう!


今はそんな気持ち